時計の針が止まったように、一分一秒が永遠みたく長く感じた。


どうしてこんなになっちゃったんだろう。


熱々だったカップの中のコーヒーは、もうすっかり冷えてしまっている。


「…鍵、ここに、置いておくから」


ちゃんと言えなくて震えてしまった声が情けない。

最後くらい気丈に振る舞いたくて必死で泣くのを堪えていたのに。
彼は何も言わずに背を向けたまま冷めた紅茶を啜っていた。


もうこれで、本当に終わりなんだと思ったら今まで向こうの勝手で振り回されてきたことも、全部どうでもいいことのように思えてきて、それがやるせなかった。

もっと頑張れたかもしれない、もっと他に方法があったかもしれないなんて、この期に及んでそんなことを考えてしまう自分も潔くない。


終わったのだ。

もうどうしようもない。


そういや、かつて死ぬほど愛した人との終わりはどんなだっただろう。もう思い出せないや。
あの時はご飯も喉を通らなくなるほど悲しくて辛くてたまらなかったのに。
今のこの悲しみに比べたら屁でもなかったんじゃないかって思えてきてぐっと込み上げてきた涙をぎゅっと飲み込んだら苦い味が喉に広がった。


「じゃあ、ね」


部屋を出るときに言った最後の別れの挨拶にも返事はなかったけど、精市くんのことをまだこんなにも好きな自分を大切にしたいから、それでいいと思う。
今更優しい言葉をかけられても振り切れなくなるって分かってるし、返事がないのが最後の優しさだって…そう受け取っちゃうのはやっぱり都合良すぎかな。


…あーあ、好きだったな。
男の人とは思えないぐらい綺麗で長い指とか、おまえは猫かって突っ込み入れたくなるぐらいふわふわさらさらの髪とか。

私もいつか彼の中で、ふと思い出して懐かしくなるような暖かい思い出になれるかな。


最後に背中に抱きつきたかった。
抱き締めて、好きだよって言えば良かった。
好きだよ、好き、だいすき。

いつも不安で嫉妬ばかりして困らせてごめんね。
すぐに泣いたり怒ったりしてた私に優しくしてくれてありがとね。

もっと言わなきゃいけない言葉が沢山あったんだって今になって分かるなんて私もバカだなぁ。


そうだ、今日は太るからってずっと我慢してた大好きなピザを死ぬほど食べてやろう。一人でLサイズを全部食べきってやる。ついでに山盛りのポテトも頼んじゃおう。
コーラだってガブガブ飲んでやるんだ、もちろん0カロリーじゃないやつ。

だから泣かない。

…ううん、やっぱり泣く。
泣いて泣いて死ぬほど泣いて、ピザも涙の味になってぐちゃぐちゃになるまで泣きまくって。

それでも明日には笑えるようにしたい。


「あなたの明日も、明るいものでありますように」


バイバイ、またね







- ナノ -