覚悟を知る当真
《私を生かしてくれよ、スナイパー》
楽し気な声を最後に通信が切れた。待ってくれ!止める間もなく。
スコープで覗いた先では、宮森と一体の人型ネイバー、その人型ネイバーが引き連れていた数体の小型のトリオン兵が、入り乱れた状態で戦闘に突入している。宮森も敵もお互い近距離で、少し間違えたらフレンドリーファイアになりかねない。かといってこのままでは宮森が、長くは保たない。
『私を生かしてくれよ、スナイパー』
前線に出過ぎるんじゃなかった。深追いをして、本隊とはぐれてしまうなんて本当に馬鹿だ。後悔ばかりが押し寄せる。
訓練が嫌いだった。あの時真面目に訓練を積んでいれば、この手は震えなかったのだろうか。いやそれだって、今更そんな事を考えたところでどうにもならない。
ここで小隊を仕留めきれなかったら。宮森と二人、ベイルアウトしてしまったら。駄目だ。遠征艇の場所が割れる。こんなことで全体を危険に晒せるわけがない。
せめてトリオン兵が大型であったなら。せめて相手が中距離から攻撃をしてくれていれば。せめて、せめて。色んな事を願って、縋っている。縋るものなどどこにもなくて、今は何も叶いやしないのに。
《撃て!》
「っ!!」
ドン!と、強い声に反応して、反射的に引き金を引いてしまった。照準すら合わせていない。
「あ、」
目眩がした。銃弾は宮森の腕を吹き飛ばし、そこを突き抜けて小型のトリオン兵を撃破した。
宮森を、撃ってしまった。
恐れに退がる指先を、しかし彼女は許しはしない。
《今ので良いどうせ保たない!撃て!!》
もう駄目だ、無理だ。
《トリガーを引けと言ってる!!》
無理だ!!
《私を無駄にするのか!お前が!!》
「ーーーーー、くそっ!!」
引き金を引く以外の、一切の道が閉ざされた。
《泣いてる?トリオン体じゃ泣けないか》
「……」
何が起こったのかはよく覚えていなかった。意識が茫洋として、散っている。終わったという事だけが確かで、漏れ出すトリオンに包まれた宮森の姿は、もうあまりわからなかった。
《それじゃあ私はベイルアウトするけど》
一人だったらすぐに諦めていただろう。でも彼女が、宮森がいたから。
《良かったよ。当真にとって、私の命がそこそこ重かったみたいで》
重かった。自分の命よりも他人の命の方がよっぽど、ずっと。
「お疲れさん。うちのが世話になったな」
ベイルアウトした先の作戦室に、冬島さんが待っていた。当真の隊の、隊長さん。
「やり方がへたくそでごめんなさい。トラウマにならなきゃ良いんですけど…」
「いや、そうはならないよ。敵のトリガーの回収も、自分らの痕跡の処理も、指示する前に着手した。受け答えもしっかりしたもんだったよ。宮森がガンガンに撃たせてくれたおかげだな」
「…撃つ度に、精度がどんどん上がるんです。あの子は本物だ。ここで駄目にしちゃったら、どうしようかと思った」
見事だった。彼は遠征は初めてだと聞くし、初めてでこれなら申し分ない。深追いする事など最初なら誰だってする。こうして結果も出せたのなら、今回の遠征はかなり意味のあるものになっただろう。
「もうすぐ帰って来る。迎えてやってくれ」
「もちろん」
早く彼の顔が見たかった。
どんな言葉をかけようかと考えたけれど、ありがとうも引き摺るなも、どれも違うように思えた。今はきっと、どんな言葉も陳腐でしかない。
でも、そうだな。
自分が自然に笑えている事に気が付いたので、言葉は要らないかもしれない。
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