指先ピエロ | ナノ




「ささっ、どうぞ遠慮せずに食べて下さい☆」

「おおー、んじゃいただきます」

 燐の眼前に並ぶのはお菓子の山、和菓子から洋菓子まで色とりどりの菓子が大皿に乗せられていた。現在ファウスト邸の一室、珍しく派手な彩飾の少ないこの私室。菓子の乗る大皿があるテーブル、それを挟むようにして向かい合うメフィストと燐。燐がここにいるのは他でもない、この菓子の為だ。
 何でもメフィストが言うには暇が出来れば日本全国の美味と言われる店の菓子を取り寄せているのだが、今回は配達日が重なり今日届いた量が一人では食べきれない程の量だった。勿論、菓子ならば早めに食べてしまうのがいい、なので燐君もご一緒にどうですかとメフィストに誘われたからだった。

我が儘を言えば肉がいいのだが、まだまだ育ち盛りである燐は、タダで食えるのならばと二つ返事で頷いた。そして現在に至る。

「にしても見事に菓子ばっかりだな、……あ、美味え!」

「そうでしょう、そうでしょう。それは北海道から取り寄せた品でして、」

 銀製のフォークで遠慮なく差してテーブルマナーなど気にせずに大口を開いて燐は咀嚼していく。その度に口内に広がる甘味が程良く、その幸せ加減を現すようゆらゆらと黒い尻尾を揺れる。メフィストの語る蘊蓄(うんちく)は右から左へと耳に通して流してしまう、製法や隠し味などはどうでもいい、美味いか不味いか、燐の中ではそれだけで十分なのだ。

「あー、美味いなマジで美味い、とにかく美味しい」

「貴方はさっきから美味しいしか言ってませんが…、はあ、しっかり味わって食べて下さいよ」

「はいはい、わかってるって」

 何処か不満げなメフィストの声に夢中になっていた菓子から不意にそちらへ視線を移す。そうすればメフィストはいつの間にか用意してある小皿に菓子を一つ一つ移し、両手にフォークとナイフを持って切り分けて口へ運ぶ。自分とは正反対な品のあるその食事に燐は思わず見惚れてしまう。その動作の中で何と言っても気になるのはその指、紫の手袋に包まれた指だった。細いが、決して容易く手折れられてしまう印象ではない。その指先が銀のフォークを、ナイフを、そっと掴む。

 その瞬間、どくんと燐の胸の鼓動が鳴った。次に燐の脳内に再生されるのは、ギシリと軋む音。細い綺麗な指先が口内に侵入してはねっとりとその指先を唾液で濡らして舌腹を擦る、ぴくりと燐が睫毛を震わせて眉を顰めるとくつくつと押し殺した低い笑い声。ずるりと口内から引き出された爪先は唾液で湿り、透明な細い糸を引いている。目線を上げれば鶸色の瞳、額には汗が滲み、口許の笑みに色香を纏わせている。

「…燐君、フォークが止まっていますがそれはあまり美味しくありませんでしたか?」

「えっ、」

 燐はハッと息を呑む。自分は今何を考えた、余りにも様になるメフィストの指先の動きに見惚れて、情事の事を思い出すなんて。頬が一気に熱くなるのを感じる、恥ずかしい、これではまるでメフィストの指に欲情したみたいじゃないか。

 目を伏せ慌てて顔を左右に振り、早く食べ終わろうと先程より大雑把に口に放り込んでいく。味わっている暇などない、メフィストが食べる分まで無くしてしまいたい衝動に突き動かされてそれに黙々と従う。だが突然伸びてきたのだ、紫に包まれた指先が。

「ついていますよ、ここ」
「あ…っ!」

 すりっと口角を付近を指先で撫でられるだけでぞくぞくと燐の背筋が粟立つ、どうやら生クリームがついていたらしく離れていく人差し指の先には白い塊が乗っていた。そのまま離れていく指先に目が奪われ、唇に近付いていくとその合間から覗く真っ赤な舌がぺろりと舐め取る。

「ああ、そうですね、失礼致しました。私も手袋を付けて食事など行儀が悪かったですね」

 そう言ってメフィストは笑うと自らの人差し指に鋭い犬歯を掛けてぐっと手前に手を引く、そうすると歯が押さえするりと紫色の手袋が脱げて肌荒れや日焼け等知らないような手指が外気に晒される。異様に伸びた爪、けれどそれが不衛生とは感じさせない整った指。
そして、いつも自分の体を弄ぶ指だ。

 そう考えただけでごくりと喉を鳴らして唾を飲み込む、顔も体も熱い。視線がメフィストの指から外す事が出来ない、こうなるときっとメフィストはわかっているのだろう、寧ろわかっていなければ態々手袋を脱ごうとなんてしない筈だ。

「おや。急に静かになりましたね、どうかされましたか?」

「…べ、別に」

「そうですか。所で、この後予定は入れていませんよね?でしたらこれを食べた後、宜しければ……」

 私の指を堪能していきませんか、じっくりと、そう続いて誘う声にもはや断る体裁さえ保てない燐は頬を赤く染めながら八つ当たり気味にフォークを振り上げる。それはメフィストの小皿から食べ掛けの菓子を刺して奪い取った。

そして、ぱくりと食べてもごもごと口に物を詰めながらも小さく頷くと、お前はもう食うなと呻くように呟いた。その様を見て盛大な笑い声を室内を響かせた道化師は、その惑わせた手指でそっと愛しげに眼前の膨らむ頬を撫でてやるのだった。



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