来馬の幼馴染
隣の豪邸に住まう同い年の幼馴染は、昔っから困るくらいに隙が多い。
彼がB級とはいえ8位のチームの隊長に選ばれた時も「親のコネだろ」というような陰口を散々耳にしては私を苛立たせた。
「ったく、舐められてんじゃないわよっ!もう20歳になるってのに本当に鈍感!馬鹿!お人好し!!優しすぎるのよ!!!」
「…おい、途中から惚気てんぞ」
A級1位、ボーダートップのチームである太刀川隊の専用オペレーションルームで、太刀川隊所属のスナイパー、宮森香織は激怒していた。お決まりというか、太刀川隊にとっては随分見慣れた光景である。
香織が怒りながらオペレーションルームに姿を現した時点で事態を察知した唯我はさっさと部屋を後にしたし、国近はヘッドホンを装着しゲームに勤しんでいる。コントローラーを握る手の、指の動きが尋常じゃない。
太刀川は香織と同い年で同じ大学に通い、常日頃からそれはもうお世話になっている身なので、ボーダーとしての任務以外では基本的に香織に逆らえない。よって逃げられない。身から出た錆、自業自得である。自分だけ苦しみたくない太刀川に腕をつかまれ、強制的に巻き込まれた哀れな出水に「おい出水、なんとかしろ」と太刀川が迫る。太刀川はバトル以外のほとんどに於いて、本当にどうしようもない。
「ちょっ、ちょっと落ち着きましょう!香織さん!!」
「私は落ち着いてます!」
「あ、いやぁ…あ!来馬先輩が優しくてスゲーいい人だって事はデキる奴らならみんなわかってますし…」
「辰也をバカにする奴らはなんでわからないの?!私が黙ってないってなんでわからないの…?なんなの?射つわよ?」
「(こ、こえぇぇ…!もう無理ですよ太刀川さんっ!!)」
「(知らないのか出水、諦めたらそこで試合終了だって安西先生が言ってただろ)」
「(アンタ本当にバカだなっ…!!!!)」
香織はスナイパーのランクでも5本の指に入る実力者だが、本領はそれでは計れない。
非常に頭が良く、反射を瞬時に計算し、グラスホッパーとの併用で弾丸の軌道を変える。射線が通らない場所でも通す。この戦法は香織が試行錯誤して編み出した、今のところ彼女以外には使えない芸当だ。
A級1位チームのスナイパーは伊達じゃない。
その彼女が本気の目で射つと言っているのだ。出水の背筋に悪寒が走り、身体をぶるりと震わせた。
試合終了だ…!!
出水が全てを諦めかけたその時、シュンッと音がしてオペレーションルームの扉が開いた。
「ごめん、ちょっとお邪魔します」
「!」
絶望的な空気に包まれたオペレーションルームに姿を現したのは、来馬辰也その人。
「、辰也…どうしたの」
「うん、実は唯我くんから香織が怒っているって聞いて…心配で来ちゃったんだ」
「えっ」
この人は本当に、馬鹿みたいに優しい。
幼い頃から、周りからどんなに嫌みを言われても、意地悪をされても怒らない来馬。香織は昔から、優しい優しいこの人が軽視されたり、馬鹿にされたりする事が許せなかった。
来馬とは反対に沸点の低い香織に、僕の代わりに怒ってくれてありがとうと笑った。
そういうところが、昔からたまらなく好きだった。
「俺は、香織が笑ってくれると嬉しいんだけど…」
「〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
困ったように微笑み、香織の頭に温かくて大きな手を乗せる。
いいこいいこ、とあやすように撫でられれば、もう香織には逆らう術などなかった。
言いたい事は山ほどあるのに、その全部を飲み込んだ。
敵わない。
「惚れた弱み」というやつはいつだって、いとも容易く香織を無力にした。
この人の事が昔っから、ずっとずぅっっっと大好きだ。
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