忍田の弟子


「何が、いけないんだと思う?」

長い沈黙だった。時間にして、優に十分は経っていた。
壁と床だけの、窓のない部屋。反省しろという意味で閉じ込められた部屋で、静かに息をしていた。頭のてっぺんから足のつま先までぴくりとも動かさずに、表情すら動かさずに。
感情をそぎ落としたような顔の目蓋がゆったりと閉じて、開いて、一度だけ瞬きをした。白く滑らかな肌の顔半分が、左の頬を中心に赤紫に腫上がり、端の切れた唇がようやくぎこちなく動く。何がいけないんだと思う、と。
その目は太刀川を映そうとはしないのに、問いかけだけが太刀川の存在を認めている。こいつが自分に興味がない事は最初から知っていた。
これが、姉弟子が大切にしているものは、常にただ一つ。

(何が駄目だったのか、だって?)

ーー最善の方法で使って欲しい。誰より使える駒になりたい。
ーー愛情じゃなくていい。大切じゃなくていい。

(馬鹿か。全部だよ。
お前の言動、意志、その全部が忍田さんを怒らせた。)

ーー一瞬でいい。誰より、求めてくれるなら。

「何が正しいんだと思う?」

忍田さんの命ならば、こいつは文字通り命を懸けられる。忍田さんは本気でこいつを殴った。男の太刀川ですら殴られた事はないのに、忍田さんは本気で、生身のこいつを殴った。互いの思いの強さは、どちらも本気で、本当だ。
お互いがお互いを本当に大切にしている。守りたいと思っているし、自身を大切にして欲しいと願っている。

「何が、」

お互いが大切で仕方がないのに、この人たちはきっとまた間違う。同じ事を幾度も繰り返して、いつまでも間違い続ける。
でも、何が正しくて、何がいけないのか。その明確な答えを、太刀川も持ってはいなかった。









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