愚かすぎた愛しすぎた | ナノ




※痛い表現あり

※微グロ(?)甘



 息苦しくて目が覚める、しっかりとした意識が浮上してきてゆっくりと重たい瞼を持ち上げた。眠気で虚ろな瞳に飛び込んでくるのは翠、それだけで燐は、ああまたかと今起きている事を素早く理解した。
反射的にちらりと横を確認すれば反対側のベッドには誰もおらず、シーツの乱れ一つ無く寧ろ綺麗に整えられている。雪男はどうや祓魔師の任務で出掛けているらしい。運がいい、こんな所を弟に見られたとしたら無用な血が流れてしまう事だろう。
 ぐっと強まる握力に眉を顰めて自分のベッドに無断で上がり込み、身体を跨いでぎゅうぎゅうと首を締め上げる悪魔を睨み付ける。その悪魔は無表情で元から表情は乏しいが今日は一段と表情に色が無いように思えた。

「アマ、…イ、モン、っ」

 気道を狭められて声は上手く出ない、それでも何とか名を呼ぶとアマイモンの眉がぴくりと跳ねてじっと燐の瞳を覗き込んだ。そのままどれ位過ぎただろう、暫く沈黙が続き漸く首を締め上げる掌の力が緩んでいく。
何とか得られた酸素に肺が驚いたのか咳き込み、その苦しさから反射的に目尻からはじわりと涙が溢れる。そんな燐をアマイモンは首を傾けて、どうしたのだろうと不思議そうだ。自分で仕出かした事だというのに。

 電気は切れ月明かりも微かにしか差し込まないこの状況でも燐のよく知る自室である、不安も恐怖もない。目の前の人物にだってそれはいえた。

「奥村燐、キミは奥村雪男が好きですか?」

「…いや、好きじゃねーよ」

 この質問は何度目だろうか、アマイモンは幾度幾度もこの質問を繰り返す。最初の頃は訳が分からずに好きだと答えて酷い目にあったのを燐はよく覚えている。無表情に無感情なアマイモン、燐の手指を掴む黒い爪先。バキと響いて、どくどくと溢れる血。爪が無くなると手に上手く力が入らなくなるんだと初めて知った日。全部の爪を剥がされた時。

 物思いに浸るのは数秒、しかしそれをしまったと気付く頃にもう遅い、闇からぬっと伸びてくる掌は肩を掴み上げる。容赦のないその握力に加減はなく、骨がミシミシとひび割れて、段々と折れていく音が耳を貫く。

「ぐっ、あ…っ!」

「今何を考えていたんですか?誰の事を考えていたんですか?奥村雪男ですか、やっぱり好きなんだ」

「違え、…っ」

 言っても無駄だと知りながらも声にする、力のまるで入らない右腕にどうやら完璧に骨が砕けたんだなと他人事のように理解した。ズキリと激しく痛む、熱を持ち始める、だが常人ではない燐の身体はすぐに修復していく。

「どうして?奥村雪男の事ばかり、キミはボクのものだと言ったじゃないですか、どうして、どうして、どうして何ですか」
「だから、違っ、」

「ああ…また爪を剥ぎたいな、いいですよね。どうせまたすぐに生えてくるんだから」

 返答の声を出す前に親指先がカッと熱くなる、次に襲う激痛。歯を食い縛り悲鳴は堪え、燐の肩は苦痛から震えて額には脂汗が滲む。どうやらまた爪を引き剥がされたらしいと気付くのは、剥がした親指爪がアマイモンの掌で転がされているからだった。そして、まるで宝石を手に入れたかのように指先で優しくそっと撫でる。血の付いた爪を何より愛しそうに。

 この悪魔は、螺を一つ落としたらしいのだ。燐を想うが故に。緩んで溢れたそれは酷い独占欲、嫉妬、強欲。特に燐に一番身近な雪男には憎悪に近い感情を向けている。螺は歯止めや補強の役目、アマイモンの場合もそれと同等の役目を果たしていた。今は過去形のそれは、燐に牙を剥いている。いや正確には燐がそう仕向けた、自分に関わる全ての人達を守る為と、

「満足した、か…、俺はお前が好きなんだから他を考える訳ねーだろ、っ」

自分も想ってしまったこの悪魔を守る為に。

「…本当ですか?」

 首を傾げてじっと見据える瞳、それが燐には愛しい。燐は他人によく馬鹿だと言われるがこのとんがり悪魔も相当馬鹿だろう、愛が心からわからないが故に苦しんで疑って信じられない、寂しい寂しい地の王。だから自分は傍に居てやると決めた、どんな暴力を受けようがこの手を離す事はしない、と。
 しっかりと目線を合わせて頷けば、アマイモンはぱちりぱちりと瞬きを繰り返して次にはあーんと間抜けな掛け声をあげる。燐には訳が分からず眉を顰めて、自らもおずおずと口を開く。
すると、アマイモンは勢いを着けて自らの舌に牙を立てた。燐が驚きに声を忘れている合間にも大きく切れたのドクドクと血が噴き出してツッとアマイモンの口角から血が溢れていった。

「お前、何を…っ!」

 燐の反応など気にも止めずアマイモンは燐の身体を押し倒す、ぎしりとベッドが強く軋む最初の時のように燐を組み敷いた。そして、燐の開いた口の上でぺろりと血で滴る真っ赤を突きだし、ポタポタと鮮血が舌先から滴り落ちる。
鉄錆びた味に口を閉じようとするも口内に指先を捩じ込まれそれも出来なくなる。吐き気から目尻に溜まった涙がポロリと零れるも燐と同じく傷が癒えていくアマイモンは血は直ぐに止まってしまう。

「ねえ、奥村燐。ボクの血を飲みましたよね」

「っげほ、っ、飲んだよ、だから何だ」

 喉を擦り、燐は睨み付ける。するとアマイモンは腰に腕を巻き付けて首筋に顔を埋めて懇願する、独り言のよう、繰り返す。

「もっと、もっとボクを好きになって下さい。その飲んだ血の分だけでもいい、もっと、もっと、好きになって」

 そう何度でも繰り返す言葉。それは今まで行動とは変わり、血の分だけの愛を求める細やかな願い。ああ、本当になんて大馬鹿な悪魔なんだろう。燐が愛を示しても決して信じる事が出来ないアマイモンはきっと永遠の片想いみたいなもの。燐はするりと背中に両腕を回して、力強く抱き締め返した。

「…馬鹿とんがり、いい加減気付けって、好きに決まってんだろ」

それでも、燐は想う。いつかこの狂暴な哀しい王様が愛を知る事が出来ると信じて。薄闇の中で瞼をそっと閉じれば、耳はアマイモンの声に埋め尽くされ僅かに残る口内の鉄錆びた味は変わらない筈なのに仄かに甘く感じた。








(それでも、と紡いだ言葉の嘆きを彼だけが知っている。)



Thanks<空想アリア


.




back

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -