キミを壊す | ナノ





※少し暗め、捏造注意




 人間というモノはなんて弱いのだとアマイモンはよく思う。それは肉体的なモノでもそうだが、精神は更に弱い。個人差はあるが硝子の様に脆いものも多くいる。それに比べて末の弟はどうなのだろうか、きっと肉体は簡単な事で壊れる事なんてない。精神は、わからないけれど。

 壁から床まで真っ白な部屋、窓も何もない部屋。ただ無駄に広い部屋には二つの家具しかない、白いベットと赤い椅子。どちらもアンティーク家具で高級感があり、その血の様に真っ赤なアームチェアに項垂れるように座るのはこの部屋の主、奥村燐。
 ふわりと血の匂いが鼻腔を掠めてはぴくりと眉を跳ね上げ、コツコツと靴音が早まり早足で匂いの元へ向かう。ぐっと燐の顎を掴んで上を向けると口端から流れる赤い筋、その出所は下唇であり燐が強く噛み締めたせいなのだろう。

「また噛んだんですか?」

「…、アマイモン」

「何回も言っていますけど、そんなに一人が嫌ならボクを呼んで下さい」

 ぺろりとアマイモンが唇を舐めて血を拭う、鉄の錆びた味が口内に広がるも何処か甘い。傷は既に塞がっている、治癒力の高い燐がここまで血を流すという事は塞がってはまた噛み傷を作り塞がっては、と繰り返した証しだった。燐は何時からか寂しくなるとこうして自傷する癖がついてしまっている、何回注意しても直らないのでアマイモンも殆ど諦めてはいる。

「誰が、お前なんか…」

「そうですか、だったら今すぐ帰りましょうか?」

「っ、…」

 そうするとびくりと肩が震える、反射的に向けられた瞳は捨てられた子猫のようにすがり付く哀願の瞳。無意識なのか、アマイモンの上着をぎゅと掴み離さない。その掴んだ細い腕は震えており、その行動全てにアマイモンは心が踊るのを自覚していた。ここに燐を押し込めて既に100年は経過している、この部屋周りの白い壁はアマイモンが脅して拷問して祓魔師に作らせた絶対墻壁の力を逆に利用したもの。作らせた祓魔師はどうなったかアマイモンはよく覚えていない、殺したかさえも記憶の彼方だ。
 とにかく燐は、炎で壁を焼く事も壊す事も出来ない。白い監獄だった、連れてきた際は暴れていた燐だが1年もすればそれをやめて大人しくなった。人間というのは精神が弱く、一人でいるという事が苦手な生き物。それが強制的なものだと更に精神に負荷が掛かり壊れてしまうらしい。

「では、さようなら。またキミの機嫌がいい時にでも出直してきます」

「っ、ま、待て!あ……、」

「ハイ、待ちます。何ですか、燐?」

 身を引いたアマイモンが小首を傾げると、ハッと息を呑み反射的に喉から出た声に、しまったとばかりに眉を顰めて俯く。けれど上着を掴む指先の力は緩まずに震えている。きっとまた下唇に歯を立てているのだろうな、ああして歯を立てるのはアマイモンを呼ばない為だと理解していた。
 音で例えるならガリガリと、この100年間燐の精神は削れていった。この何もない部屋で声を掛けるのは、触れるのはアマイモンだけ。何年も過ぎ、燐は触れるのを嫌がらなくなった。また何年も過ぎ、燐は触られるのを喜ぶようになった。また何年も過ぎ、自傷を始めた。だからもう少し。

「…行くな、行かないでくれ。この部屋に一人は、…嫌だ」

「いいですよ、でもボクでいいんですか?」

「いい、つーかお前がいい。俺は、…俺は、」

 さあ、もう少し。強制的に閉じ込められて、自由を奪われ、それど誰かを求める精神は狂っていく。狂っていく精神でその強制的に自由を奪った相手でさえ、求めてしまう。そうすれば最終的に人間の精神はどうなるか、更に壊れてしまわないように、違う感情を抱きそれを信じて狂っていく。

「アマイモン、…俺はきっと、お前が好きなんだ」

「…、本当ですか?」

「ああ、だから」

「ハハハア、嬉しいです。ワーイ、ボクは今凄く嬉しい!」

 両脇に両手を差し込み、燐を子供のように抱き上げる。少し痩せた燐の体は軽く、椅子から体が離れ楽々と持ち上がる。アマイモンは無邪気に笑いながらそのまま加減をしらながら抱き締めた。燐も抗う事はせずにアマイモンの頭を抱えるように首に腕を回して、口許は仄かに何かに安堵するような笑みを浮かべていた。

「ボクもです。愛してます、燐、ずっと、ずっと離しません」

 そう囁くと嘘をつかない悪魔は、ぺろりと血に濡れた唇を丁寧に舐め拭う。そうして、燐を抱き上げた侭にダンスを踊るようくるくると何もない部屋で舞う、そこにいるのは狂わされた悪魔と狂っていた悪魔。誰の祝福もいらないであろう二人はその歪な幸せを静かに静かに喜んでいた。




キミを壊せるというならは狂っても構わない。


(犯した瞳に影が焼き付く)

Thanks<空想アリア



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