Spear and shield |
※13コペイカを運営されていたラーメンライス様の許可を得て、展示いたします。 主君・伊達政宗の自室まで廊下一つのところに立ち、それまで目を閉じていた片倉小十郎は、その鋭い目をすっと開いた。 少し遠くに足音を聞きつける。主君・独眼竜は今政務に勤しんでいるというのにその足音には遠慮がなく、やがて現われた姿にやはり、と内心でため息をついた。 その現われた者も片倉小十郎の姿を見ると、不機嫌そうに眉を寄せた。だが、立ち止まろうとはしなかった。 「──おっと」 分かっていたように小十郎は手で軽く制して止めた。 「ここを通すわけには行かねぇな…」 低いドスで睨みつける。誰もが背筋を凍らせる凄みであるのだが、その相手──毛利元就は全く怯む事もなく、むしろ見下したような目を向けた。とはいえ、元就はただ一人の男を除いては、誰に対してもそんな目をしていた。 「無礼な…客人である我の行く手を阻むか」 元就のその傲慢な様子と言葉に、小十郎の額に青筋が一本増えた。 「客人?客人なら政宗様の邪魔なんざしねぇで、茶でも飲みながら大人しくしてるもんだぜ」 しかし元就には客人のあり方など、そんなものはどうでも良かった。それよりも自分の目的を果たす事こそが何より優先されなければならない。 「フン。あの男が何をしていようと、我にはどうでも良い。貴様こそ家臣ならば大人しくしておれ」 あの男がただ一人背中を預けている者らしいが、元就にはそんな事などどうでもよく、ただの駒程度にしか見えていない。こんなところで駒に構っている暇は無かった。 しかしその言葉の次の瞬間、ビリッという稲妻に似た感覚と共に、辺りの空気が張り詰めた。 「…緒が切れる音がしたぜ…。てめぇだけは、ここを通すわけにはいかねぇ…!」 竜の右目・片倉小十郎の眼光が、それまで抑えていた怒りや憤りや呆れにギラリと輝いた。 小十郎がこれほどまでに怒りを抱いた事の発端は先日の事だった。 奥州・独眼竜の居城に毛利元就が来てからというもの、伊達の家臣達も毛利の家臣達もビクビクと廊下を進まねばならなかった。今は取り込み中だの、政務が忙しいだのと言われても、元就は政宗の元を訪れようとし、そして行く手を阻む煩わしい家臣達を黙らせる為、元就は城中いたる所に罠を仕掛けた。 元就が仕掛ける罠は無差別で、城のどこかで悲鳴が上がっては、兵や家臣達は罠にかからぬようにしながら、恐る恐る仲間を探しに行くのであった。 そんな部下達や毛利の姿を見、主君から一言毛利に言ってもらおうと部屋を訪れた小十郎は、目の前に広がった光景に内心酷く取り乱した。 政務をしているはずの政宗の部屋には毛利元就の姿があり、そして何故か毛利と政宗の顔は近く見つめ合い、毛利に至っては政宗の顎に手を添えている。 小十郎が訪れた事により元就は忌々しげな視線を向け、一方の政宗は助かったというように振り向いた。 「──小十郎。このお客サンにもう一度手前ェの部屋を教えてやれ…よく迷うようだからなァ」 最後の辺りは不敵な笑みを浮かべ、元就へ視線を戻して言った。元就は不機嫌そうにフイと顔をそらし、立ち上がった。 「……フン、案内なぞ要らぬ」 怪訝そうにじろじろと見つめる小十郎の横を抜け、元就はそう言うと部屋から出て行った。 主へ視線を戻すと、こちらの様子をうかがっていたのか、すぐに視線をそらし、机に向き直ってしまった。 「……政宗様」 「何でも無ェ──ちィとじゃれていただけだ」 気の無いように言った政宗であるが、小十郎は既に察しがついた。そして今までの毛利の行動から、どうも毛利が主君に妙な気を起こしているような気がしていた小十郎は、この瞬間ついに、それがあながち間違いでは無いと確信したのだった。 そうと分かればなんとしても、毛利元就を主君に近づけてはならない。 そしてこの張り詰める空気の中で睨み合い、踏み出す瞬間を今か今かと待ち焦がれていた。 その一方、当の政宗はそんな事などつゆ知らず、大きく一つ伸びをした。 そろそろ元就が邪魔をしに来る頃かと思ったが、どうも来る気配が無い。小十郎も部屋を訪れず、追加の政務を持ってこないので、政宗は珍しい事もあるモンだと少し休む事にした。今ある政務はすっかり片付き、久しぶりに辺りは静かで邪魔者もいない。 これは絶好のChanceだ、と政宗はニヤリと笑みを浮かべ、立ち上がった。 しかし次の瞬間、遠くからドォン!という衝撃音が聞こえ、政宗は一体何事かと部屋を飛び出した。 駆けていくにつれて刃のぶつかる金属音が響いてくる。まさか家臣同士の私闘かと政宗の目が鋭くなった。 