米屋と嫉妬
陽介はバカだけどボーダー隊員で強くて運動も出来るし性格も明るいし誰にでも話しかけるし差別とかそんな馬鹿な真似絶対しない。要はモテる。バカだけど、贔屓目なしにかっこいいのだから、仕方が無い。
そう、仕方が無いの。
「お〜やるなぁ槍バカ」
「…………」
あれ一年で一番可愛いって有名な娘じゃん、と隣の出水が言う。余計な情報だった。
出水の言っている事は多分本当だし(だってかなり可愛い)出水は何も悪くないのに、口を開いたらきっと汚い言葉を発してしまうとわかっているので下唇を噛む。教室の窓の外、眼下では、中庭で陽介と一年生の女の子が向かい合っていた。陽介が呼び出しを受けたのだ。
(やだ。やだやだ…ほんと、やだ)
陽介のバカ、なんでモテるの。なんでそんな、可愛い娘なの。なんでそんな、ちゃんと話聞いてあげてるの。私がいるのに。
でも、きちんと話を聞いてあげるところ、好きだ。そういう陽介だから好きになった。
(苦しい)
めちゃくちゃだ。気持ちが肺を圧迫するのに、きっと止められなくなると知っているから、吐き出せない。
「ちょっとトイレ」と言って、止める出水の言葉を無視して教室から離れた。逃げた。
とにかくあの光景から逃げようと上を目指す。
足下だけを睨みつけるように見つめながら、駆け出す一歩手前くらいのペースで足を運んでいると、階段の踊り場で人と衝突してしまった。
「!」
「、おいっ!」
転ばずに済んだのは、ぶつかった相手ーー三輪が支えてくれたからだ。
「みわ、ごめ…」
ごめん。そう言おうと思ったのに、何がスイッチになったのか、そこで涙が堰を切ってしまう。
「ぽろぽろ」が「ぼろぼろ」に変わり、流れる涙に釣られて鼻水まで出てくる。可愛げもなくズズッと鼻を啜りながら、目元を一生懸命拭った。三輪を困らせている。「ごめん、ごめん」繰り返し謝りながら目元を拭っていると、濡れた手を取られ、グレーのタオル地のハンカチを握らされた。
「あまり擦るな」
ため息を吐くものの、それでもこの人は何も聞かないし、黙ってここに居てくれる。三輪が優しい人だと知っていた。
私が陽介の近くに居たからだ。
泣いてすっきりするとか、子供か。
昼休みに泣き出して、五時間目まるまる三輪を付き合わせて泣きじゃくってしまった。三輪があんまり優しいので「惚れそう」と言うと頭を叩かれた。冗談が言えるくらいに回復出来たのは本当に三輪のおかげなので、今度なにか奢らせていただこうと思う。
今日は幸い、五時間目で授業が終了する。騒然とする掃除の時間を狙って教室に帰って、そそくさとカバンを持って下駄箱に向かった。教室に出水も陽介も居なかったのが救いだ。
明日、また、いつも通りの私で会おう。昨日はごめんねって、笑って言おう。
上履きを脱いでローファーと入れ替える。ローファーを地面に置こうとして
「はい、捕まえた」
手首を、大きな手に掴まれた。
ーー陽介!
「どうしたの、お前」
「…ちょっと、具合悪いみたい。今日はもう帰るね」
重たい目蓋はきっと腫れている。目だって多分赤い。顔を上げられない。
「………あ〜〜〜〜〜〜、もう!」
「っ!」
「不公平だな、マジで…」
陽介のため息に体が強張る。面倒くさいと思っただろうか。もう、やってられないと呆れただろうか。
「秀次と居ただろ」
「……」
「お前ら女はさ、俺たち彼氏の方をバーカ最低しねって思う。
けど俺らはさ、相手の男の方を、殺してしまいたくなるんだよ」
思わず顔を上げた。
「な?不公平だろ」
そこには陽介の笑顔があったけれど、でも、陽介は笑っていない。
だって、三輪だよ。
思いがけない嫉妬に、持っていたローファーを落とした。
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