わたしは彼に嘘を付き続けている。始めこそ、それは真実であった筈なのに、いつの間にか塗り固められた嘘に変わっていた。たったひとつの嘘が、わたしを科人に変えたのである。無邪気な彼の顔を見据えながら嘘を付く自分を直視することがいつの間にかできなくなっていた。

特に突出して豊かでもないこの町は誰に狙われるでもなく落ち着いた日常を描いている。時折ログを溜める目的で船を寄せる以外に海賊を見かけた記憶はない。本当にただの田舎町。
そんな田舎町へ彼らはまた習うように船を停泊させたのである。けれど風になびく彼らの海賊旗は、あまりにも異質だった。時折訪れる海賊とは比べものにもならない偉大なその旗に、町の人々は感嘆の声をもらしたのである。

「なあ、」
「はい?」
「明後日には船が出るんだ」

そう言った彼へ「よかったですね」とわたしはまた塗り固められた嘘を付く。拗ねたように口を尖らせる彼へ向ける笑顔は果して笑顔になっているのだろうか。
白ひげ海賊団2番隊隊長・火拳のエースと言えばその名を耳にしたことのない者の方が恐らく少ないだろう。そんな彼が、なにを血迷ったかわたしの働く小さな酒場にふらりと訪れたのだった。彼曰く、一番食い逃げしやすそうな店がこの店だったらしい。あまりにも自分本意な理由にわたしは目頭を押さえたが、無垢な笑みの前にはなにを言う気にもなれなかった。
しかし、彼は食い逃げをしなかったのである。かと言ってお代を払ってくれた記憶などとんとない。毎日毎日、飽きもせずこの店に訪れては料理を食べ散らかし、そして決まり文句のような「ツケといてくれ」と共にあのセリフをわたしへ向けるのだった。

「なあ、好きなんだよ」
「もうわかりましたって」
「じゃあお前もおれたちといっしょに…」
「その前にお代をきちんと払ってくださいね」

にっこりと微笑む。「じゃあ、今までのツケを払えば船に乗るのか?」「それとこれとは話が別です」笑みを深めれば彼は不満気に俯きながらスパゲティーをフォークに絡めた。わたしはその姿に何度目かわからない嘆息をもらす。

エースさんは毎日この店に来ては、こうしてわたしを好きだ好きだと言うのである。その度に、わたしは呆れたように返事を返すのだった。
そう、始めは、わたしの返事はただの呆れたものだったのである。けれど、いつしかそこには切なさを孕んだ色が含まれてしまうようになった。わたしは、エースさんのことを好いてしまったのである。
この好意をわたしは決して彼に気付かれてはいけないと思った。大海賊団の隊長と酒場の下働きなど、不釣り合いにも程がある。彼は、この小さな田舎町で小さく収まっているわたしとは次元が違うのだ。きっと、バカ正直に着いていけばわたしは痛い目をみるだろう。彼だって、わたしと居ればいつかはその詰まらなさに気付いてしまうだろう。だから、わたしは彼の目の前で嘘を付き続けるのである。

「お前はおれのどこが気に入らないんだよ」
「なにもかもです」
「答えになってねェ、」
「じゃあ、エースさんは今すぐ知的で思慮深い男の人になれますか?」
「――…なれねェ、」
「ホラ、やっぱりムリなんですよ」

優しく笑いかけると彼はまたぶすくれたように口先を尖らせた。その仕種に、わたしは数えきれない程胸を締め付けられた。本当は、今すぐにでも彼とこの町を出てしまいたい。けれど、臆病なわたしはその先を考えてしまうのである。だからこうして彼とは180度違う男性像を「わたしの理想の人」として提示するのだった。
いつか、分かるときがくる。「これでよかった」と言える日がきっとくる。心の中で呟くことばは、エースさんに聞かせると言うよりも、自分に聞かせているようだった。いつくるとも知れないその日を言い訳に、わたしは彼へ嘘を付き続ける。


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