変になっていく心 07 | ナノ




 それは夜が明けていくように、段々と意識というより自我が戻るのを燐は感じる。暗い闇から抜け出して、薄目を開けば目に飛び込むのは照明の光。それだけでくらりと目眩が訪れ、再度ぎゅっと瞼を下ろした。
 今の状態を燐自身はよく理解していた、これ以前の最後に残る光景は驚いた教師の顔、ガタンと鳴って傾く椅子、そして暗転。自分は授業中に倒れたのだろう、と予測するのは簡単な事だった。まともに寝る事は出来ず、腰は痛んで気分も最悪、だというの一時限目は体育でマラソン。体力には自信がある方だったが流石に燐も限界だった。授業が終われば無理矢理にでもメフィストの邸に殴り込み、好きだと告げてお前はどうなんだ、と殴ってでも問い詰めてやろうという燐の一直線の計画も遂行しない侭に終わった。

 情けないヤツだな、と燐は自分自身に呆れた。計画が破綻して何処かで安堵している自分がいるのだ、メフィストの言葉を聞きたい、けれど答えは怖い。お遊びだと言われるかもしれない、傷付きたくない。そんな考えが未だに胸に渦巻いて消えない。けれど、真夜中の苦しくて堪らないというあの表情、メフィストにはああいう顔は似合わないから。だから燐は、逃げるのではなくはっきりさせようと決めたのだ。
 ゆっくりと瞼を開く、次は照明の光で目眩を起こす事はない。もしここに白い影があれば、ないと知りながら最近は目覚める度にそれを燐は探してしまう、白い、白い、愛しくて仕方ない──、
反射的にぐっと何かを掴む、それを手に入れたくて視界に白色と目に残るピンクと水玉が飛び込めば、ああやっと見付けた、と嬉しくて燐は無邪気に笑った。
そして、すぐにその笑みは固まる。開いた瞼の向こうに映るのは、間が抜けた顔で目を丸めて驚きを露にするメフィスト本人だった。

「め、…メフィスト?」

「は、はい」

「ほ、本物か?」

「に、偽者には会った事がありませんので本物かと思いますが…」

 夢かと思い恐る恐る声を掛ければ返答が返る、ちらりと燐が指先へ瞳を運べば力いっぱい掴んでいるせいで皺の刻まれたメフィストの白いマント。バッと慌てて離して両手で頭を抱えて俯いた。耳まで真っ赤にしており、メフィストが居なければ声をあげて暴れたい程だ。そう寝起きの奇行を見られたと燐が悶絶してる間、メフィストも燐から顔を逸らして口許を掌で押さえていた。少し眉尻を垂らしたその横顔には安堵と羞恥が入り交じっている。

「探していたのは、…私だったのか…」

 ぼそりと呟く声も恥ずかしさから呻く燐には届く事はない。暫くはそうして沈黙が続き、やっと燐もさっきの事はなかったと切り捨て正気に戻る頃には辺りを見渡す余裕が出来る。今燐が寝ていたベッドはメフィストのもの、見た覚えもあるから間違いなくメフィストの寝室だ。
燐が記憶を無くしたのは教室で運ばれるなら医務室の筈だ、何故メフィストがいるのかその彼の寝室にいるのかわからず眉を顰めた。次に燐が不可解に思うのはメフィストの服装だ。メフィストは寝室など部屋にいる際は浴衣を好む、だというのにメフィストの服は道化師の格好。更に衣服には皺や汚れも見えて紳士を自称するメフィストには珍しい、格好を気にする余裕もない程に慌てる出来事でもあったのだろうかと燐は首を捻った。そんな様子を見て察したのかメフィストが沈黙を破る。

「貴方は授業中に倒れたのですよ、覚えていますか?」

「あー…うん、まあ何となく、だけど」

 その後、とメフィストは事の顛末を燐に語って聞かせた。倒れた燐を医務室に連れて行くのはいいが、それには不都合がある。燐には立派な尻尾があり普段はそれを体に巻き付かせている、それは診察しようと制服を開けばすぐに分かるしそれを教師とはいえ祓魔師でない相手に知られるのは不味いと、兄弟として連絡を貰った雪男は考えた。雪男自身も授業中で疲労だからと教師に言われては連れて帰るとは言えない、そこで後見人であるメフィストに連絡して燐を引き取って貰った、という事だった。
 それに首を縦に振りながらも、結局メフィストの衣服の原因は分からずに終わる。そして説明が終わればまたしんと沈黙が部屋を包む。今がチャンスだ、と燐は掌をぎゅと握り拳を作り小さな深呼吸をする。

「な、なあ、メフィスト」

 切り出した声がみっともなく声が裏返る、心臓がバクバクと騒ぎ出して掌は汗を掻き出す。目線がメフィストに合わせられない、そんな自分が燐は歯痒くて下唇を噛み締めた。やはり怖い、今ここで全てを決めてしまうのだから怖くないなんて嘘はいえない、けれど、燐はその蒼い瞳をしっかりとメフィストに向けた。その瞳の奥は燃えているように決意と僅か恐怖が揺らめく。

「ずっと言い忘れてたんだけど、俺は、お前が…」
「ストップ、そこまでですよ」

 そっとメフィストの人差し指が燐の唇に触れる、唇を閉ざして一世一代の大勝負でもある言葉を遮ったメフィストを恨むように睨み付けた。けれどメフィストは唇で三日月の様な笑みを描き、人差し指を離してベッドから腰を持ち上げた。そして、突如ぷくくと勘に触る笑い声を漏らして燐を見下ろす。これではむっとするなという方が無理だろう、更に目付きを吊り上げてメフィストを睨み付けた。

「オイ、何だよ」

「いえ、失礼。私には変な心になるなど雰囲気をぶち壊しな台詞は言えないなと再確認した所でして」

「はあ?…変なって、…メフィスト?」

 燐が怪訝そうに眉間の皺を増やすと同時にメフィストは床に片膝を付く、それは唐突の出来事で燐もぎょっとして瞳を見開いた。ベッドの傍で片膝を付いたお陰で未だベッドに寝転ぶ燐の目線の高さは丁度良い。顔を横へ傾けてメフィストの姿を追う、すると燐の右手をそっと掴んで口許へと引き寄せる。手の甲に唇を軽く触れる口付けをした、その口許にふざけた笑みはなく瞳は真摯に満ちている。そしてゆっくりと、唇を開く。

「私、メフィスト・フェレスは貴方をこの世の誰よりも深く慕っております。愛しています、燐。この愛に堕ちた哀れな道化師の傍で世界が滅ぶまで、共に生きてはくれませんか?」

「…え、…」

燐の思考は停止した。




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