Fisherman |
※13コペイカを運営されていたラーメンライス様の許可を得て、展示いたします。 今朝から妙なものが城のあちこちに落ちていた。廊下には上等な茶碗が置かれていたり、庭に茶箱が置かれていたりと、通りかかった家臣達は一様に眉をひそめ、拾おうと手を伸ばした。 しかし次の瞬間には悲鳴が上がり、そして段々と城の中は静かになっていった。 元就は屋根の上でその聞こえてくる悲鳴を聞きながら、苛立たしげに息を吐いた。 「──愚民どもめ…!」 聞こえてくる悲鳴の中に目的の声は無い。残りの罠も数少なく、このままでは目的を果たす前に全ての罠が作動してしまうかもしれない。 一方の政宗は、いつまで経っても誰も起こしに来ないので、久々に気の済むまで布団に寝ている事が出来た。そしてようやく起き上がり着替えを済ませると、城の中がいつもより静かな事に気づいた。 控えの者を呼んでも返事も足音も無い。一体何があったのだろうかと自室を出るが、誰ともすれ違うことなく、小十郎の姿も無かった。 政宗は珍しい事もあるもんだと思いながら、そういえば元就はどうしているかと頭をよぎった。元就がこの城に遊びに来てから数日が経ち、囲碁の相手だの茶の相手だのと政宗を連れまわし、まるでどちらが客か分からぬようであった。しかし政宗が用事があると言って断ると、元就の機嫌は酷く悪く、政宗の用事が終わるまで、何も手をつけられずにじりじりと待っているので、やはり元就の方があらゆる意味で客なのだと、伊達の家臣達は胸を撫で下ろすのだった。 元就の部屋へ向かっていた政宗は、ふと足を止めた。以前使いの者をよこさず直接訪れ、その時元就が酷く怒った事を思い出したのだった。 政宗には理由が分からなかったが、元就は部屋が少しでも散らかっていたり、納得できる着物を着ていなかったり、髪がきちんと整っているか確認もしていないというのに、それを見られるかもしれぬ、と政宗に必ず使いの者をよこさせるようにしていた。 また機嫌を損ねられると面倒だ、と政宗は踵を返し、少し庭でも歩こうと廊下を進んでいった。 (…あやつ…何故我の部屋を訪れぬ…!) 踵を返した政宗に内心苛立ったが、今出て行けば策は水の泡だと慎重に身を潜めた。 「…Ah?」 廊下を歩いているとニ、三歩ほど前に上等な碗が置かれていた。それは奥州では見られないような、独特の色合いであった。 (茶を好む貴様ならば手に取らずにおるまい…) この城に来て数日。政宗の好みを段々把握してきた元就は、ほくそ笑みながら、政宗が拾うのを今か今かと待っていた。政宗は碗に近づき、珍しそうにじっと見つめた。 「…いつから出前始めたんだ…?」 怪訝そうに呟き、政宗は手に取らずすたすたと廊下を歩いていった。 (…所詮竜など獣か…!) 苛立たしげに内心で罵り、政宗の後を追って慎重に屋根を伝う。庭に向かっていると気づいたが、庭に敷いた罠はほとんど伊達の家臣がかかってしまっている。もはやこの先の廊下の最後の罠に賭けねばならなかった。 「……Ah?」 政宗はまたしても、廊下に何か落ちているのに気づいた。見ると、真新しい上等の煙管であった。見事な装飾と色合い、特徴ある型は有名な職人によるものだと分かる。 (煙なんぞを好む貴様ならば手に取らずにおるまい…) この城に来て数日。政宗の行動を注意深く観察してきた元就は、勝利の微笑を浮かべた。 「…汚ェな…」 落ちている誰のものとも分からない煙管に、政宗は眉をひそめ呟くと、全く興味無さそうにすたすたと歩いて行った。 ついに政宗は廊下の全ての罠にかからず、元就は少しの間あっけに取られていたが、やがて怒りに顔を歪め、苛立たしげに息を吐いた。 (──おのれ…!小賢しい竜め!) 元就はこのままではならぬと庭へ降りた。政宗が来る前に、簡易な罠ならばもう一度仕掛けなおせるかもしれない。 しかし考え付く限りのエサはもう持っていなかった。必ず手に取るだろうと思っていた煙管ですらあのザマだ。 (──なれば、罠に掛かっておるあやつの家臣共をエサとするか…。しかし口を割られては…) 「おい」 あれこれ考えているうちに、突然声をかけられ、元就は急いで振り向くと政宗が少し驚いているような表情を浮かべ、腕を組んで立っていた。 「──何だ」 しまった、という内心の驚愕を表には出さず、元就は不機嫌そうに睨み付けた。 何故元就が不機嫌なのかは分からなかったが、政宗は気にも留めず、わずかな笑みを浮かべた。 「あんたが庭にいるなんざ珍しいじゃねえか。何して──おわッ!?」 元就の三歩手前まで来たその時、突然体に衝撃が走った。前によろめきながらも何とか踏ん張り、足元を見ると元就の技である先の手「発」に囲まれ、そこから一歩も身動きならなかった。 考えに耽っていた為、罠を仕掛けていたのをいささか忘れていたが、元就は満足そうにニヤと笑った。今までめぐらせてきた罠のエサには触れもしない政宗が、自分の姿を見るやあっさりと引っかかったので、大満足だった。 「テメェ…何の真似だ!」 睨みつける政宗に目を細め、元就はつかつかと歩み寄ると、手を伸ばし政宗の胸倉を掴み引き寄せた。 「んんっ…!?」 水音を立てて強引に口付け、逃がさぬとばかりに何度も胸倉を引き寄せる。政宗は体勢を崩さぬ事に気を取られてしまい、満足に抵抗も出来なかった。 舌を絡めて味わい、元就はようやく唇を離すと不敵な笑みを浮かべた。 「フン。惜しい事をした」 赤くなった政宗の唇を見つめ、それに魅入って視線を外せなかった。 「ここが我の城なら、このまま永劫捕らえたものを」 元就は本気でそうしただろう。政宗はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。 「──Ha!残念だったなァ…今のがLast chanceだ」 同じ手は二度とくうかと、政宗は「発」が消えたと同時に踵を返したが、ふと思い出して元就に振り返り、その手を掴んだ。 「まだあんたの罠にかかってるウチの連中がいるだろ。今日はあんたが城を案内しな」 城は依然として静かである。元就は城のいたる所に罠を仕掛けていたのだと気づいた政宗は、早く家臣達を助けようと元就の手を引き歩き出した。 しかし元就は不機嫌そうに手を払い、すぐに政宗の一歩前に進むと、今度は元就が政宗の手を掴み、歩き出した。 「フン。我に離れず付いてまいれ。貴様の駒どもの情けない姿を見せてやろう」 言葉よりも思いのほか強い力で握りしめ、前を行く元就の姿に、政宗は密かにニヤリと笑みを浮かべた。 ← |