時枝の友人


ボーダー隊員、それもテレビや雑誌にまで出ている広告塔なんて、面白半分で声をかけてくる人間は山ほどいるけれど、真に声をかけてくる人間なんて実はほとんどいない。幸い通っている学校はボーダーと提携していて同じボーダー隊員も多く、本部でも学校でも行動を共にする事が多い。もしもその、ボーダーの友人たちがいなければ、(上辺だけの「友人」ならばいくらでもいるけれども)時枝にとって真の友人と呼べるような人間はたった一人しかいない。
それが、今目の前にいる宮森香織である。

「なに、してるの」

ここは学校ではない。ボーダー本部である。一般人である筈の香織がなぜここにいるのか。

「あれ?やったー!みつるんじゃん!」
「何。なんでいるの」

彼女が答えるまで追求の手を緩める気はない。押しが強くなるのは遠慮をしなくてもいい相手である証拠でもあり、気を許している相手だからこその対応の雑さが滲む。それがお互いわかっている分、彼女にはあまり効いていないのだけれど。

「何から話せばいいのやら?」
「どこからでも良いよ。全部聞くから」
「時間だいじょーぶ?」
「大丈夫。でも冗談は要らないよ」

わかった、と漸く香織が頷いた。グロスの塗られた唇がゆったりと弧を描き、端から端まできちんと上げられた睫毛に縁取られた瞳が、観察をするように時枝を見つめる。香織の冷たい、冷静な部分が覗いたので警戒をした。要らないと言ったのはこちらだが、冗談抜きの話が本当にやってくる。

「スカウトされたの」

「ーーは?」
「お宅のお嬢さんは、成績優秀と窺っておりますって」

本来ボーダーにはいない筈の香織がここにいて、勿論、ある程度予想外の答えが来るだろうとは思っていた。身構えた。内心で聞く準備をして、どんな話でも受け止められる、筈だった。

「一応トリオンの測定も受けたけど、本当に一応。あんまり関係なかったみたい。オペレーターになりませんか?って事で私に話が来たみたいだから」
「待って、あんな、強襲を受けたばかりだ」

先日、ネイバーによる大規模侵攻を受けた。まだひと月も経っていない。
大規模侵攻での死者は6名、重傷者4名、行方不明者32名。これでも被害は想定よりもずっと低いのだと聞いた。死者を出しても尚、低いと。
大規模侵攻の後、ボーダーを辞めた隊員は26名いる。

「人員不足らしーじゃん」

化粧もバッチリ。髪も巻いていてスカートも短いこの子が、実は相当頭のいい事。要領が良くて、気立ての良い事。

「そんなに心配そうな顔、しないでよ」

嬉しいけどね、ありがと。
朗らかに笑う彼女は人の機敏を見抜く事や空気を読む事にも長けていて、でもそれとはまた別に、起伏の少ない時枝の感情を上手に読み取ってくれる事。

唇が動いて、唇が動いた事に気が付いて、言葉を飲み込むように閉じた。
本部にまでネイバーが侵入したんだと、その危険性を訴えたくなる。
君の決めた事ならば尊重したいし止められない。だけど、僕が直接守れるわけじゃない。そういう、勝手な事ばかり思って葛藤している事を彼女はどこか感づいていて、そして、心配してくれてありがとうと笑っている。

「……無理はしないで。僕が、嫌だから」

自分は冷静な人間で、理性を働かせるのは得意な方だと思っている。だからこそ、時枝にとって香織は大事な人なのだと間違いなく言えた。香織の事となると勝手な思いがいくつも生まれてきては、決して自分では止める事が出来ないのだから。

『僕が』嫌だ、と言った。人の為に動ける彼女には、これが一番効力がある事を知っている。

「うん。ありがとう、ごめんね」

それでも香織は折れてはくれないだろうけれども、ちょっとで良い。どこかに残って、香織が無茶をしないように歯止めになればそれで良い。
自分の言葉が、彼女に影響してくれる事を願った。











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