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「あのさァ、なんでいつもお前ここくんの?」

坂田先生がこちらをくるりと振り返って言った。さびれた椅子が歪んだ音をたてて鳴った。寒い寒いと言ってきっと換気などしていないであろう国語準備室はむわりとした熱気で溢れている。私立なのをいいことに暖房の温度をあげまくっているこの部屋はいつも暑い。

「え?だめ?彼女じゃん」
「いや彼女だけどさァ、目つけられるよ?坂田先生はみょうじに懐かれてますねえなんて言われるんだけど、俺」
「なんて返したの?」
「まァこんだけ現代文の成績だけが悪くて補習に来てれば仲良くはなりますよねハハハって」

真顔でハハハまで言いきって、机の上に置いてあったフルーツオレのパックに口をつけてごくりと飲んだ。喉仏が上下して思わずそこに目がいく。軽く目をあけてこちらに視線をやるあたり、この人はなかなか性格が悪いんじゃないかと思えてくる。

「じゃあ問題ないね」

そう言ってわたしは立ち上がってカーテンを閉めた。部活の活動時間も終わりがけのグラウンドには野球部がまだまだ練習しているのが見える。旧棟の四階というなかなか不便な場所にある国語準備室は坂田先生専用であることはとっくに知っている。

「なにが」
「ここにいても」

グラウンドを照らすライトはこちら向きではない。カーテンの隙間から漏れる光が照らす場所には、さっきまでわたしが座っていた椅子しかない。カーテンを閉めればここに響く音は暖房が噴出す風の音とグラウンドの喧騒だけだ。

「別に問題が解決したわけじゃないけどね、つかなまえなんでフルーツオレだよ差し入れならもっと気ィきかせろよ」
「わたしも飲みたかったし」
「…飲みてーの?」

うん、と頷くと、坂田先生が座っている椅子がわたしが先生の膝の上に乗ったことで鳴いた。きっとそろそろこの椅子は変えたほうがいいなぁなんて思いながら、ハイ、と渡されたフルーツオレの、小さい牛乳パックの口に唇をつけた。

「バレて困るのは俺だからね、辞めさせられちゃうからね」
「あー、そっか」

坂田先生の膝の上にまたがって話すと、いつもは見上げる位置にある顔が自分より下でなんとなく気分がいい。それに気づいているのかなんなのか、先生はわたしが膝の上に来ると少し不満気な顔になる。

「女子大生になったら友達に言われるよ?ニートの彼氏なんてやばくなぁい?って」
「ニートになるんかい」
「そんな人と付き合ってても未来なくなぁい?別れなよー!って」
「妙にリアル」

表情を変えない先生の膝の上はあったかくて、部屋もあったかくて、でも外はもっともっと寒いから先生の肌に触れたくなって、わたしの脳内にはさっきの喉仏の残像が残っているから、

「銀ちゃん」
「学校では坂田先生って呼べよ」
「だってそれ動機が不純だもん」
「せっかく女子高生が彼女なんだからそーいう特権は使っとかねーとな」
「そんなこと言ってさぁ、知らないの?わたしの行く大学は女子大じゃないよ」
「だから?」

先生はわたしを膝の上から降りろという仕草をした。素直に従いたくなくて嫌だと首を振れば、坂田先生がわたしの首元にかぶりつく。

「っ」
「別に気にしちゃいねーよ」

瞬間的に触れた唇は硬くて、じんじんと染みた痛みに思わず坂田先生を睨んだ。表情を変えずにまた降りろと手を揺らす仕草に、わたしは今度は素直に従った。錆びた椅子から降りてソファに移動した坂田先生は、おいでとわたしを手招きした。

「降りろって言ったり来いって言ったりなんなの」
「あの椅子だとギコギコうるせーからな」

きっと、わたしが思っているより先生の性格は悪いから先生が何を考えているのかとか、先生がわたしをどう思ってるのかとか、先生の思考は全然わからない。いつか上をいってやろうと思うけど、いつも恥ずかしい思いをするのはわたしで、

「なまえの声が遮られるだろ」
「っ、なに、急に」
「…触って欲しかったんだろ?」

先生の唇がわたしの耳に触れた。低音でかけめぐる先生の声が、体中を蝕んでいるようだ。先生の筋肉質な腕が背中をするりと撫でて、制服がぴたりと肌に張り付いたような感覚になる。

「女子大じゃなくったって関係ねーよ」
「…な、なんで」
「定期的に痕つけるからな」

もう固くない唇が、そっとゆっくり首筋に触れて生温い舌が動いた。きっと後で鏡を見たらそこは赤く染まっているんだろう。内出血をどう隠すか考えながら、先生の首に手をまわした。

「大人気ない…、」
「でも大人だからな」

暖房の音がやけにうるさく聞こえる。グラウンドもきっともうすぐ静かになって、校舎にいる人もわたしと先生だけになって、

「先生って呼んで」

今日の見回り当番はきっと先生に違いない。もう少ししたらわたしは先に裏門から校舎を出て、すぐそこのコンビニの脇に止まるであろう車を待って、一緒に先生の家に向かって、

「さ、かた、先生…」

反転した視界の先には錆びた椅子が音を立てずにこちらを見ていて、あの椅子のせいでこんなことになっているなら、もうちょっと置いてあげててもいいかなぁなんて思った。