6分後の悪夢 | ナノ



 何故こうなる、と内心は苛立ちを越えて呆れている。むわりと身体を襲う熱気にここが寮内の浴室だと燐に改めて気付かせる、雪男と燐しかいないこの旧館は広い浴室を誰に文句を言われるでもなく簡単に独り占め出来る。そんな浴室が割と気に入っていたのだが、今回ばかりはそれが忌々しく思えてしまうのは仕方ないだろう。その原因、その存在を追って視線を上へ向けた。

「なあ、アマイモン。…その、マジでしなきゃ駄目?」

「はい、ボクはして欲しいです」

 揺らぐ事のない言葉と真っ直ぐな瞳に燐はその場で項垂れる、はあと吐き出した吐息は何時もより大きく辺りに響き渡った。何故、燐は上半身裸で目の前の悪魔にお伺いを立てているかといえばこればかりは誰が悪いと一概には言えない。
 この一ヶ月程、燐とアマイモンは会う事さえ儘ならなかった。世間でいう恋人より少々歪んだ恋人という関係である二人は堂々と会う事は出来ない。アマイモンの方はまるで気にしていないが、燐としては知られるのは大変不味い事だ。あの手この手でアマイモンをはぐらかして、雪男にもどうにかバレずに逢瀬を重ねる。けれども監視がある中では時間は限られ、更に嘘の下手な燐では雪男の不審をかうばかり。そしてこの一ヶ月は不審な兄に思う事があるのか、監守の目は厳しくて会う事さえ出来なかったのだ。
そんな現状に先に痺れを切らしたのはやはりアマイモンだった。

「別に、ボクのしたい事をさせてくれるならそれでもいいんですよ」

「い、いやいや、まて!」

 浴槽に腰を掛けたアマイモンがゆっくりと立ち上がろうとするのをタイルの床に正座で座っている燐が両手を高々と上げ激しく揺らしてその動きを制する。例えるなら暴れ馬をどうどうとおさえるよう。その暴れ馬、アマイモンが訪れた際に言った事はシンプルな事で、燐とセックスがしたいと恥ずかしげもなく淡々と告げた。それも燐が浴室ではしゃぎ泳ぐ為、雪男は嫌がって一緒に入らないこの瞬間を上手く狙っての事だった。しかも、燐が上を脱いだ時に靴を履いた土足で悪びれた様子もなく現れて。

 燐もそれを素直に頷く訳にはいかない、羞恥も勿論あるがそこまで時間が経てば雪男が心配で様子を見に来てしまうだろう。だから、と断れば、それでは、と珍しくアマイモンが打開案を提示した。

「くそ、下手でも文句言うなよ、っ」

 熱気のせいか羞恥の為か、頬を赤く染めて正座から脚を崩して四つん這いでタイル床に這う。微かに震えた指先がアマイモンの下肢に伸びて、骸骨のベルトに指を掛けた。
アマイモンが言ったのは、ある人に考えて貰った事らしく時間がないなら燐が咥えてやればいいと言ったという事だった。そのある人を心底降魔剣で輪切りしてやりたい衝動に襲われるが、そのある人が道化師の格好しているとは燐は夢にも思っていなかった。

「燐、…もっと口の中までいれて咥えて下さい」

「ん、…はっ、こうか、…んう」

 ちろりちろりと先端を飴でも舐めるよう幼く舌を這わすも、促される侭に唇を開き口内に熱を招き入れる。じわりと舌にに広がるしょっぱさと思う以上に熱いそれに眉を顰めてどうにか口の中へおさめた。
それまではいいが次の行動が燐には解らず、指示を仰ぐよう目線だけを上に向ければかちりと視線が合う。

 その瞬間、ぞくりと燐の背筋が粟立つ。表情の変化の少ないアマイモンが眉間に少し皺を寄せ、燐を見据える双眸は細まっていた。
感じてくれているのだ、と燐は理解すると自身の身体が熱くなっていくのを感じていた。燐もアマイモンとしっかりと顔を合わすのは一ヶ月振りなのだ、内心は嬉しくて堪らないし溜まるものは溜まったりはする。そのせいか唾液は増して、アマイモンの顔をもっと見たくて視線は固定した侭で舌腹で裏筋を擦る。
テクニックなんて分からず、ただ何時かアマイモンにされた事を真似て口内をすぼめて、じゅじゅと音を鳴らして黒髪を揺らした。燐はわかっている、幾ら好きでもここで快楽に夢中になる訳にはいかないのだ、今は早く終わらせる事を考えなくては。

