緑川に稽古をつける2


例の空閑との勝負を香織が見ていたと告げると、緑川の顔色が一瞬にして蒼白に染まった。
ふぅぅと長い息を吐いた後、目を瞑って天を仰ぐ。その状態で「やばい…やばいやばいやばい」とやばいを呪文のように唱え始めた辺り、相当ヤバイのだろう。心中お察しする。
「で、だ」
「やばいやばいやばいやばい…」
「宮森さんから伝言を預かってる」
「…………ふぁい」
観念したような心底頼りない返事をして、今度は顔を両手で覆って下を向いた。ここまでの一連の様子に流石の米屋も心を痛めるが、香織の命とあらば必ず伝えなければならない。脳裏に、香織の静かな声音が鮮明に蘇る。

『ーー米屋くん。悪いんだけど、あの子に伝えておいてくれる?』

「『空閑くんから半分以上取れるまで相手はしない』…らしい」
「…………あのひとおこってましたか」
「いや〜怒ってはなかった、けど……無表情?みたいな?」
「〜〜〜〜!!」
とうとう耐えきれずに、緑川は盛大に泣き始めてしまった。



画面越しに映る緑川がぼろぼろと泣いている。隣にいる隊長が呑気な声で「なんだ、しっかり好かれているじゃないか」と驚いている。私は、始めこそ対戦ブースで見ていたものの、あまりにも先が見えてしまったので隊専用の作戦室に引き上げて来てしまっていた。
「緑川の弱点は?」隊長が問う。

「ーー直感が良い分すぐに体が動いてしまうところ。それに頼りがちなところ。ファスト&スローのバランスが悪い」
「戦闘の興奮に我を忘れてしまうところ」
「不利な状況になってから初めて考え始めようとするところ」
最後に「自分の強さをよく知っているところ」とまで吐いてしまうと隊長は笑った。「まだまだあるんだろう?」あるさ!完全に他人事だと思っているのだ、この人は。実際他人事なのだけど!

「だから嫌なんだ、教えるの」

経験や年数はそれなりにあるつもりだし、後輩を育てる事も重要な責務だと理解している。だけれど「教える」という事はそんなに簡単な事ではない。少なくとも、私にとっては。

「私がどれほど『伝えたい』と思って教えても、伝わる事の方が難しい」

「成長したなあ」と隊長がわしゃわしゃと頭を撫でてくる。その手を払って、ため息を吐いた。
「呑気な事言ってる暇ないですからね。この間に、己とチームに集中したいんですから」
A級2位、冬島隊。近距離と中距離の攻防を一手に担うオールラウンダーが口角を上げる。
「次のランク戦、一位の座は私たちがいただきましょう」
「当然だ」と隊長を務める冬島慎次も笑った。










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