「…だから、無理っつってんだろーが。しつけーぞ」


冷たく放たれた言葉に、うつむいた顔が上げられなくなった。


「ちょ!ご、獄寺くん言いすぎだよ!」

「いいんすよ十代目、こんなやつ放っておいて」


行きましょう、そう言って隼人はくるっと向きを換え、「えぇー!ま、待ってよ獄寺くん!」っという悲鳴に近い声と一緒に二人分の足音が遠ざかっていく。


一度だけ気まずそうに振り返ったツナになんとか笑顔を返したら、ふと窓の向こうにいる人と目が合って。
するとその人が何も知らずに能天気な笑顔で手なんか振ってくるもんだから、私は何故かいてもたってもいられずに逃げるようにしてその場を離れた。


「…隼人のバカ」


もう泣きたい気持ちでいっぱい。
本当はずっと前から…。



「おーい、小宮山!」

「あ…」


今にも涙が目蓋から落ちる寸前、、でかい声で私を呼ぶ声が聞こえて振り替えると、それはさっき窓ごしに目が合ったあいつだった。


「はぁはぁ…はー、やっと追い付いた!」


多分、廊下を全力疾走してきたんだと思う。
じゃなかったら、反対の校舎からここまでこんな早くこれるわけないもん。
若干声が擦れてるし、肩も大きく上下している。


「追い掛けてきたの?」

「んー?うん、まぁな…それより、」


息を整えて向き直る山本は、曖昧な返事だけして、それ食わねえの?なんて私の腕の中のお弁当を指差した。


「あ…うん、もういらない…かな」

「マジ?じゃあ、くれよ」

「…でも」

「ほら、早くしないと昼休み終わっちまうぜ?」


な、と笑顔で手を引かれたら嫌だなんて言えない。


でも私は山本に手を引かれながら、これは隼人の手じゃないんだなって思ってまた悲しくなった。


山本はあの捨てられてしまうはずだったお弁当を、おいしいと言って全部綺麗に食べてくれて、おまけにお弁当箱まで綺麗に洗って返してくれた。


…優しいなぁ

でも、その優しさが痛いよ。


さっき窓越しに目が合ったとき、思わず逃げてしまったのはきっと後ろめたかったからなんだ。


何がって、最近私は山本を見るたびに、こういう人を好きになれたらって思ってしまうから。

後ろめたくて逃げたりするのに変だけど、何か困ったことがあると結局山本に頼ってしまう自分がいて…。

それはきっと、山本ならきっとどんなことでも笑顔で受け止めてくれるだろうって…そんな安心感があるからだと思う。


「明日からは、一人分だけでいいんだ…」


隼人は毎日、私の作るお弁当を黙々と食べる。
おいしい?なんて聞こうものなら眉間に皺を寄せて、マズイに決まってんだろ!って怒鳴りながら。

でもね、最初はそれでも良かったの。
すごい勢いでなくなるお弁当の中身が答えだって分かっていたから。


なのに、…いつからだろう。


最初は、おいしい?って聞いたら、おいしいって言ってほしいって思うようになって。
次は、私のことすき?って聞いても、答えてくれないことに胸が痛んだ。
そして、一緒に帰ろうって誘っても、無理に決まってんだろって一刀両断されるたびに少しずつパリンと心が砕けていってしまった。


隼人は、私のことなんて好きじゃないのかなって思わざるを得なくなるまでそう時間はかからなくて。
だから不安で、怖くて、確かな言葉や態度で示してほしくて、今日はどうしても一緒に帰りたいって食い下がってみたんだけど…


「結果は、ただ怒らせちゃっただけ、か…」


もうダメだね、きっと。
これ以上は私の心が保ってくれない。

ねぇ隼人…あなたは知らないだろうけど、私今日頑張ったんだ。

お弁当の中身もいつもよりとっても豪華だったんだよ?

