迅に再び助けられる
学校の屋上から見えたその色に見覚えがあった。
確かあの辺りはネイバーによる襲撃があった場所で、今は警戒区域に指定されて立ち入る事が出来ない筈だ。それでも、あの白い花を咲かせる木に見覚えがあるような気がした。
あの方角は私の家とは反対側で、特に何かがあった場所ではなかったような気がするけれど。それでもどうしてか懐かしくて、引き寄せられるように学校を抜け出した。
あれ?ここ見た事があるぞ?辿り着いた廃屋の庭先で、不思議な感覚に捕らわれた。
360度、見るもの全てに既視感が付いて回る。
木造平屋建ての一軒家。サザエさんの家みたいな縁側。そこに面した庭は雑草だらけで、種類の様々な草や小さな花を咲かせている。そして庭の隅に立つ、白い大きな花びらを咲かせた木蓮の木。
知らない筈なのに、知っている。もどかしくてたまらなかった。記憶の端を掴みかけたものの、ぼやけた輪郭を掴む事が出来ない。水を掴むみたいだ。
この感覚に覚えがあった。
一度も体験した事がないのに、既にどこかで体験した事のように感じる事をデジャビュという。「確かに見た覚えがあるのに、いつ、どこでの事か思い出せない」というような違和感を伴う場合が多いのだそうだ。
私が今まさに感じているのも、これだ。
そのまま小一時間、暖かな空気と木蓮の上品で甘い香りを感じながら、縁側に腰をかけてぼんやりと庭を眺めていた。
(…離れ難い場所だな)
静かに目蓋を閉じた。
その瞬間。
ウウーーーーーーーーーーーと、どこまでも平坦なサイレンが鳴り響いた。ボーダー基地の警報である。
立ち上がり、きょろきょろと周囲に視線を巡らせる。
バチッと電気が弾けるような音と共に、黒い閃光が庭先に走った。
「うそ、」そんなまさか。
立ち尽くす私の目の前で、その暗闇は周囲を飲み込みそうなほどに膨れ上がっていく。
《ゲート発生、ゲート発生。近隣の皆様はご注意ください》
膨れ上がった暗闇から、ずるりと、真っ白くて目がない巨大な生き物が這い出てくる。
白い大きな怪物が暴れるように動きだし、ぼたぼたと真っ白な木蓮の花びらが落ちてゆく。
ーーーー『お嬢さん、危ないよ』
また、こんな時にも記憶が蘇る。
小さな桜の花などとは違い、そよ風に散る花ではない。だからこそ「はらはら」ではなく「ぼたぼた」と花びらを落とすその姿を良く覚えていたのかもしれない。知っている光景と今が重なる。
私は、この光景を知っている筈だ。
ヒュッと空を切る音。次いで、ズゥンと大きな物が地に沈む音。立っていられなくなるほどの振動。
軽やかに怪物を倒してしまう、ヒーローの登場。
「お嬢さん、危ないよ…って、前にも一度言ったでしょ」
茶色に染まった髪を揺らしたその人を知ってる。前髪を留める変わった形のサングラスを知ってる。見に纏う青い服を。口角を上げたその表情も。声や、その台詞をーーー。
「………知ってる。前にも、同じ事聞いたから」
「あれれ?おかしいな。きちんと処理されなかったのかなぁ?」
「ねぇ、私、前にもここで貴方に会った事あるでしょう?」
「ははっ、逆ナンみたいな台詞だな!
うん、あるよ。あるある。すごいよなぁ、前に会った時にも花が咲いてた」
ほら、夢ではなかった。
季節は巡り、またここで同じように助けられたのだ。
一度は消された筈の記憶を同じようになぞった。
そうしてまた出会ったんだ。失われた記憶と同じように、花びらの雨が降る庭先で。
生命回帰
企画「 夜会 」様に提出
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