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「#エロ」のBL小説を読む
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 狩屋マサキには常々不思議に思っていることがある。
 円堂はなぜ、あんなにも好かれているのだろう。
 理由がわからないのは、きっと彼をよく知らないからだ。
 “監督”である彼のことも含め、マサキが円堂自身に関して知っていることはごくごくわずかだ。
 あの伝説のイナズマジャパンの元・キャプテンにして正ゴールキーパー、現プロサッカー選手。少し前から、怪我による故障で前線を退いているが、彼の復帰を願う声は後を絶たない。
 ファン層も幅広い。子供から大人、少年少女から老人に至るまで。
 特にキーパーを目指す少年にとっては一番星にも等しい存在であり、サッカーが好きなものならば誰もが知っていると言っても過言ではない、今や世界に名だたる人物である。
 そんな大人物でありながら彼は自分の知名度に鈍く、想像以上に気さくでそれでいて噂どおりの真性のサッカーバカだった。
 あとは、年齢よりかなり若く見える。はっきり言ってしまえば童顔だ。トレードマークのバンダナを外すと、さらに幼さが際立つ。相棒の鬼道が大人びているせいもあるだろう。格好が格好なら、あるいは高校生でも通るかもしれない。
 他に知っていることといえば、クラスメイト兼サッカー部の仲間である天馬を筆頭とする雷門イレブンが、円堂に崇拝じみた執着を抱いていることぐらいか。
 もとからファンであった面々も多いのだが、しかし憧れの域を大幅に越えているのは目に見えて明らかで。
 そう、つまるところ、気になるのはここだった。
 なぜみんながみんなして、彼に異常なまでに惚れ込んでいるのかがわからない。
 転校生であるマサキは、監督就任当初に起きたという雷門イレブンと円堂との衝突を知らない。だから、彼らが円堂を慕うきっかけになった出来事を知らない。
 マサキとて、円堂を嫌っているわけではない。口にこそ出さないが、監督として十二分に素晴らしい人物だと思っているし、ちゃんと尊敬だってしている。
 突如、監督を辞任して出ていってしまったときだって、もっと教えて欲しかったのにと思うくらいには傾倒していた。
 円堂不在時、一時的に監督となった鬼道の下で指導を受けていたときも、神童たちがひどく落ち込んでいるのを見て、話題についていけない自分をもどかしく感じたりした。
 瞳子と彼に接点があると知ってからは、いかに自然にして彼の情報を引き出そうかと、あれこれ算段を練ったりしたぐらいだ。ちなみに現在進行形である。
 だが、マサキと天馬たちには天と地ほどに明確な差があった。
 それは、感情の質。
 純粋に敬愛の念を抱いているマサキに対し、天馬たちはどうも恋愛感情を向けているようなのである。
 円堂を見る熱っぽい目、彼と視線が合うや否や輝く表情、そして笑いかけられた途端、真っ赤になる顔。これはもう、どこからどう見ても恋をしている者特有の症状だ。
 休憩時間中や部活が終わったあとに、さりげなくふたりで何処かに出かけないかと誘いをかけているところも多々目撃するのだから間違いない。ふたりで、と前置きしているあたりが決定打だ。
 このことに気付いたとき、マサキの頬はひくりと引きつった。
 円堂の顔立ちはどちらかといえば可愛らしい部類だが、決して女性には見えないし、華奢だが筋肉もしっかりついているし、内面的にもかなり男らしい。
 守ってあげたいというより、彼自身が誰かを「守りたい」タイプに見える。
