メガニウムの花の香りには、心を穏やかにしてくれる効果があるんだよ――そう教えてくれたのは誰だったか。遠い遠い記憶の彼方、誰とも知れない何かの声が頭のなかを木霊する。
往来で突然襲ったフラッシュバック、それは上背のある男性とすれ違いざまにぶつかってしまったことがトリガーとなった。ぐるぐると脳裏をよぎる記憶にあたしはすぐに動けなくなって、這いずるように路地裏へ滑り込んでは胃の中のものをすべて吐き出す。きたない。きたない。汚い。穢い。泥のようなそれがまるであたしみたいに思えて、歪に引くつく口角が自嘲のかたちをかたどった。
胃を空にしても収まらない吐き気の隙間で、あたしはやり切れない嗚咽をこぼしてうずくまる。こんなはずじゃなかったのに――なんて、何度も何度も過ぎらせては裏切られた現実だ。幸せなんてここにはない。あたしの手のひらは、そんなものを乗せられるほど、綺麗じゃあれなくなってしまった。