Cat?


 ※13コペイカを運営されていたラーメンライス様の許可を得て、展示いたします。


 政宗はピクリとも動く事が出来なかった。
 膝の上で寝息を立てる大きな猫は、決して起こしてはならない。以前、本物の猫が庭に現われたので気にせず立ち上がり、庭へ行ったが、膝の上にいた猫は大きくへそを曲げてしまい、なかなか戻らず、家臣達はビクビクと猫の様子をうかがう事になった。
 政宗はへそを曲げた猫など全く気にしていなかったが、その家臣達があまりにも「どうか穏便に」とうるさく、終いには手を焼いた小十郎にも「政宗様。ここはどうか…」と言われ、全く不本意ながらその大きな猫の機嫌を取る事になったのだった。
 しかしその甲斐あって猫は大いに機嫌を直し、以来政宗は膝の上で大きな猫がくつろいでいる時は、動かぬようにしていた。
 それを察した大きな猫──元就は薄く笑みを浮かべた。
「…ふん。貴様もようやく我に伏すか」
 実はへそを曲げるのも全て策のうちであった元就は、まんまと政宗が思惑通り大人しくしている姿に手ごたえを感じた。
(…こやつを上手くしつけるも、我には容易き事よ…)
「Ha!勘違いすんなよ?猫の機嫌なんざいちいち取ってられるか」
 溜まった書状を読みながら、政宗は全ての面倒くささを合わせたように答えた。機嫌を取ったと言っても、政宗は特に機嫌を取った覚えはない。元就に会いに部屋を訪れたら一瞬で元就の機嫌は良くなったのだった。
「わ、我を猫などと!…貴様…我に散々無礼を詫びながら、なお無礼を重ねるか」
 ムッと元就が睨むが、書状のせいで政宗の表情は見えない。返事もしない政宗に元就は書状を奪い取った。
「………」
 少し驚いた表情の一瞬後、政宗は呆れたようにゆっくりと瞬きをした。
「やれやれ。お行儀の悪いお客──いや、猫か」
 その言葉にさらに元就は不機嫌そうに眉を寄せたが、政宗の大きな手が降って来たかと思うと元就の前髪を撫で始め、元就は頬を染めて黙り込んだ。
 手を払われるかと思ったが、大人しくなった元就に政宗はニヤと笑みを浮かべ、そのまま髪を撫で続けながら、政宗は再び書状へ目を通した。
 無骨な手が優しく髪を梳く。思いのほか心地良い感触に元就の機嫌は良くなった。以前は機嫌を損ねているというのに、この竜は謝るどころか繕おうともせず、最悪の場合気付きもしなかったのだ。
 以前に比べればはるかに改善されたと、元就は満足すら感じ、しばらくそのまま時が流れていった。
「………おい。貴様」
 撫でていた手が止まり、元就は怪訝そうに政宗の様子をうかがった。
 書状に何か良くない事が書かれていたのだろうか。
「おい──」
 しかし書状を取り、素早く目を通してみるが危険なことは全く書かれていない。視線を政宗に向けると政宗はうとうととまどろみ、今にも倒れそうになっていた。
「…Oh…」
 ふと気がついた政宗はあくびをかみ殺し、再び書状を手にしようとしたが元就は書状を返さず、起き上がった。
 そして少しの間どうしようというようにためらっていたが、政宗の隣へ座りなおした。
「特別に我の膝を許してやろう。横になるがよい」
「──フゥン…。どういう気まぐれだ?」
 今までそんなそぶりは見せたことがない。背中に圧し掛かったり膝を貸せとせがんだり、政宗の邪魔ばかりしていた元就である。
 とは言え、元就はいつ政宗がそうしてきても構わなかったのだが、政宗は自分から甘える仕草も無く、全くその機会が無かったのだった。
「黙れ。早く横になるがよい」
 妙な気恥ずかしさに苛立った元就は、急かすようにパンと己の膝を叩いた。
 可笑しそうに笑みを浮かべ、政宗は珍しい事もあるもんだと元就の膝を枕にした。
 しかし横になってすぐに寝るかと思っていたが、政宗は目を閉じようとせず、辺りに視線をめぐらせ、目を細めた。
「…へェ…」
 元就が何を眺めていたのか、何故好んで膝を貸せと言うのか、政宗はようやく悟った。
「悪くねェな」
「………」
 ニカリと笑う政宗に元就はしまったというように頬を染めた。
「…何の事か我には分からぬ」
「ククッ…そうかい。ナンなら俺が教えてやろうか?」
「ふ、フン!どうせ下らぬ事であろう。聞くに足りぬわ」
「こっから見える景色は──」
「黙れ」
 元就は慌てて政宗の口を手で塞いだ。しかし政宗の目が依然として笑っているのが気に食わず、瞼も手で塞いでしまった。
 見える景色など言わずとも分かる。空と屋根に憎たらしい者の顔だ。
「…す、少し休めと我は命じたはずであるぞ!」
 そんな命令はしていない、と政宗が可笑しそうに笑みを浮かべたのが感触で分かる。しかし政宗は手を退ける事も無く、やがて元就がぎこちなく手を上げてみるとすっかり寝入ってしまっていた。
「………」
 そっと政宗の髪を梳き、親指で眉を撫でる。相当に眠かったのか、起きる気配も無い。
 この景色も悪くない、と元就の口元に笑みが浮かんだ。
 しかしふと視界に入った書状の束に眉を寄せ、まとめて手に取ると後ろへ放り投げてしまった。考えてみれば、政宗が書状を溜め込まなければ、こんな事にはならないのだ。
 そして政宗が溜まった書状を読み、そのうちにほとんど、いつもと言ってよいほど居眠りを始めるのは、単に退屈なだけではないと気付いていた。
「…ふん。竜を名乗うておきながら、よく疲れる目ぞ…」
 元就は起こさぬようそっと身を屈め、政宗の頭を抱きかかえた。
「よく目を休ませるが良い。我の姿…まだ焼き付け足りぬ」
 膝枕を許してやったのだ。目覚めたら何を命じてくれようか、と元就はさっそく策を練り始めた。
 命じる事はまだまだたくさんある。しかしこの竜はもう少ししつけなければ命令を聞かぬ。
 全く忙しい、と元就は小さな蒼い竜が目覚めるのを待った。





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