 恋人が自分より男らしいというのはおなじ男としてどうなのだろうとマサキは思うのだが、惚れた欲目というのはすごいもので、そんな男前な部分も愛しさの前では何の問題にもならないらしい。
 恋愛の対象としているからには、もし付き合うことが叶えば、下世話な話、キスもするしそれ以上のことだってするだろう。おそらく、円堂は女役である。
 そこまで考えて、マサキは微妙な気持ちになった。
 そりゃあ愛の形はさまざま、千差万別、趣味も嗜好も人それぞれなのだから否定する気はないが、チームメイトの八割強が同性愛者となれば複雑にもなる。
 あからさまな部類である天馬や神童、霧野や浜野、輝を筆頭に、リアクションは正反対だがすぐに態度に出る倉間や速水、円堂に接しているときだけ借りてきた猫のようにおとなしくなる剣城、憧れから転じるのも時間の問題であろう一乃と青山。
 ざっと数えただけで十人。十人だ。
 そして、鬼道は言うまでもない。ベタ惚れだ。常に円堂の隣を我が物顔で陣取り、時折、教え子たちにちくりと牽制する言葉を投げかけてくるのだから、まったくもって大人気ない大人である。ふだんの姿だけ見れば、さすが黄金の司令塔だと称賛に値する人物であるのに。
 だが、マサキをさらに驚愕させたのは、友人や先輩の上をゆく円堂の“親友”たちだった。
 彼とゴッドエデンで再会したとき、彼の側には以前関わった吹雪をはじめ、風丸や不動がいた。
 彼らも例に漏れず円堂を慕っているようだったが、壁山のそれとは色が違うと一目でわかる。
 ──こいつらもなのかよ。
 やたらと円堂の世話を焼きたがる風丸、やたらと円堂にちょっかいを出す不動、やたらと円堂の肩を抱いたりさりげなくくっついている吹雪を見て、マサキはげんなりした。
 どいつもこいつも。ホモばっかりか!!
 頭が痛い。奪い合いをするなら余所でやれと、声を大にして言いたい。
「円堂は相変わらず不器用だな。ま、そこが可愛いんだけど」
(可愛いって……、男に言う言葉じゃねーだろ)
 ふつうにしていれば、さぞかしモテるだろうに。風丸の目には円堂しか映っていないらしい。見つめる視線の甘さといったらない。
「おい、円堂ちゃん。ひとりでフラフラ行動すんな。行くとこがあんならオレが着いてってやっからよ」
(あーいうの、ツンデレって言うんだっけ?)
 風丸を過保護だと茶化す不動も大概心配性だ。ぶっきらぼうな口調とは裏腹に、何かにつけ円堂と行動しようとする。
「円堂くん、眠い?よかったら肩、貸そうか?」
(で、答えを聞く前に抱き寄せる……、と。前から思ってたけどこの人、確信犯だよな)
 女性ファンが聞けば黄色い声を上げて卒倒しそうな吹雪の声、甘い微笑みは見てはいけないものを見てしまったかのような居心地の悪さを覚えてしまう。
 慣れているらしく、まったく動じない壁山の精神が心底羨ましい。慣れているということは、昔からこうであったということなのだが、そこはもう深く考えると駄目な気がする。
 これだけわかりやすく態度に出しているにも関わらず、円堂が彼らの想いにこれっぽっちも気付いていないところが、またすごい。
 人の機微には聡いくせに、狙ったかのように恋愛にだけ疎いなんて。
 彼らですらあっさりスルーされているのだ、天馬たちの猛アプローチも効かないわけだと、妙な納得さえしてしまう。
 もし円堂が女性だったなら、さぞかし立派な小悪魔になっていたのではなかろうか。
 まだ調査があるという彼らとの別れ際、円堂の傍らをキープする彼らの得意気な顔を、マサキは忘れない。
 円堂が無事雷門に戻り、再び監督の座に就いてからも、ため息を吐かない日はない。
 なぜなら、とばっちりを受けるのは決まって自分だからだ。