「──……What?」 しかしいざ目の前に広がった光景は、なんとも驚くべきものであった。 小十郎と元就がつばぜり合いをし、ぎりぎりとにらみ合っている。その闘志は凄まじく、空気は震え、二人の覇気で既に建物がミシミシと軋み、崩れ始めていた。 一体どういう事でこうなったのか、全く分からないが、政宗は面白そうに目を輝かせた。二人のこんなケンカなど、二度と無いかも知れない。 いやしかし、最近は一人でゆっくり過ごす事がなかった。毛利が帰ってからも羽根を伸ばすにはこのChanceを逃してはならない。 政宗はそっと気配を消し、依然刃をぶつけ合う二人を横目にその場を立ち去ろうと歩き出した。 「死ねやァ!!」 「烈ッ!!」 乱れ十六夜と抜き手・烈の凄まじいぶつかり合いに壁や障子やらが吹き飛ぶ。その破片がこちらに飛んでくるのを、政宗は咄嗟に素早く切り払った。 『──ッ!!』 互いのものではないその刃の光に気付いたのか、小十郎と元就は攻撃の手をピタリと止め、振り向いた。 「──Shit!」 目が合った瞬間、何故か駆け出した政宗に、小十郎はハッとして駆け出した。政宗が城を抜け出そうとしていると、小十郎は瞬間的に悟ったのだった。 「政宗様!?どこへ行かれるおつもりです!!」 「貴様!我を差し置くは許さぬッ!!」 一瞬後に元就も気付き、憤然と叫び駆け出した。 「damn!──ケンカしてたんじゃねェのか…?」 二人そろって自分を追いかけてくる。政宗は忌々しげに舌打ちした。 しかし家臣達は今日も罠にかかっているのか城に人が少なく、このまま逃げ切れるだろうと政宗はわずかに笑みを浮かべた。 それを察した元就は、政宗に聞こえぬよう片倉小十郎に耳打ちした。 「──我が西側へ回り込んで仕掛ける。貴様はこのままあやつを追って誘導せよ」 小十郎は一瞬ちらと元就へ視線を向け、そのまま政宗を追いかけていった。元就は城の西側へと駆け出し、政宗を捕らえる為の罠を仕掛けに向かった。 「Ha!毛利の野郎はGive upか?」 「さあ、やつの事は存じませぬな!それより政宗様!城を抜け出そうとは、あなたにはまだ一国の主である自覚というものが足りませぬ!」 「…引きこもって主を名乗れってか──冗談じゃねェ!!」 ほとんど呟き、政宗は小十郎の手を逃れようと駆け続けた。捕らえようと手を伸ばす小十郎をかわし、やがて西側の門付近へ辿り着いた。 何故か門には毛利の姿があった。しかし政宗はニヤと口を歪めた。毛利が守っていようが、あの門を突破すればこちらのものである。 しかしその次の瞬間、政宗の体に衝撃が走った。 「ッ何!?」 身動きがピクリとも取れず、足元を見るといつの間に仕掛けられたのか、毛利の先の手・発に体を捕らえられていた。 ハッとしてあたりを見回すと、そこら中に毛利の罠が仕掛けられ、やがて背後に小十郎が追いつき、そして正面には元就が微笑すら浮かべ、立ちはだかった。 「Jesus…!」 二人の策に落ちたのだと、ようやく合点がいった政宗は、忌々しげに元就を睨みつけた。 「さあ、政宗様。もう逃げられませんぞ」 「客人である我を置いて抜け出そうなどと…貴様に申さねばならぬ事は山とある」 城の外まであとわずかの所で捕まり、そして小言が増えそうな予感がし、政宗は忌々しげに盛大な舌打ちをした。 二人の策士に捕まり、部屋へ連れ戻された政宗は、不機嫌極まりないというように、二人の小言を聞き流していた。 「貴様、我はあれほど退屈しておると申したはずであるぞ!」 依然憤慨している毛利が叫んだ。政宗が一人で出かけようとしていた事がどうしても気に食わないのだった。 元就の叫びなど全く気にも留めず、小十郎も政宗をいさめた。 「政宗様、毛利の邪魔が入ってばかりで政務が進まぬは承知しておりますが、城を抜け出して良い理由にはなりませぬ!」 「待て貴様。我はこやつの邪魔などしておらぬ」 ムッとした元就に小十郎は眉を寄せた。 「何を言ってやがる…てめぇは政宗様のご都合も考えねぇで部屋に入り浸りやがって!」 「フン。智将とうたわれておきながら分からぬか。我は命令を聞けぬ竜をしつけに参っておるのだ」 「──表へ出ろ毛利…てめぇには一度地獄を見せてやるぜ…!」 「我は日輪の申し子なり。地獄を見るは貴様の方ぞ」 再び不穏な気配を漂わせ、その目からバチバチと閃光が走るほどの睨み合いが始まった。 政宗は面倒くさそうにしながらも、そろそろと腰を上げた。再び城を抜け出そうと様子をうかがうが、もはや廊下中に隙間も無いほど罠が張り巡らされている事には、気づいていなかった。 ← |