SLAM DUNK | ナノ
携帯を目の前にして、どれくらいの時間が経っただろうか。画面にはとある人物の名前が表示されている。通話ボタンを押せば、その人の携帯へと繋がる状態だ。

「はぁ〜…」

自分はここまで意気地なしだっただろうか。普段は何とも思わない電話をかける行為に、とても緊張している。それもそうだ、この電話は意中の女子へと繋げようとしているのだから。

「いやぁ………」

さっきから自室に1人、携帯と睨めっこをして唸っている状況が続いている。親に見られたら不思議そうな顔を向けられるに違いない。
明日は卒業式。彼女へ電話をして「卒業式が終わったら、2人で会ってくれないか」と約束を取り付けるつもりでいる。卒業式後に2人で会う、なんてもう話す内容は1つしかない。

「………よし!」

意を決して通話ボタンを押そうとした時、携帯が震えだした。

「うわっ」

受電を知らせるバイブレーション。画面に表示されていた、かけてきた相手の名前もロクに見ずに反射的に通話ボタンを押してしまった。慌てて携帯を耳に当てる。

「も、もしもし」
「あ、牧さん?お疲れ様です」

聞こえてきたのは聞き慣れた後輩の声。ホッと胸を撫で下ろしたと同時に、緊張の糸が切れた。

「なんだ、神か…はぁー」
「あれ?なんか疲れてます?」
「いや、なんでもない。どうしたんだ?」
「あのですね、今日信長と話してたんですけど…」

後輩からの申し出は、「皆で集まれるのも暫くないだろうから、卒業式の後バスケ部メンバーでどこか遊びに行こう」というものだった。その申し出自体は問題ない。問題ないのだが…

「あー…いいぞ。いいんだけどな…ちょっと卒業式の後予定が…」
「誰かと約束してるんですか?」
「いや、約束はまだなんだが…」
「?」

珍しく歯切れの悪い俺に、電話の向こうで疑問符を浮かべる神が目に浮かんだ。

「…あ、何か分かった気がします」
「ん?」

電話の声が、いつも清田をからかう時の声のトーンに変わった気がした。思わずギクッとする。コイツは勘が良いのか悪いのか…

「明日最後ですもんね、牧さんも色々ありますよね」
「おい、何だその含みのある言い方」
「何でもないですよ、明日頑張ってくださいね」
「………」
「じゃあ牧さんは後から合流するって信長に伝えておきますから」
「…あぁ、悪いな」
「いえ、それじゃあまた明日」
「あぁ、じゃあな」

後輩に勘付かれたことに重い溜息が漏れそうになるのを堪える。電話を切ろうとしたその時「あ、そうそう」と神がまた喋り出したのが聞こえて携帯を耳に戻す。

「ん?なんだ?」
「卒業、おめでとうございます」
「…おう、ありがとう」

電話を切る。卒業か…後輩に言われると一気に実感が湧いてくる。バスケ部を引退した時にも似たような気持ちになったが、明日で本当に最後だ。高校3年間、あっという間に過ぎていった。

「…さて」

思い出に浸るのもそこそこに、再び携帯へ向き直る。今なら、すんなり彼女へ電話をかけれる気がした。
彼女の名前と電話番号を表示させて、通話ボタンを押した。



2017.3/1 卒業式前夜/SDワンライ提出作品