私は今日に賭けてたんだよ…。
隼人が今日、少しだけでも私のほしい言葉をくれて私を優先させてくれたら…って、そうしたらもっと、もっと頑張れるかもしれないって思ったの。





「…何いってんだお前」

「だから…」


別れてほしいの。


「じゃあ、そういうことだから」

放課後、私は隼人の靴箱で待ち伏せして彼の目を見てはっきりと告げた。


「はぁ!?ちょ、待ちやがれ!」

そして予定では、すぐにその場を離れるつもりだったのに。

くるっと踵を返して歩きだそうとしたら、ぐっと腕を掴まれて引き戻される。


「なんだてめぇいきなり…」

「………」

「黙ってちゃわかんねーだろうが!」


イライラとした様子で舌打ちをされて、私はますます自分の気持ちが醒めていくのを感じた。
掴まれている腕が痛い…


ていうか…別れ話でまで怒鳴られる私ってなんなの?


「いきなり別れるなんて言われて納得できるわけねぇだろ!」

「いきなり…?」


いきなりなんかじゃないよ。

隼人は今までまったく感じていなかったの?
私が不安でたまらなくて、優しい言葉をかけてほしくて、大切に扱われたくて…ずっと、

ずっと悲しくて、辛くて、苦しくてたまらなかったこと…


「本当に気付いてなかったの!?」

「…!」


私の悲鳴にも似た叫びが廊下にこだまして、歩いていた生徒達が次々に振り返っていく。


「ちょ、お前…落ち着けよ」

「触らないで!」


狼狽えながら私を宥めようとする隼人の手を勢い良く振り払って、私はキッと彼を睨む。


「もう嫌なの隼人と一緒にいるのは!私だって、好きな人には大切にされたい!可愛がられて優しくされたいんだよ!」


まわりも何も見えなくて、泣きながらそう叫んだとき。

ふわり、と暖かい腕が私を包んだ。


「…獄寺、もうその辺にしといてやれよ」

「え?」

「な、お前…!」


後ろから抱きすくめられるようにして、私は山本に抱き締められていた。
頬にかする白いシャツからは、やわらかくて清潔な匂いがする。


「ふっざけんな…!お前人のもん取る気かよ」

「勘違いすんなよ。そんな気はなかったぜ?」

「や、山本…」

「わりぃ、小宮山はちょっと黙っててくれるか?…なぁ獄寺、俺は小宮山が幸せならそれでいいって思ってたんだ。なのに、お前が」

「…」

「お前が全然大事にしないから」


抱き締められてる腕にギュッと力が籠もった。


「だから小宮山は俺がもらう」

「っ…!」


山本の目が鋭く隼人を射ぬいて、隼人が一瞬息を呑んだのが分かった。


「…チッ…クソ、」


勝手にしろ!とだけ吐き捨てて、隼人は私たちの横を通り過ぎようとする。


すれ違うとき。

その瞬間だけ、時間がとまった気がして。
ゆっくりと横目で隼人を見たら、気のせいかもしれないけど、隼人の口が"ごめんな"って動いたように見えた。


「っ…隼人!」

「振り向くんじゃねぇ!」


鋭い声で一喝されて、私は涙が止まらなくなった。

悲しいからとかじゃなくて、隼人の最後の優しさを感じてしまったから。


今まで欲しかったときには手に入らなかったのに、今更気付くなんて遅すぎるかもしれないけど、…もしかしたらあの人は、ただ不器用なだけだったのかもしれない。

…本当は、私は自分が思っていたよりも愛されていたのかもしれない、なんてね。



「小宮山…?」

「あ、ううんなんでもない!」


不安そうに顔を覗き込んでくる山本。
いつもみたいに笑ってない。


「…あー、あのさ!なんかさっき、勢いで俺がもらうなんて言っちまったけど…お前が嫌なら…、んっ!」


必死に私を気遣ってくれる山本が愛しくて、彼が言い終わるよりも早くその唇を奪った。


「……っ」

「はぁ…」


重なって絡むそれは生暖かくて、甘くて優しくて…あぁこれが私の欲しかったものだったんだって確信した。


「小宮山…」

「もう大丈夫!私、後ろは振り向かない」

「俺…ずっと好きだった」

「うん、私…こんなやつだけど…もらってくれる?」


返事のかわりにもう一度ふってきた優しいキス。


「私、明日からは山本のためにお弁当作ってくるからね」

「はは!楽しみにしてる」


愛情の形はそれぞれだけど、私たちはやっとお互い一番ほしいものを手に入れた。

このぬくもりは、もう離さない






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