「えーっと、地区予選は優勝でしょ。来月が都大会で、それに勝ったら関東大会?その次が全国?」 「そう」 「なんか果てしないね」 「その分試合と勝利を重ねないといけないからね、まぁ楽ではないよ」 そして先月から始まった彼女との逢瀬は、毎週テニス部がオフの放課後に第3資料室で、というのが定着した。普段のハードなトレーニングの間に入り込んだ彼女との時間は良い息抜きと癒しになったが、彼女の気分や都合で会わない日には少し沈んだ気持ちになったりと気分の波が激しくなった。すっかり振り回されている感じが否めない。 「大変だね。次のランキング戦はいつなの?」 「来月だよ。都大会後になる」 「じゃーそこでレギュラー復帰だ」 今日は彼女の気分が良いらしい。先程から俺のことを色々聞いてくる。俺に興味を持ってくれるのは嬉しいが、自分のことを話すのはデータを取られているようであまり得意ではない。 「そうだね、レギュラーに戻れる確率は高い」 「何%くらい?」 「87%ってとこかな」 「へ〜すごーい」 彼女と話していて周囲から得るデータ以外に分かったことがある。落ち着いて見えるために話し方も大人っぽいのかと思いがちだが実際は間延びした話し方をするとか、興味の薄い話の際は手元を弄る癖があるとか。彼女のことを記したノートは先週3冊目を終え、4冊目に突入した。 「乾くんってめっちゃ努力家だね」 「…そうかな」 「うん、なんか変な人ってイメージ強かったんだけどさ」 「……変な人…」 変わっている、と言われるのは悪い気はしないのだが「変な人」と言われるのは少し引っかかる。意味の違いは微々たるものなんだが。 「…そういう名字さんも、以前抱いていたイメージとは違ったな」 「ふふ、そう?」 「…あぁ」 目を細めて柔らかく笑う。俺は彼女の笑顔が好きらしい。 「どんなイメージ?」 「…大人っぽくて、少し清廉さも感じられるような…」 「せいれん?」 「心が清らかで、私欲がないことだよ」 「えー、そんな綺麗な子じゃないよ」 「うん、実際違ったしね」 「乾くん結構言うよね」 「キミもね」 彼女とこういう軽口を叩けるようになったのは、仲が少しずつ深まっている証拠だろう。 椅子に座ったまま少し身を乗り出して彼女の後頭部に手を回した。そのまま彼女に口づける。 「…清廉な子は付き合ってない男とこういうことはしないだろうしね」 「ふふふっ」 俺の言った言葉がおかしかったのか、キスされたことが嬉しかったのか。楽しそうに笑った名字さんから今度はキスされる。未だにドキドキしてキスの感覚には慣れていないのだが、もうこの感覚がクセになってしまっている。 「…名字さん」 「あ、それ」 「?なんだい」 「名字さんじゃなくて、名前が良いな」 「…名前?」 「うん」 顔を近付けたままそう言われた。名字さんを名前で呼んでいる男子は確か学校には居なかったはず。もう一度キスをされて名字さんは離れた。 「でも2人でいる時だけね、バレたくないし」 「………」 「そう不満そうな顔しないでよ」 「…分かったよ」 2人でいる時だけ、と釘を刺され嬉しく思った気持ちが少し落ちた。しかし名前で呼んでいいというのは彼女の中に少し踏み込めたようで気分が良い。 「じゃあ俺のことも…」 「私はいいや」 「えぇ……」 即答され少し信じられない気持ちになる。自分は名前で呼ばせて俺のことは呼ばないとは…まだ彼女の言動を正しく予測する域には達していない。 「まぁ気が向いたらね」 「…期待せずに待つことにするよ」 ニコニコと笑う名前を横目に肩を落とした。彼女のすべてを理解するにはまだまだ時間がかかりそうだ。 2018.03 |