執着Auge5


「名前、どうした?最近元気ないんじゃないか?」

社内の廊下の一角にある休憩所で、同期の男は自販機に小銭を投入しながら名前に聞く。お互いに抱えていた仕事が落ち着いたので、こうして二人で休憩に来たのだ。
本当はこの男と話すことを禁じられているのだが、今、アーデルハイドは外に出ているはずだから大丈夫だろうと高を括っている。

「ちょっと体調良くなくて」

元気の無い理由はアーデルハイドにあって体調不良のせいではないが、近頃本当に体調が悪い時がある。
精神が参っているのに肉体の方も呼応するのか、倦怠感があり、時々吐き気が止まらなく、吐き気だけに留まらず吐いてしまうことも多々ある。
しかしそれは精神的なものの他に、低用量ピルの副作用かも知れないと、名前は考えていた。
あの日、ホテルに連れ込まれてから日曜日の夕方に家に送り届けられるまで丸一日半、アーデルハイドの身体の上になり下になり、妊娠するようにと、アーデルハイドの体力が続く限り腟内に精を注がれ続けた。
くたくたになって眠っては、また身体のどこかに落ちるアーデルハイドの唇を感じて目が覚める。ひたすらに快楽を与えてくれるアーデルハイドのこと以外はどうでもよくなるような、濃密な時間を過ごした。
それでも名前はアーデルハイドの思惑通りに子供を妊娠する訳にはいかないと思い、レディースクリニックで緊急避妊薬を処方して貰ってすぐに服薬した。その効果は99.9%。
毎日の決まった時間に飲む低用量ピルと共に、これで望まない妊娠を避けられると、名前の心に少しの余裕を与えている。

「そっか。辛かったら言えよ?ほら、どれでも押せ」

好きなものを奢ってやると言われたので、名前は迷った末にスポーツ飲料のボタンを押した。男はさっと屈んでペットボトルを取り出し、名前に渡す。相変わらず面倒見が良く、目配りのきく男だ。

「心配かけてごめん」
「最近飲み会にも出てこないだろ。お前いないとつまんないんだよな」

あれから、初めてアーデルハイドに抱かれた日から三ヶ月ほど経っている。
あの日に限らず、USBをダシに脅されると名前にはどうすることもできず、週に一回や二回は呼び出され、必ず身体を重ねなければならなくなった。当然行動も制限され、飲み会なんて、出たくとも出れない状況だ。
力関係は完全にアーデルハイドが上。名前はアーデルハイドが言うことに従う他ない。
度重なるセックスや束縛、底知れない深く重い愛情。どんな手を使っているのか分からない監視により、あってないようなプライベート。名前は狂気に飲み込まれつつある。

「今度の同期会は来るか?カラオケだってさ」
「うーん、どうかな」
「…あれ、名前」

ふと、何かに気付いた様子の男が名前の首元に顔を近付ける。

「首のとこ赤くなってる」

肩に掛かった髪を払い除け、ブラウスから覗いた首筋の赤い跡を指摘した。その言葉に名前は心臓を凍りつかせ、慌てて襟を合わせて隠す。

「虫刺され、かも。痒かったんだよね」
「そっか、そうだよな!あー、びっくりした。てっきり彼氏でもできたのかと思った」
「できるわけないでしょ」

稚拙な言い訳だったが、誤魔化せたようで安心する。
これ以上誰かに見られないよう、震える指でブラウスのボタンを一番上まで留めた。
アーデルハイドは所有物の証だと言って、必ず名前の体中と首筋の、服で隠れるか隠れないかのところにキスマークを付ける。誰かに見られればいい、とも言っていた。
一昨日付けられたそれは、まだ色濃く残っている。

「誰かに先越されたかと思った。…つか、お前今日の夜空いてるか?」
「え?」
「メシ奢ってやる!色々話したいこともあるしな」

男は、明るく豪快に笑う。
それは、怜悧とした表情を崩さないアーデルハイドとは全く違う笑い方で、ややくたびれたスーツも、垢抜けていないネクタイも、どこかほっとするものがある。
面倒見が良く兄貴肌のこの男に洗いざらい話してしまったら、アーデルハイドの手から助け出してくれるだろうか。力になってくれるだろうか。などという生ぬるいことを一瞬考えるが、頼ってしまったらこの男も酷い目に遭うかもしれないと、すぐに考えを打ち消す。
一緒に夜ご飯だなんて、この男を特に敵視しているアーデルハイドは絶対に許さないだろう。
束縛に息が詰まりそうな名前は「行けるものなら行きたい」と思うが、アーデルハイドの目を忍んだりする気概がないので、面倒事は起こさない。
無理だと返事をしようと顔を上げた時、男のすぐ後ろに煌めく金髪が見えた。
仕事で外に出ているのではなかったのかと、名前は背筋を冷やす。

