最上さんの弟子2


未来が見える。
それを俺は、いつしか自分の心の安寧の為に利用し始めた。
自身が真に守りたい人を守る事が出来ず、その矛先を大多数の人間に変えた。市民を、力を持たない者を、街を守る事に。
幸い、俺のサイドエフェクトは多数の人間を守る事に適していた。風刃といい、目的といい、この力はいつだって、俺の願いの内で二番目に大事な事と酷く相性が良い。

風刃は、香織が持つべきだった。
俺は香織を守れればそれで良かった。

一番に願う事は何一つ果たされないままで、俺は今も、二つ年下の姉弟子が内側からゆっくりと壊れていく様を、ただ見ている事しか出来ずにいる。







宮森香織は最上さんの一番弟子で、小南と同い年の少女だ。
小南よりもほんの少し早い時期に、最上宗一がどこからか連れて来たのだと聞いた。
トリオン量は目立つほど多くはないが、限りあるトリオン量の使い方に無駄が無く、頭が良かった。低燃費で高性能。旧ボーダーの面々は香織に対して口々にそう評価した。
常にあらゆる状況を想定する事。最上のこの教えに対して迅のサイドエフェクトは最大限に活かされたし、特別な力は無くても香織の中で時間をかけて培われてきた。
二人がこの教えを放棄した瞬間がただ一度だけ存在した。
最上宗一が黒トリガーになった時だ。
迅は何の為のサイドエフェクトだと自身を責めた。見えた未来の分岐のどれにも、そんな未来はなかったからだ。驕っていた己をひたすらに責めた。
そして、その後見える分岐のどれもで香織は弱っていくばかりで、その未来は回避出来ないでいる。五年経った今でも、サイドエフェクトが映すどの未来を探しても、この力は弱っていく香織の姿しか見せようとはしない。
どうせまた外れてしまうんだろうと、笑ってしまいたい。
そんな自分が情けなかった。

細すぎる身体、青白い肌には血管が浮かぶ。表情の変化は弱く、動作の一つ一つが緩慢になった。
弱っていく香織の姿に、心と身体は繋がっている事を思い知らされる。
最上さんが目の前で黒トリガーとなったあの時、香織は最上さんと一緒に、生きる意志をも失った。
生きる意志をなくした香織の身体はやがて食べる事を拒み始め、日を追うごとに痩せていった。自ら命を絶ちかねない香織を見かねて「生きてくれ」と縋った。俺ではお前が生きていく理由にはなれないのかと。
少しでも俺を思うなら、俺を置いていかないでくれと縋った。

香織を愛していた。
母親をネイバーに奪われ、ネイバーを恨み、卑屈になっていた。そんな俺に自分で戦える力を与えてくれたのが最上さんで、俺がどんなに冷たく当たっても傍を離れず、迷った時にも苦しい時にも手を引いてくれたのが香織だった。
眩しかった。
真夏の太陽みたいだった。泣いた姿など一度も見た事がなかった。その、優しく強い香織が孤児だと聞かされた時、一生を懸けて守りたいと思った。俺は、俺が、ずっとずっと香織の味方でいよう。例え、世界中の人間がみんな敵になったとしても。

香織を守りたい。
今も、一番の願いは変わらない。
なのに。

「頼むから、香織を連れていかないでくれ…最上さん」

それなのに俺はまだ、願う事しか出来ない。
あの頃よりもずっと強くなった。立場だって手に入れた。経験も積んだ。あとは何が足りない。早く、はやく。
香織は日ごとに弱っていく。
時間がない。

香織をうしなってしまったら、次に狂うのは俺だ。














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