緑川に稽古をつける3
先の動きを想定して弧月を振るう。相手の事はそれなりに知っているつもりで、その上で相手の食いつきそうな隙をわざと見せて振るった。
剣先を避けた相手は、けれど、踏み込んではこなかった。その様子におや、と目を見張る。以前までなら踏み込んで来ていたのに。
(強くなったな)
わざと作った隙に食いついて誘いに乗らなかった点。弧月を振るった後のフォロースルーの処理の仕方。そうしたさりげない動作の一つひとつが、香織を嬉しくさせた。ポイントや順位よりも余程確かな成長を感じられる。
キン、とお互いの弧月を弾き合い、距離を取り一度呼吸を置く。
「もう年長者面は出来ないかな。手が抜けない」
「はっ…!冗談言わないでください、よっ!!」
好戦的な目をした荒船を迎え撃つ。冗談ではなく、ここから先は手加減なしで一気に決めさせていただくつもりだ。
「距離の取り方が上手くなったね。なかなか捕らえられなかったよ」
「ありがとうございます」
会釈に合わせて帽子の鍔を下げる荒船の仕草が懐かしかった。この子が照れている時によく見せた仕草だ。変わらない。
「ちょっと!!なんで?!どういう事?!!」
訓練室を出た所で、少し前までよく聞いていた声が飛んできた。荒船と二人で振り向くと、そこには観戦席の階段を駆け下りて来る緑川の姿があった。
そのまま目の前まで来ると、私の姿など見えていないとばかりにまっすぐ荒船を見上げ、キッと睨みつける。それを受けた荒船まで敵を見るように目を細めるので、二人の間に火花が散った。
「おいおいやめてくれ…」
「…この人、俺の師匠なんですけど」
「元々この人は俺の師匠だ」
「いや、よく相手をしていただけで、どちらも弟子にした覚えはないんだけど…」
「?!香織っ!!」
「?!香織さんっ!!」
勝手に睨み合っていた二人が、鏡合わせのように同じタイミング同じ仕草で噛み付いてくる。なんだ、気が合うじゃないか。
とりあえず呼び捨てにしてきた緑川の頭にチョップをかます。
「私にとってはどちらも同じくらい可愛い。頼むから、仲良くしてくれ」
不本意そうに「はい…」と返事をするところまでそっくりだった。
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