「お疲れ様です」
「うおっ、お疲れ様です!」

背後から突然現れたアーデルハイドに男は驚くが、気風良く笑顔で挨拶を返した。その隣で、名前は反射的に男の影に身を隠す。
その行為は、凍てついた光を放つ真紅の瞳で名前をじっと見つめるアーデルハイドの気を逆撫でするものでしかないが、無意識のうちに根深く怯えがあり、体は勝手に反応してしまう。
いくら避妊薬が心に余裕を与えていると言えども、アーデルハイドは畏怖の対象であった。

「随分と楽しそうでしたが、何の話をされていたのですか?」

アーデルハイドが問い掛ける。その顔は口角こそ上がっているものの、目は1ミリたりとも笑っていない。
正直に答えて欲しくなくて、慌てて男のスーツの裾を引っ張る。気付いた男は小さく振り返って名前を見ると、微笑んで軽く頷いた。伝わったのだろうか。

「仕事の話ですよ。あー、俺らもう戻るとこなんで失礼します。ほら、先行け、名前」

察し良く、名前の望み通りに上手く切り上げ、男はアーデルハイドとの壁になって名前の背中を押し、先に戻れと促す。名前が小走りでアーデルハイドと距離を置いたのを確認すると、すぐに追いかけてきた。
どうやらアーデルハイドは動く気がないらしく、こちらを見たまま立っている。その目は、邪魔者への殺意すら揺らめく目だ。

「苦手なのか?あいつのこと」
「……うん、ちょっと」

男は小声で名前に耳打ちする。

「最近雰囲気変わったんじゃないかって噂になってるだろ」
「そうなの?」
「社長に似てきたとか、自信がついてきたとか、冷たくなったとかなんとか…。今までどうとも思ってなかったけど、なんか名前のこと見る目が異常だったから俺にも分かった気がする。俺もめちゃくちゃ睨まれてるし」

前は誰にでも人当たり良かったよな、と後ろを見返しながら男は続けた。
二人で連れ立って部署へと戻る背中に、アーデルハイドの視線が刺さる。アーデルハイドを変えてしまったのは私なんだろうかと思いながら、視線から早く逃れたい一心で足を早めて角を曲がる。
深呼吸をして落ち着きを取り戻すと、再び飲み会の話をしながらオフィスに入った。

「おお、丁度良かった。名字、すまんが人手が足りないらしいから第二会議室に行ってくれるか?」

戻った途端に名前を探していたらしい部長に出会し、急ぎの仕事を言いつけられてしまった。

「俺も行きましょうか?」
「いや、一人で充分らしい。名字、頼めるか?」
「はい」

特に締め切り間近の仕事もないので快諾する。
そのまま踵を返してオフィスを出ようとすると肩を叩かれ、男にこっそりと「晩メシ約束な」と言われて、断り忘れていたことをようやく思い出した。
行けないと言おうと振り返った時には、既に男はガバットファイルを広げて上司と仕事の話をしていた。それを中断させるのも悪い。

ーーアーデルハイドにバレなければいい。

先程も肝を冷やしたばかりだし、果たしてそんな事が可能なのかと思うが、アーデルハイド以外の誰かと食事するのは久しぶりで、楽しみな気持ちが上回って安易な思考になってしまう。
男に先に店に行ってもらって、女の同僚にアリバイ工作を頼めば大丈夫かも知れない。名前は少し浮き足立ちながら廊下を歩く。
残業にならなければいいなと思いながら、指定された会議室を確認し、数回ノックしてからドアを押し開けた。

「お疲れ様で…」

中を見て挨拶をしようとしたが、会議室があまりにもガランとしていて、語尾を途切れさせる。
誰かいないのかと見渡す為にドアを開き切ると、死角になっていた所にアーデルハイドが無表情で立っていた。

