ふと思った。
骸の寝ている顔を見たことがないなって。
そういえば食べているところも殆ど人に見せないし、表面に表れてる顔もどうも外向けの仮面のように胡散臭いと思う。
「どうしたんです?浮かない顔をして」
あ、ほら!
今の笑顔とか絶対張りつけた感じだった。
優しい人みたいなふりして本当はとっても極悪人…とまでは言わないけど、でもマフィアの幹部なんかをやっているしいい人という言葉は当てはまらない。
わたしは骸の、長く揺れる藍色の髪に手を伸ばした。
猫の毛のようにしなやかなそれはわたしの指をするりと滑って落ちていった。
「骸って人形っぽい」
全部が作り物くさいのだ。
綺麗なオッドアイも、今触った長い髪も。
もっと言うなら、白い、白すぎる肌も細く長いその指も。
全てに生身の人間らしさがない。
「クフ、なるほど。比奈にはそう見えていたのですね」
骸はクハハ、と目を細めて笑うとわたしの座ってる隣に腰を下ろす。
なんだか思いがけない距離に、身体の左側面だけが雲のうえにいるみたいだ。
「…人形、ですか」
「だって楽しくて笑うときは、骸は目尻にしわが入るもん」
「おや、よく見ていてくれているようで嬉しいですよ。しかししわとは頂けませんね。すぐに幻術で消さなくては」
「わたしそのしわが好き」
あ、わたしの骸は確かにここに存在してるんだって思える、数少ない出来事のひとつ。
幻のような彼を想い続けることは、どんなに手を伸ばしても掴むことが出来ないものと同じだ。
手に入らないから欲しくなる、実態がないからこそ想いは募る。
「そろそろ日が暮れますね…送りましょうか」
「送る、の?」
「なにか?」
「ううん、でも…」
今日は帰りたくない、なんて言ったら困らせちゃうかなって。
あ、そういえば前にこんな場面をどこかで見た気がする。
どこだったかな…あれ、思い出せない。
「帰りたくない、とは言ってくれないのですか?」
「え…だって、」
「輪廻は巡るものなのです」
「…?」
「クフフ、やっと見つけたあなたをもうどこへも逃がすつもりはない」
どういう意味、と聞こうとしたけれど、骸の目に吸い込まれてしまいそうでうまく言葉が出てこなかった。
初めて彼を見た瞬間から何かを感じていて、心がふっと軽くなったあの感覚は今も忘れられない。
その理由を、骸は知っているのかもしれないと思う。
「生まれ変わっても何度でも、あなたを見つけだしてみせますよ」
彼のオッドアイに数字が浮かんだのを、遠くから眺めている自分が見えた。
すべては
幻のツクリモノ(さぁ、手を…次こそ共に)
(先にこの手を離したのはわたしの方だったのね)
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