 今日の円堂監督が云々かんぬんと天馬に惚気られるのが日常茶飯事なら、霧野に「監督に近づく奴を見つけたら即ハンターズネットで捕獲しろ。先輩命令だ」と中性的な容姿からはとても想像がつかないであろうドスのきいた声で理不尽な命令をされたりするのも日常茶飯事、つまりは碌なことがない。
 争いに巻き込まれてしまうのは以前からだったが、円堂が帰ってきてからは惚気と妄想の質が三割増しでひどくなっている。
 約束すらしていない円堂とのデートプランを意気揚々と語られても、反応に困るだけである。
 それなのに渦中の本人は何も知らず、今日も元気にサッカーやろうぜ!と、太陽を背にキラキラ眩しい笑顔で周囲を魅了し続けるのだから、悩みの種は尽きることがない。それどころか、他ならぬ円堂の手によってどんどん量産されていく始末だ。
 吹雪を慕っているようだったのに、何がきっかけになったのだろう。いつのまに入手したのか、白恋の雪村が頻繁にメールを寄越すようになっていたり。アフロディ経由なのか何なのかわからないが、木戸川の貴志部や滝兄弟が円堂目当てに雷門を訪ねてきたこともある。
 極め付けは新雲の雨宮と、おなじ病院に入院している剣城の兄、優一だ。
 馴染みの病院らしく、円堂は治療のためここに通院している。
 経緯は定かでないが、その間にふたりと実は知り合っていたらしい。
 そのことでマサキは先日の夜、天馬に「太陽ってばズルいんだよ!オレに監督と知り合いだってことずーっと隠してたんだ!!」と、小一時間にわたり電話越しに延々と愚痴を聞かされたばかりである。
 適当に相鎚を打ってやり過ごそうにも、天馬は実に行動的で、下手なことを言おうものなら、それこそ何をしでかすかわからないのできちんと受け答えしてやるしかない。
 最後に「ありがとう狩屋!また相談に乗ってね!」と、不吉な言葉が聞こえたような気がするが、気のせいであってくれと願うばかりだ。
 いい加減にしてほしい。マサキは笑顔を引きつらせながら思う。
 天馬が円堂を好きなのは、もう十分にわかっている。
 天馬以外の面子が円堂に骨抜きにされているのも、重々承知している。
 円堂が人を惹きつける魅力的な人物であることもわかっているし、男同士なんて不毛だとか、ここまできてそんなことを言うつもりも毛頭ない。
 だけど、最近妙にイライラしてしまうのだ。
 天馬がうれしそうに円堂のことを話すのも恋敵たちのことで愚痴を零すのも、なんだか気に入らない。前までは、はいはい天馬くんは本当に監督のことが好きだよね、と軽く流せていたはずなのに。
 霧野が円堂に積極的にアプローチをしているのを見るのも嫌だ。
 剣城目当てで来ているはずの白竜が、円堂に「今のシュート、よかったぞ!」と褒められてくすぐったそうにしているのを見ると、おまえ今すぐ帰れ、などと思ってしまう。
 聞きたくないのだ。もう。彼に関する恋愛沙汰を。
 イライラするたび、頭の中に浮かぶ三文字。
 “嫉妬”。今の自分の心情を表すのにこれほど相応しい単語はないだろう。
 渦巻くものが何であるのかわからない訳がない。そこまでマサキは鈍くない。
 なんで。どうして。認めたくないと躍起になればなるほど、円堂の笑顔ばかり思い出してしまう。
 違う。違う。恋なんかじゃない。オレは円堂監督をそんな目で見たりなんかしない。そう思っていたはずなのに。
 眠れない夜が続く。連日ハードな練習をこなして、身体は疲れている。だるくてたまらないのに、頭だけが妙に冴えているのだ。
 雑念を振り払おうと、夜中にこっそり屋敷を抜け出し、庭でボールを蹴っていても、胸に広がる靄は晴れることがない。
 昔の自分なら、きっとこうはならなかった。ボールに触れれば、何も考えず思考をクリアにできた。
 仰ぎ見る漆黒の空は、マサキの心中とは裏腹に、雲ひとつなく星が瞬いて澄んでいる。
 仕方なく布団の中で丸まり、目を閉じて睡魔の訪れを待ってみても、睡魔どころか瞼の裏に焼き付いた円堂の笑顔のせいで眠るに眠れない。
