歌川と菊地原と仲良し
先日の菊地原の誕生日にどっきりをしたがった宮森に押し切られて手話を覚えた。
もう一度言う。手話を覚えた。
こそこそと話そうものなら成功はないと思ったまでは理解が出来る。が、だから手話を覚えましょうという方向に転換する辺り、宮森の思考回路には感服した。
誕生日のどっきりはというと、幸いな事に功を奏し大成功。見事菊地原の顔面に正面からパイを命中させた。当たり前だが、その後めちゃくちゃ怒られた。
「宮森の手綱はしっかり握っといてよね歌川っ!!!!」
果たして俺が悪かったのだろうか…いや、原因の一端は俺にもある、のか?
世の中は理不尽な事で溢れている。
話を戻すと、かくかくしかじかで、俺は手話を覚えたのであった。で、最近困っている事は、今も宮森が頻繁に手話を使ってくる事にあった。宮森と俺が手話を使ってやりとりをしていると、菊地原の機嫌が悪くなるのである。菊地原は一緒に手話を覚えなかったし、自ら俺たちに聞いて覚える事はプライドが許さないのだろう。
「別に仲間はずれにしているつもりはないんだが…」
「二人でこそこそして、なんなの?気分悪い」
宮森が席を外した途端に、菊地原から「お前らなんのつもりなの?」が飛んできた。胃が痛い。
宮森は先ほど、良い笑顔で右手の親指と人差し指でCの形を作って教室を出て行った。WC。トイレを示す手話だ。口で言えよそれくらい!
そう。とにかくそういう身にならないサインを送っているだけで決して他意はなかった。
けれどそれが、こうして菊地原を傷つけている。
「悪かった。もうしない。宮森にもちゃんと言っておくから…」
「別に、どうせしょうもない話しかしてないんだろってわかってる。でも、」
菊地原の後ろ側、教室の出入り口から宮森の顔が覗いた。
「こそこそ話された方がマシだなんて、思う日がくるなんて思ってなかった」
「菊地原…」
罪悪感と、俺たちを大切に思ってくれていた事にじんとした。
じんと、したんだが…。
「菊地原、宮森が…」
「!」
俺の視線を辿り、振り向いた菊地原が見たものは、号泣して目と鼻から盛大に水を垂れ流している宮森の姿だった。
「、はぁ?!」
「ずっ…!う゛ぅっぎぐち゛ばら゛ぁぁあああぁぁあ……!!」
「ちょ、まて、まって!」
菊地原の「待て」もむなしく、顔からあらゆるものを垂れ流した宮森がガバッと菊地原に抱きつく。菊地原は、ずびずび鼻を啜ってわんわん泣く宮森の背中を支えながら、あ〜あ、と諦めたように肩を落とした。
(ああ、もう大丈夫だな)
きくちはらすき!だいすき!!
好きだと泣きながら伝える宮森に、うるさいわかったから黙ってと顔を真っ赤にしている菊地原。
その姿に、歌川はようやく安堵した。
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