最上さんの弟子
秋から冬にかけて、急速に外の温度は下がってゆく。
そういう季節に、決まって風刃を連れて、あの人の元に逢いに行った。
毎年、毎年。もう、四度目の冬が来ようとしている。
*
はぁ、と水で冷えた両手を息で温める。
私のその様子を隣の男は呆れたように見ていた。口にして言わないのは、もう何度も言っているのに私が言う事を聞かないからだ。
コイツのお小言はどうせ私の身を安じる事だもの。聞く気はない。アンタまで私と最上さんの間に線を引かないで。
「命日でも無いんだったら、もっと暖かい季節に来れば良いだろう。それかお盆だし、夏。水だって涼しく感じて丁度良い」
もう何回も聞いた。優しい悠一。馬鹿な悠一。
私がこの時期にここへ来るのは、きっと誰も来ないからだ。
みんなそうやって、亡くなった人には寒い季節には会いに行かなくても良いと勝手に決めつける。勝手に最上さんを過去にする。
「高校生になって初めてのクリスマスが来るよ、最上さん。私いい子にしてたしサンタクロース来るよね?」
「サンタさんにしてみれば、フィンランドからわざわざ来る程でもないだろ。相手の気持ちを考えろ。たまったもんじゃない」
「悠一、そんなだから彼女の一人も出来ないのよ」
「お前ね…」
木や葉も元気をなくした寂しい景色の中で、水で洗ったばかりの無機質なその石の前で、黒トリガーとなった最上さんをその石の前に置いて、師弟三人水入らず。
最上さんを喪い、私はそれ以上戦う事に意味を見出せずに組織を抜け、悠一は風刃を預かり、今も尚戦い、守り続けている。年齢こそ悠一よりも下だけれど、最上さんの一番弟子は私だ。
私はあの時、逃げ出した。
黒トリガーとなった最上さんに触れようともせずに。こわかった。今でも。風刃に選ばれなかったら、という恐怖に今も怯えている。もう、最上さんに触れる事は叶わないだろう。
「…お前、また痩せた?」
墓石を睨むように見つめたままの悠一の問いかけに、薄く笑って沈黙で返す。悠一もおそらく答えを求めてはいないだろう。
風刃に触れるのがこわいと言った私に、「俺はお前に触れるのがこわい」と表情をゆがめていた。日を追うごとに痩せていく、弱っていく情けない姉弟子に、生きてくれと、優しいこの人が縋った。
食事を上手くとれなくなった事も、吐き出してしまう事も、自分でももうきっとどうしようもない事だ。けれども、自ら命を絶たないだけ、私は悠一に繋ぎ止められている。
「悠一、」
悠一のサイドエフェクトは、私の未来をどう映しているのだろうか。
間違いがない事は、この人を苦しめるだろう事だけだ。
「私は生きているでしょう?」
いつか、最期はアンタの為だけに黒トリガーになりたい。
今はそれだけを願って、最上さんとの思い出を抱え込んで生きている。
一生の秘密だ。
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