 顔はどんどん熱を持ち、身体は火照っていく。
 一度、寝不足の状態で部活に出たとき。不調に気付いた円堂に「おまえの性格上、まわりに言えないんだろうけど、無理だけはするなよ」と優しく頭を撫でられて、気恥ずかしさのあまり顔から火を吹きそうな心地になった。
 子供扱いをされて悔しい以上に、自分を見てもらえていてうれしいと、鼓動が跳ねる。
 これはマズい。いろいろな意味でマズい。
 その日は必死に気付かないフリをした。
 次の日は自分の気持ちを誤魔化そうと頑張った。
 次の次の日は、円堂と出来るかぎり目を合わさないように努力した。
 でも、無駄だった。いくら逃れようとしても、本能が彼を求めている。
 目は彼の姿を追い、耳は彼の声を一言も取り零すまいとする。
 笑顔を視界に納めれば、瞬く間に跳ねる心音。
 朱に交われば赤くなると言うが、まさかそれが自分にも当てはまってしまうだなんて。
 まわりが円堂を恋愛対象として見ていても人は人、自分は自分だと思っていたのに。
 恋した相手は“あの”円堂守。同性かつ倍率の高すぎる、本来であればブラウン管越しに眺めているしかなかった、雲の上の存在。
 つう、とマサキの額を冷や汗が流れる。
 ──どうしよう。
 自覚した恋の芽を摘み取ってしまうには、想いが成長しすぎていた。
 無理に抑えようとすれば胸が痛むし、かといって素直に好意を告げられるわけもない。出来るなら悩んだりなんてしない。
 円堂とマサキは、世代、立場、あらゆるものが違う。
 けど、男同士だからとか、こっちがいくら熱を上げたって十一も年下の、しかも教え子を相手にしてもらえるかわからないじゃないかとか、そんな後ろ向きな考えは建前に過ぎない。
 戻れなくなる前に引き返すという選択肢を選ぶこともできるのに、マサキにはどうしても選べなかった。
 足は、境界線を越えようとする。
 ──どうしよう。
 うじうじと悩むのは好きじゃない。でも悩まずにはいられない。
 どんなに表と裏を使い分けるのが得意でも、飄々として掴みどころがないように見せていたって、好きな人からどう思われているか気になるし、数年は縮まらないであろう身長差は恨めしい。マサキにだって思春期らしい葛藤はある。
 円堂を好きになるということは、必然的に天馬たちと恋敵になるということ。
 今まで敵と認識されていなかったからこそ入らなかった邪魔が、これからは当たり前になるだろう。彼らはこういった事柄において非常に鼻の利く連中だから。
 マサキはそれを、牽制の網の目を掻い潜って想い人を射止めなければならないのだ。
 懸念だっていくつもある。
 年の差。恋敵。まっとうな思考をしているであろう彼を、こちらの道に引きずりこむこと。文字どおり、障害ばかりの恋だ。

(──それでも『好き』だってんだから、オレも何ていうか)



「──バカですよね」
「え?」
 目を開くと一番に飛び込んでくるのは、愛しい人のチョコレート色の瞳。
 真上にある円堂の顔を見つめ、唐突に呟けば、予想どおり彼は首を傾げた。
 ──こんな未来がくることを、想いを自覚したあの日から、ずっとずっと夢見ていた。
 手に入れた幸せは、ひだまりのように暖かい。
 晴れた休日の午後。ひさしぶりの“恋人”とのふたりっきりの逢瀬は、膝枕という形で展開されている。
 ソファに座る円堂の膝に横になっているマサキは、自身の水浅葱の髪を梳く円堂の指先に指を絡め、気持ちよさそうに目を細めた。
「……オレが?」
「まさか。違いますよ、オレが、です」
「えっと……悪い。話がよくわかんないんだけど」
「そりゃそうでしょう。わかったら守さん、エスパーですよ」
 バカはバカでも円堂バカ。
