今日も一緒に帰れない。
昨日もだったしその前もだった。
「もっと一緒にいたいのはわたしだけなの!?」
バカバカと隣の人を殴ったらゴン、と一発重い一撃を食らった。
「痛っ!だって跡部ばっかりずるいよ!」
「…何がだ」
「こないだレギュラーみんなでラーメン食べたって忍足が言ってたもん」
向日くんは絶対、わたしがこんな風に駄々をこねて八つ当りに跡部を叩いてることなんか知らない。
部活仲間だかなんだか知らないけど、いっつも一緒にいて寄り道なんかして帰るだなんて聞かされたんじゃそうしたくもなるでしょ?
"あの跡部や日吉もやで?珍しいこともあるもんや"
…思い出すだけで泣きそうになる。
「わたしなんかまだ手も繋いだことないのにずるい!」
「誤解を招くような言い方するんじゃねぇ!」
一緒にいると楽しくて、でも縮まらない距離がもどかしくてたまらない。何回こんなふうに跡部を叩いてしまっただろう。
そのたびに、"なら別れろ"なんて言われて余計に落ちて。
好きなの、大好きなの。
別れたくなんかない絶対に!
……でも本当はちょっと心が折れそうだったりして。
付き合って2ヶ月、まだ手も繋いだこともないなんていったいぜんたい誰のせい?
「…はぁ、帰ろ」
跡部は何か言いたげに口を開いたけど、そのまま手を振って「走って転ぶなよ」というと、自分もスポーツバッグを背負って教室を出ていった。
告白されて付き合いだして、わたしの中での向日くんはこんなにも大きな割合を占めてきちゃってるのに。
悔しい。悔しいし悲しい。悔しいし悲しいし胸が痛い。
だから恋なんて嫌なんだ…
こんなに自分に自信が無くなっちゃったのも、憎らしく思うようになったのも恋のせい。
"ほんの少しの勇気で、なにか変わるかもしれないぜ?"
前に跡部が言ってた言葉を思い出す。
もう充分待ったもん。だからきっと待ってるだけじゃダメなんだよね?
ほんの少しの勇気…少し頑張って見ようかな
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好きだから付き合って、そう言うだけで何かが爆発しそうなぐらいだった。
ずっと見てきた女の子。
目がくりっとしてて、内巻きのボブがよく似合ってて。
特別美人とかじゃないと思うけど、とにかくとても可愛くて。
少し赤い顔で、よろしくお願いしますなんて律儀に手を差し伸べてきたときなんて、そのままその手を引っ張って抱きすくめてしまいたくなった。
でもんなこと俺に出来るわけないって!
跡部や侑士なら…いやジローとか鳳なんかも案外そういうの得意そうだけど、お生憎様、俺や宍戸はそういうのほんとダメなんだ。
特に好きな子には尚更、小宮山相手では目を見て話をすることすらものすっごいドキドキして頭がパンクしそうになっちまう。
ましてや、キ、キ、キス、とかなんて無理マジ無理!
そういう雰囲気になっても、なんか自分から茶化しちまって。
そのたびに小さいため息と俯いた顔を見て、何か言わなきゃとか焦っても結局どうすることも出来ない自分が情けない。
「キスなんか、口と口をくっつけるだけやん」
「ば、ばかやろっ!そんな気軽なもんじゃねぇだろ」
「そうか?第一種接近遭遇やろ」
「クソクソ侑士!お前に聞いた俺がバカだった!」
「なんや気難しい奴やな…おっと、噂をすればなんとやら、か。邪魔者は消えるわ」
何言ってんだ、と侑士の視線を追うと、ドアの端に栗色の内巻きボブがピョコピョコ見え隠れしていた。
とたんにドキンと跳ねる俺の心臓。
「ごめんね、いきなり」
右手で髪を引っ張ったりくしゃっとしたり、なんだかそわそわした様子の小宮山は、早口で今日の放課後について聞いてきた。
「あー…わりい、今日は部活は休みだけど委員会があるんだよ」
「…委員会って、運動活動委員?」
「そ、来週マラソン大会があるから今週はびっちり!あーあやんなっちまうぜ」
「今週はびっちり…?…そう、なんだ…そっか、」
しまった、と思ったときにはもう遅かった。
逸らされた顔に暗い声。思わずぎくりと背中が冷えた。
「…っ、なんか、ごめんな」
「うん、いいよ。でも」
委員会って何時までなの?と聞いてきた笑顔が、すごく無理して見えてなんか無性に触りたくなった。思わず出かけた手をぎゅっと握る。
「わたし、待ってちゃダメ?」
「え、!?」
「一緒に、帰りたい」
バッと顔を上げた小宮山としっかり目が合った。
触りたいとか変なこと思ってた俺はなんだかやましい気持ちになってすっと逸らしてしまったけど、心臓がいきなりざわざわして、視線だけで体中に穴が開きそうだ。
だって、こんな顔初めて見たかもしれない…こいつ、こんな意志の強そうな目をしてたっけ?
「ダメって言われても待ってるから!」
「え、ちょっ…あ!?」
……え!?
ぐい、と引っ張られたネクタイと潤んだ瞳がやたらに近い。
頬を赤らめた彼女は少し視線を彷徨わせ、そのままダーッと廊下を走っていく後ろ姿眺めて茫然と立ち尽くす俺。
まばたきをしたらさっきの残像がよみがえる。
「ゆ、侑士…」
「ん?」
「今の、なに?」
「俺に聞くなアホ」
隣から聞こえるため息の意味も分からず、とにかく異常に早くなっている心臓の音だけがやたらと大きく聞こえた。
ジェット気流にのって立ち止まって息を整えたら急に顔に熱が集まる。
「…っ」
あんなことまでしちゃうつもりじゃなかったのに!
いきなり飛び越えてしまったハードルは思っていたよりも低かったみたい。
さっきの感触を思い出して、また一段と彼が好きになってしまったらしいわたしの戦いはまだまだ始まったばかりだ。
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