「っ、…その顔、いやらしいです、凄く」

「んう…っ、はあ、…んっ、ん」

 いやらしいのはどっちだ、と燐は言いたくなる、アマイモンの頬は仄かに赤く染まり燐が奥まで咥える度にぴくりと微弱に睫毛が震える。久し振りのせいかその表情に心臓の音は煩く、一方、燐の高まった熱が既に下肢に集中しており、制服のズボンを押し上げている。ヤバいと内心は冷や汗が流れ落ちむずむずとした感触に脚を閉じてしまえば、その動作にアマイモンは目敏く気付き片脚を持ち上げ黒いブーツの爪先でぐりっと押し擦る。

「んあ、っ!…あ、駄目、っやめ…っ」

「…ボクのを舐めて感じたんですか?」

 ぐりぐりと絶妙な力加減で押し擦られてしまえば快楽に弱い身体はびくりと震わせて反応を返してしまう。がくりと腕の力が抜けて口からずるりと性器が外れ、切なく啼けば違うと首を嫌々と振る。舐めるだけで気持ちいいなんておかしい、ここで認める訳にはいかない。しかしそれでアマイモンが許す訳もなく、身体と同じく震えて揺れる黒い尻尾の先をぎゅと掴んで手元に引き寄せた。

「ひい、っ、…尻尾は、触るな、あ…っ!」

「あ、そうだった。興奮してると敏感になるんでしたっけ?」

「わかって…る、ならっ…」

「だったらキミも早く役目を果たして下さい、…ボクは咥えろと言いましたよ」

 ぎゅと再度尻尾を握られては声の無い悲鳴、そして両脚を震わせてこくこくと必死に頭を上下に揺らす。段々と燐の思考は蕩けて、快楽に捕らわれて理解は遅れる。悦楽に染まった瞳でぼんやりと質量の増したその性器を捉えるとゆっくりと唇を開き先端を咥える、しかしその瞬間にアマイモンは黒髪を鷲掴み強引に口内の奥まで引き寄せた。

「んぐ…、んーっ、…んう!」

「燐に任せると時間が掛かりそうなので、…少し我慢が出来なくなりました」

 平淡にも聞こえる声だがそれは掠れ、余裕が無いのか早口で非情にそう告げる。ぐぐっと反り勃つ性器を容赦なく喉奥まで押し込まれ、息苦しさにじわりと目尻に涙が滲む。
口内が熱い、苦しいというのに嫌ではない。髪を掴まれがつがつと喉奥を突かれて、ポロポロと涙が落ちる。けれどその動きは燐の中を抉る動きに似て、ぞくぞくと高まる欲情は止まらない。
 ただ気持ちよくなりたくて、燐は自らズボンから性器を引き出すと、ただ熱に夢中になり喉奥を突かれる動きに合わせて掌で強く擦り始めた。

「っ、は…、ボクに突かれてるの、思い出してるんですか、っ?」

「は、ぁ…んっ、んっ…んっ!」

 否定は出来ない、恥ずかしくとも止める事も出来ない。浴場に広がる熱気はじわりと額から汗を滲ませて、くらりと軽い目眩を起こす。

「…っく、そろそろ、出します、ね」

「ん、…ふっ、…んっ、んーっ!!」

 段々と喉奥を突く速度が上がればそれを追うよう掌の擦る速度もあがる。どうにか歯は立てないようにしながらも突如ぐっと髪を強引に引き寄せられると瞳を見開く、流れ落ちる涙は止められず色気の伴う声が上から落ちてくると同時にふるりと震えた身体の振動が伝わる。次にどくりと吐き出された苦く青臭い液が精液と知った瞬間にがくがくと脚は震え出してポタタッとタイルの床へ精液が勢いよく吐き出された。掴む髪の力が緩みずるりと口内から抜き出されていく。

「げほ、っごほ、っ!」

「あれ、大丈夫ですか?」

「っ、ほ、…大丈夫な訳ねーだろ、っ…何で口に、っ!」

 その場で暫く猫のように丸まり涙目で咳き込みながらも白々しくも心配するアマイモンをキッと睨み付けてやる。と言ってもアマイモンは本当に心配しているのだろう。表情に出ていないが、余り嘘や誤魔化しをしないのがこの悪魔の一つの美点だ。燐の口角からはだらだらと白濁な液が零れてそれを手の甲でぐいぐいと拭う。

「常識だと聞かされたので、美味しかったですか?」

「美味しくねーよ、っ…もしかして、その訳のわからねー常識とか、お前に提案したとかいうやつが言った?」

 はい、そうです、なんて普段と変わらず答えるアマイモンの声にひくりと口角を震えるのを感じた。わかった、何もかもがそいつのせいだ、そう思い込めば燐は必ず刀の錆にしてやると誓い、ぎゅと握り拳を作り決意を固めた。そして、ちらりと周りを見渡して飛び散る精液の跡に清掃するのは誰かと気づき八つ当たりのようにめらめらと知らないアマイモンの相談相手とやらに復讐の炎を燃やすのだった。

 そして、奥村雪男が兄の心配の為に浴室を訪れるのはそれから360秒後の事である。



6分後の悪夢


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