 円堂バカの周囲を散々揶揄していたくせ、結局自分もそうなってしまったのだからバカとしかいいようがない。
 微睡みの中、マサキは夢を見ていた。
 円堂のことを意識していなかった頃のこと、彼を好きだと自覚したときのこと、そして。
「守さんに、好きだってはじめて言ったときのこと、思い出してたんです」
「……マサキ」
 申し訳なさそうに眉を寄せる円堂に、ふっとマサキは苦笑する。
 生まれてはじめてした告白は、後になって振り返ると黒歴史にしてしまいたいくらい稚拙で格好悪いものだった。

『監督は、オレのこと、どう思ってますか』
『勿論、』
『──可愛い教え子、なんて言わないでください。オレは、そんな答えを聞くために監督を呼び出したわけじゃない』
『狩屋……?』
『っ、オレは!アンタのことが好きなんだよ!!』
 ある日の部活後。
 みんなが帰ったあとの閑散とした広い部室内でのことだ。
 まるでそれしか知らないみたいに好きだ好きだと喚く姿は、子供の癇癪に近かったと我ながら思う。
 けれど、円堂が自分を教え子以上に思っていないことを察した瞬間、何かの箍が外れてしまって。
 悔しさからか、想いが正しく伝わらない切なさからか、くちびるを噛み締めると涙がぽろりと一滴、目尻から零れた。
 目を丸くしてひどく驚く円堂を床に強引に押し倒し、馬乗りになる。そのまま、マサキは吸い寄せられるようにくちびるを彼のそれに押しつけた。
 意識させたい。子供扱いされたくない。
 その感情のままに奪った、自分勝手なキス。
 瞬きをすると、円堂の日に焼けた小麦色の頬に、ぱたぱたと透明な雫がひとつ、またひとつ、落ちていく。

「あのときは、本当にびっくりしたよ。まさかおまえが泣くなんて思わなかったから」
「……オレだって、あんな醜態、晒す予定じゃなかったんですけど」
「ははっ、でも……あれがはじまりだったんだよな」
 懐かしむように口元を緩める円堂を見て、マサキも柔らかな笑みを浮かべる。
 あのとき、フられることを覚悟した。
 円堂なら、同性から想いを告げられたとしても真摯に向き合ってくれると確信はあったけれど、そのことと自分を恋愛対象として見れる見れないはまた別のものであったから。
 “好きになってくれて、ありがとな”
 そんな、お約束で、残酷な台詞が紡がれるものだとばかり思っていた。
 けれど。
「『おまえの気持ちにちゃんと向き合いたいから、その上できちんと返事をしたいから、だからまずはおまえのことを教えてくれ』、なぁんて、期待させるようなこと、言っちゃったんですよねー、あなたは」
 この瞬間。マサキがどれだけうれしく思ったか、思わず涙も引っ込んだくらい心震わされたことを、見上げる彼はきっと半分もわかっていない。
「言っちゃったって……何だよ、じゃあマサキはあのとき断られたほうがよかったのか?」
「まさか!」
 むう、と頬を膨らませ、髪を梳く手を止めた円堂の言葉に、マサキは間髪入れずに否と返す。
 おどけた言い方をしてしまったのは、単なる照れ隠しだ。
 だって、泣き落としがきっかけだなんて恥ずかしいにも程がある。
 この先、誰に馴れ初めを聞かれたって、絶対に言えない。格好悪すぎてたまったもんじゃない。
 でも、この日のことをきっかけにふたりの距離は縮まって、円堂も徐々にマサキを意識してくれるようになったのだから、すべてが悪いわけでもないのだ。
 守さん。ふたりきりのときにだけ呼ぶことを許された特別な呼称で、円堂の顔を近付けさせると。マサキはもう片方の手を首裏に伸ばし、引き寄せる。
「んっ……!」
「……………、」
 重なるくちびる。
 はじめて触れたときから変わらない柔らかさと甘い味は、マサキをどんなときでも魅了する。
 このくちびるに触れられるのは自分だけ。
