暖かな陽射しが瞳の奥できらきらと揺れる。その波をじっと見詰めているとぺちりと軽く頬を叩かれた。驚いて彼に視点を合わすと悪戯に成功した子供のようにくるくると笑っていた。それにこちらも可笑しくなって思わず頬を緩ませると彼はまるで太陽みたいな声を出して笑うんだ。どうしたの。問うと、あなたこそどうしたんですかと問い返えされた。ああもうやめてよそんな笑顔、狡いじゃないか。君の笑顔があまりにも素敵だからボクは笑うことしかできない。 「Nさん、どうしましょう」 彼はボクの頬に両手を置いて泣きそうな顔でふわりと笑んだ。 ボクにはどうして彼が泣きそうなのかわからない。人の感情というものは深く深く入り組んでいて、ボクには到底読み取れたものではない。人によって怒る理由も、笑う理由も、悲しむ理由も、全てがすべて、同じ理由でとは限らないからだ。 自分自身の感情も上手くコントロール出来ないボクが、他人の感情を読み取れるはずがない。だからボクにはわからなかった。彼の瞳から溢れ出る雫の意味が。彼といると、必ずボクの心を埋め尽くす暖かいこの感情の意味が。 「なんで泣いてるの?」 「わかりません」 「痛い?悲しい?」 「いいえ、いいえ。」 笑顔を崩すことなく綺麗に泣き続ける彼からは悲愴の感情はこれっぽっちも感じられなくて、だからボクは余計に彼の感情がわからなかった。 ボクは彼に涙を止めてほしくて(じゃないと彼のなにか大切なものまで流れて逝ってしまうのではないかと、)ただ彼の小さな背中をさすってやることしかできなかった。幼子をあやすように頭を撫でると子供じゃないんですから、と払われた。違う、違うよ。君は子供だ、ボクにとっては子供。そしてボクもまだ子供。彼は涙の雨を已ますことなく俯きながら小さく息を吐いた。 「知っていますかNさん」 「うん?」 「気持ちの波が抑えられずに心臓がぎゅっと痛むんです、紐でぐるぐると何十にも巻き付かれたように、針に刺されたようにちくちくと痛む。あなたを見ていると苦しくなって息が出来ない。でもこの苦しさは愛しく想えるものでもあるんです。わかりますか、あなたには」 「…君の言うことは、たまにとても難しくてよくわからないよ」 「あなたを意識する度、まるで心臓の表面を光が照らしてじりじりと灼きつけるかのように。瞼を閉じても灼き付いて離れないあなたの姿が」 彼はまだ子供なのに、その大人びた口調はまるで小説の朗読を聞いているかのように思えた。流れるようなその言葉はボクの脳で把握するにはとても大き過ぎて。 なにも言えないボクの顔を見て彼はまた小さく微笑みを浮かべた。 「なんであなたが泣くんですか」 わからない、わからない。 彼の感情が、彼の涙が。ボク自身の不甲斐の無さが、酷くボクを惨めにさせる。 困ったように笑う彼にかけてやる言葉すら見付からなくて結局ボクが彼に心配されることになってしまった。暖かな感情の波と、彼の言う苦しみと痛みの違いはなんなのだろう。知っている、ボクはそれを知っているはずだ。なのに思い出せない、そんなような気持ちが悪い感覚がして、振り払うように首を振った。 「ボクの気持ちと君の気持ちは違うのかな、」 「…それは、わかりません」 「ボクは君を見てるとしあわせな気分になるし、自然と笑顔になれる。けれど君は苦しいと言う」 「感じ方は人其れ其れです」 「君はボクがきらいなのかい」 「あなたは俺がすきですか」 「好きだよ、好きなんだ。この感情は君に会うまで知らなかったけれど之れがきっと愛情なんだ」 数式なんかでは到底表すことのできない人の感情は無限にある。言葉にしてみなければわからない感情もたくさんある。ボクは今口にしてみて初めて自分の気持ちを知った。 彼は驚いたように瞳を丸くして瞬きを数回した後、花咲いたような笑顔を見せてボクに向かってこう言った。 「俺も、です」 (なんだかとても遠回りしてしまったような気がするけれど、君が悲しまないのなら、それでいい。それが、いい。) (だから、もう泣かないで) 5.もう泣かないで |