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「俺を恨むか?」と太刀川は言った。
それを、よく覚えている。
私よりも大きな両手で手を引かれて、引き寄せられて、太刀川の頭が私の肩に寄せられて。もさもさした髪がくすぐったくて笑った。
俺を恨むか、と太刀川は言った。
この人は本当に馬鹿だと思った。
「太刀川、」
顔が見たいと思った。
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「出水くん、もう高校2年生だっけ」
「はい、おかげさまで。でもこれから受験か〜って思うとツライです」
「ボーダーと学生の両立なんて難しいでしょう?偉いなぁ。私で良ければいつでも勉強見るから、言ってね」
「ありがとうございます!岬さん教えるのメチャメチャ上手いから、有り難くお言葉に甘えさせて貰います!」
「お!嬉しい事言ってくれるね!ほんと、いつでも力になるから。
……………出水くんには今後もこうしてお世話になるから、さ」
「あ、デスヨネ」
今、私の手元には書類がある。出水くんが届けてくれた物だ。
次の遠征についての資料で、各部隊の隊長が、必ず目を通しておかなければならない資料らしい。
ちなみに私はボーダーとは一切関係のない一般人だ。
したがってこの書類は私宛ではない。太刀川宛だ。
「今は大学行ってるけど夜には帰ってくるはずだから、そしたら渡して読ませておくね。本当なら会議も太刀川が参加するべきだったんでしょう?ごめんね。でももう今年はあの必修落とせなくて…」
「だいじょーぶです。わかってるんで。岬さんはあの人が留年しないように管理お願いします。もう本部長カンカンなんで」
出水くんは本当に良い子だ。太刀川はどうしようもないところが多いけれど、悪い奴ではないから大抵人には恵まれる。それは、まるで自分の事のように嬉しかった。
じゃあ後はよろしくお願いします、と出水くんは帰って行った。
部屋には私一人が残る。がらんとした室内に寂しさを感じ、ため息がこぼれた。
大学進学と共に一人暮らしを始めた。部屋を決めた時は、一人暮らし用の狭いこのアパートを、一人では寂しく感じるとは思いもしなかった。高校で出会って、仲良くなった太刀川が転がり込んできたからだ。
彼氏彼女ではない。そうだった過去もない。約一年間、距離を置いて接触を断った事もあった。太刀川は女をとっかえひっかえだった時期もあるくらいにはモテる。
縁、なのだろうか。不思議なものだ。不思議には感じるけれど、少しも嫌じゃない。恋人になりたいとも特別思わない。少なくとも私は。
ただ、一緒にいてくれる。それだけで特別に思える人間が、家族の他にも存在するのかと驚く。
家族を全員失った私にとって、太刀川は最も家族に近い場所にいる。
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