 首に回していた手を後頭部に添え、瞳とおなじ甘いチョコレート色をした髪に手を差し込んで、くちびるをもっと深く合わせる。
 すべてを独り占めしているような感覚。
 座った状態で前屈みになっているため、やや苦しそうにしている円堂のくちびるから時折漏れ出る吐息は甘く、脳を痺れさせる。
 幼い独占欲が満たされ、優越感に思う存分浸ることのできるこの瞬間を、マサキはいたく気に入っていた。
 ひねくれている自覚のある自分が、こうして無防備に甘えていられるのは、後にも先にも彼ひとりだ。
 十一の年の差は今も変わらずコンプレックスで、少しでも早く大人になって彼に釣り合いたいと願う気持ちも日々大きくなっていくばかりだが、子供だからこそ甘えていられる部分もあり、何だかんだで現状を楽しんでいる。
 いつか、背もぐんと高くなって円堂をうんと甘やかしてやりたい。
 並み居る強敵たちの隙をついて掠め取る形ではあったが、渾身のアプローチの末に手に入れた、たったひとりの恋人。絶対に手放したりなんてするものか。
 恋の罠に最初にかかったのはマサキ。
 けれどマサキの張った“狩人の網”にかかったのは──、円堂だ。
 両想いであるのだと自覚するたび、胸に湧き上がるのは甘酸っぱい幸福感。
 彼を好きである限り、マサキはそれに、これからもきっと、何度も、いつまでだって心ときめかされるのだろう。
 これは予感ではない、確信だ。
「……やっぱ守さんて小悪魔ですよね」
「?」
「いーえ、何でもありませんよー」
 くり返すキスの合間に、ぽつりと呟く。
 円堂を好きになるまで、マサキは傍観者だった。
 なぜ、みんながみんなして彼を好きになるのかわからなかった。
 彼の気を引こうとあの手この手でアタックする天馬たちを見ているのは楽しい。
 他人の恋だからこそ、一歩引いてみていられた。冷静に判断が出来ていた。
 好奇心が恋に変わる、そのときまでは。
 円堂を好きにはならない。尊敬以上の感情を持っていなかったあの頃の自分は、今の自分を見ればきっと驚くだろう。
 天馬たちや風丸たちをやきもきさせ翻弄する姿を見て、もし彼が女性だったら小悪魔になっていただろうと思ったことがあったが、とんでもない。
 円堂は円堂であるかぎり、小悪魔だ。
 彼のことを知れば知るほど、手に入れたい、捕らえたいと強く思わされる。
 しかし、幾重に張った罠で彼を捕らえ、念願の恋人の座を手にした現在も、彼に『囚われている』という意識の方が遥かに強い。
 円堂といっしょにいると、細かいことがどうでもよくなって、彼さえいればいい、彼といられればいい、なんて盲目的な思考に染まっていってしまう。
 これではもう、天馬たちのことを笑えない。
 天然で鈍感で質が悪くて、妙に男に好かれやすくて、無意識にマサキを振り回す、愛しい、小悪魔。
 最後にもう一度ちゅっと音を立てて軽く吸い付き、たっぷり一分ほど堪能してからゆっくりとくちびるを離す。
 すると真っ赤な顔をした円堂のとろりと蕩けた目とかち合い、マサキは口角を上げた。

「そういう顔が反則だって言ってるんです」

 恋とは不思議だ。
 今までの自分をひっくり返されても、それを心地いいと感じるのだから。
 人と深く関わるのが煩わしく、いつも他人をどこか斜に構えて見ていた自分ももういない。
 全部、全部、世界ごと彼が変えてしまった。
 そして恋は恐ろしい。
 こんなふうに、砂糖を溶かしたみたいな甘ったるい声を出す自分も悪くないと思えてしまうのだから、やっぱり。


男の勘は大体外れる
(これからも、きっと)


Fin.
僭O円企画「Mercy,Mercy,Mercy~*」さまに提出させていただきました。
マサ円好きさまが増えますように!
title:確かに恋だった