「!!」

騙された。仕事じゃなかった。
休憩所でアーデルハイドが何もしてこなかったのはこの為だったのかと気付いても、もう遅い。
目を見開いて言葉を失っている名前に、アーデルハイドの手が伸びた。
腕を取られる前に気を取り直し、身を捩る。上手く躱してドアを閉めようとノブを引くと、隙間にアーデルハイドの長い脚が差し込まれた。両手で力いっぱい引いているのに、片脚で止められてビクともしない。何と言う健脚であろうか。
アーデルハイドは無表情を崩さずに、ドアの間から名前を見つめる。そのまま脚力ひとつでこじ開けられ、ノブを握っていた手を掴まれて引かれる。

「いや!誰か…!」

助けを求める声も虚しく会議室に引き摺り込まれ、テーブルの周りにずらりと並んだ椅子の足元に押し倒された。
アーデルハイドは名前に馬乗りになり、ネクタイを外し、手首を縛り上げる。その一連の動作は実に鮮やかなものであった。

「誰があの男と話していいと言った?」

いやいやと首を振る名前の顔を両手で挟んで正面を向かせ、食らいつくようにキスをする。無理矢理舌をねじ込み、荒々しく口内を蹂躙する。
唇を離すと、大きく息を吸い込みながら名前が言う。

「仕事の話しか、してない」
「嘘をつくのか」
「嘘じゃ…」
「お前今日の夜空いてるか…だったかな」
「!」
「名前は、それに何て答えたのかな?」
「………」
「俺に聞かせて」

見下ろしながらおっとりと微笑むが、顔を背けて逡巡する名前を見て、溜め息とともに表情をなくす。
人差し指と中指を伸ばして二本揃えると、名前の口に突き込んだ。

「んぐっ!」
「教えてくれないのかな」
「ふ、うあ」
「名前?」

答えようにも、アーデルハイドの指が名前の舌を弄ぶのでまともに喋ることが出来ない。押さえつけて表面を撫でていたかと思うと指で舌先を挟んで引っ張る。
同期の男とは話すな、触れるな、近付くな。言われていても、部署が同じでは接するなと言う方が無理がある。
異動して欲しいとアーデルハイドに言われたが、名前はこの部署での仕事が好きで、一生のお願いだからと懇願して何とかアーデルハイドを押しとどめている状態だ。

「俺がいつでも名前のことを見てるって知っていて、どうしてあの男と話すのかな?あの男とだけは話して欲しくないって何回も言ったよね?それどころか、あんな風にベタベタ触れさせて……もしかして、嫉妬させたい?」
「ちが…」
「嫉妬させて、お仕置きされたいのかな」
「違うっ!」

膝の上に跨っているアーデルハイドを振り落とそうと渾身の力でもがくが、腕を縛られているのでたいした力が出ない。アーデルハイドの身体はまるで動かず、ばたばたともがくうちにスカートが捲れ上がって両脚が剥き出しになった。

「名前はいい子だね。こうやって自分からお仕置きをおねだりするんだから」

アーデルハイドの手が名前の脚を這う。払いのけようにも手は動かない。振り落とそうにも脚が動かない。

「ホテルでなら何でもするから、ここでは…」
「だめだ。あの男に近付かないって約束を破ったのは名前だろう」
「それは…ごめんなさい…。今度からはちゃんと守るから、おねが…」

哀願の続きは、アーデルハイドの冷たい唇の中に吸い込まれた。
唇を割って入ってくる舌に絡めとられる。水音を立てて流れ込んでくるアーデルハイドの唾液を、喉を鳴らして飲む。
太腿を割り広げられ、下着も剥かれ、間にある秘裂に指を這わされてくぐもった喘ぎが漏れる。指は繊細な動作で秘裂をくすぐり、その合わせ目にある陰核を転がす。

「んっ、んんん…んむ、ふっ…んんーっ!」

唇を塞がれたまま喘ぐ名前の背筋が反り返り、縛られた両手でぎゅっとアーデルハイドの胸ぐらを掴んでぴくぴくと震える。
最初こそぎこちなかったアーデルハイドも、今やまったく別の存在のように名前を愛撫し、巧みに身体から快感を引き出して名前を溺れさせていく。

「ふふ、気持ちいいんだな」

含み笑いをもらして、アーデルハイドが自分の指に絡む名前の愛液を舐め取った。



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