@フィリエド




イライラする。
青く澄み渡った空も初夏の匂いを含んだ生温い風も頭上から照りつける太陽も。
イライラする。
イライラする。

なによりも
急に態度を変えた、アイツが。





気付いたのは昨日。
以前は何を言わずとも隣にいて、視線を向ければ何もかも理解してるような、私の好きにしたらいいと包み込むような笑顔を返してくれたアイツ。
そこにある姿は同じものなのに、その瞳に私を写さない。遥か前方を見据えたその瞳は私がここにいないかのような錯覚を生んで、声をかけることすら出来なかったのだ、この私が。

今まで一度もなかったアイツの態度に、困惑と同時に生まれる消失感。左胸がギリ、と痛むのを気付かないふりして普段通り声をかけてみようとアイツの姿を探すと、ベンチのそばで汗を拭うアイツを見つけた。少し、左胸の痛みが和らいだ気がした。何故かは解らない。
だがすぐに和らいだ左胸の痛みが気付かないふりなんか出来ない程キツくなったのを自覚する。
背を、向けた。私と一瞬目が合ったと思ったら、くるりと背を向けたのだ。見慣れない背中がそこにはあって、アイツの背中はこんなに広かっただろうかと、アイツの背中はこんなに遠かっただろうかと。
頭をガツンと強打されたような衝撃と共に沸々と湧き出てくる怒り。理不尽過ぎる。私が何をしたというのだ。身に覚えがない。


爪の跡が付くくらいキツく握りしめた拳が震える。痛みなど感じない。




「っ…フィリップ!」


返事はない。


「フィリップ!」


「フィリップ!」

聞こえているはずだ。いや、はずではない、聞こえているのだ。なのに、返事はおろか、視線すら此方に向けようとはしない。
ふざけるな、一体なんだというのだ。

背中が、拒絶を表す壁のようだと、初めて思った。




頑なに此方を見ようとしないフィリップに苛立ちともやもやした何かが私の中を支配する。


「フィリッ…「…っ名前を呼ぶな!」」


ナマエ ヲ ヨブナ


はっきりとした拒絶。
漸く此方を向いたかと思えばすぐに反らされる視線。再び現れる背という壁。



「な…ん、で…」

声が掠れる。らしくない。ショック、だというのか、この私が。苛立ちともやもやで支配されていた心が空っぽになったような、これが闇か、いや、無というべきか。


「…フィリッ…プ、フィリップ…」

何も考えられない。頭がグラグラする。私は、ちゃんと立てているのだろうか。
壊れた玩具のように名前を繰り返す。呼びたい呼びたい呼びたい。お前の名前を、呼びたい。
背を向けたままのフィリップがどんな顔をしているのかは解らない。だが聞きたくないと言うかのように頭を抱えた姿から、目が離せなかった。







「フィリッ……っっ!」


何が起こったのか理解出来ない。


ぐらりと傾く身体、腰に回された腕、頬を通り髪の毛をさらりと撫でる手

切羽詰まったような瞳、眉間に寄せられた皺、長い睫毛


重なる唇



よく見慣れた、だが私の記憶していたものより幾分も力強いそれが、全てにおいて近い。
長い間一緒にいたがこんなに近くで見るのは初めてだな、なんてぼんやり思いながら静かに瞼を伏せた。




「……悪い」

名残惜しそうに離れた唇から出た第一声。緩やかに瞼を上げればそこには赤く染まった顔があって、そんな顔を見るのも初めてだなと新鮮な気持ちになる。


「……エドガーに名前を呼ばれると、我慢出来なくなる」

好きだから。



気持ち悪いだろう、だから名前を呼ぶな、そういうフィリップの顔は辛そうに歪んでいて、でもさっきまでの拒絶とは違ういつもの包み込むような雰囲気で。愛しい。

愛しい…?いや、解らない。でも何故だか安心した。顔が緩む。


「…フィリップ」

返事はない。

「フィリップ、フィリップ」



「……フィリップ」

返事をしろ、フィリップ



「…………はい」


諦めたような、困ったような、色々な感情が入り混じった視線を正面から受ける。
両の手のひらをするりと頬に滑らせて引き寄せるとニッと笑って言ってやった。





「名前を呼んだら、我慢出来ないんだろう?」

ならばいくらでも呼んでやる、お前の名前を。



Name that calls.


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