おさななじみ



「お前ら、何してる」

薄汚れた裏路地に低い声が響いた。
その声は男たちを震え上がらせ、その独つ眼は冷ややかにその滑稽な様を見詰めている。
カツ、とやけに靴音が高く届いて、男達はまたひとつ身体を震わせた。

「そいつを放しな」

静かな声なのに、男達は計り知れないほどの恐怖を身体に浴びた。
靴音は止まない。

「聞こえねェのか?薄汚れたその手を放せって言ってんだよ!」

ひっ!と誰かが声を挙げる。
その引き攣れた音を合図に男達は足を縺(もつ)れさせながらその場を走り去った。
独眼竜と渾名される男の、その手に持つ木刀(爪)に切り裂かれる前にと。

「大丈夫か?お市」
「まさ……まさむ、ね」
「怖かったか?もう平気だ。浅井も心配してるからよ、早く帰ろうぜ?stand up」

優しく伸ばされた手に、市は掌を重ねた。
いつも守ってくれる優しい手に安心と信頼を乗せて。
かたかたと震えている市の頭を優しくぽむぽむと撫でて、政宗は笑った。


「ごめんなさい」
「Ah?」

市を家に送る途中、呟くように市が言った。
何がだと政宗が問えば、俯いて震える声で言う。

「…全部、全部……市のせい」
「お前のせいじゃねえよ。」

馬鹿か、とそう言う政宗に市は僅かに顔を挙げた。
前には、夕日を浴びて赤く染まっている政宗。
木刀を肩に担ぐ様にして歩く政宗にあわてて遅れないように止まっていた足を動かす。

「…昔、約束したじゃねえか。だから安心して守られてろ」

横に並んだ時、幼馴染が小さく言う。
約束、とその言葉に市は覚えがあった。

泣いて立つことが出来ない女の子に、男の子が言った。

『お市ちゃん、なかないで。梵が、梵がいつでもまもってあげるから。梵のかわりにお市ちゃんをまもってくれる人があらわれるまで、ずっとまもるから』


「市!」
「長政様…っ!」

大好きな声がして、大好きな人が駆け寄って来る。
その腕に抱きしめられて市は赤くなるけれど、その男は厳しい声を投げかけた。

怒る浅井に、顔を真っ赤にさせて謝っている市。
その光景を政宗はひどく優しく、嬉しそうに見つめていた。

「伊達!」
「An?なんだよ浅井」

邪魔者は立ち去ろうと背を向けた政宗に浅井の叫びに近い声が届いた。
何か用かと振り返る政宗に、浅井は言いにくそうに、けれど大きな声で言う。

「か、感謝する!」
「ンなもんいいから、とっととこいつを守れるくらい強くなんな」

そう言って、政宗は夕日に照らされながら片手を挙げた。

「オレぁ、用事があっから此処で別れるぜ。Good bye!」

ひらひらと手を振って角を二つ曲がった。
そしてぽつりと、極々小さく呟く。

「よかったな。守ってくれる奴が見つかって」

妹のようにも感じていた幼馴染に是非とも幸せになって欲しいと思った。



夕日に照らされる彼は、とても美しかった
(政宗)(長政様とは違うけど、政宗のことも、市、大好きだよ)





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