出水の師匠
「、あんたが好きなんだよ!!」
やってしまった。
ずっと抱えてきた恋情をぶつけて、すぐに後悔がやってきた。
力に任せて押し倒した。必死で、余裕もなくして、こんなつもりじゃなかったのに。
こんな、子供みたいな。
「公平」
自分でしでかしたこの現状に耐えきれず強く瞑った目蓋に、細い指が触れる。
細くて、柔らかい身体。澄んだ声。
俺は、どうしようもなく、この人に弱い。
「公平、目を開けて。聞きなさい」
あらがえない。
「………いやだ」
「公平、私、あなたの倍も年上なの」
「いやだ、やだ、いやだ、」
困ったように笑うその表情を、もう何度も見てきた。
いつもの表情、いつもの諭すような声音。押し倒されても、この人を揺るがすことが出来ない。
なに一つ変えられないのかよ。頼むから、伝われ。
「あなたは若いし、これからきっと「、俺は!!」
伝われ、伝われ。
「もうずっと、男として、あんたをどうこうしたいと思ってんだぞ…!」
「ーーーーーー、」
伝われ、俺の下心。
*
「で?わざわざ支部まで相談に来たってことは、そこでふらなかったんだろ?」
「…だって、」
林藤はもう、楽しくて楽しくて仕方がなかった。
もう長い事付き合いがあるが、こんなに困り果てた同期の顔は初めて見た。
相談相手に忍田ではなく自分を選んだ辺り、本気で困っているのだろう。些細な問題であれば、コイツは同じ本部に籍を置く忍田に愚痴をこぼせば満足するのだそうだ。だが忍田は朴念仁なところがあり、聞き役には向いても相談役には少々足りない。そういう時に、決まって林藤の下に来る。
「もう、どうしよう、どうしよう…!」
「さっきからそればっかだな〜」
「どうしよう〜!!」
出水に好きだと言われたと聞いた時、へぇ、とは思った程度で驚きはしなかった。出水がコイツを好いていることなんて、おそらく大抵の人間が知っている。知らないのは本人だけだ。
確かに相手は高校生で、頭ん中まっピンクでお盛んな時期で思春期ド真ん中。年上に憧れたり異性に憧れたりする事も、人を好きになったり嫌いになったりする事も簡単にする時期だろう。覚えは嫌ってほどある。
けれど、だからこそ、出水の事は応援していた。簡単に揺らぐ不安定な時期だろうに、よくもまぁ真っ直ぐに香織の事を想い続けている。出水のそれは香織と出会ってから今日までで、年季が入っている。
「お前はどうしたいんだ?これから、出水と」
時計を見ながら、煙草を灰皿に押し付ける。
香織とは同い年だが、まるで父親の気分だった。それが悪くない気分なので、また困ったものだ。
「…大切だよ、もうずっと。でも、私のそれは、恋愛感情じゃなかった」
弟子を取るつもりは少しも無かった。あんまりしつこいから、時折アドバイスをしてやった。結局流されるように師匠となったけれど、いつからか、教える事に熱中していたのは香織の方だった。
好戦的だが視野は広く持てたし読みも良い。弟子としても自慢で、香織さん香織さんと慕ってくれる姿は可愛くて仕方がなかった。
「立場と年齢があったし、出会った頃のあの子は中学生に上がりたてでほとんど小学生だったし…とてもじゃないけど、そんな目では見られなかったわ」
「ま、そりゃそうだなぁ」
「でも、私に好きだと言ったあの子は…本気だったの」
「うん、」
「だから私も、真摯に応えたい」
まったく、いい表情をする、と林藤は内心で苦笑した。
誰だよ、俺と忍田が後生大事にしてきたこの女にこんな表情をさせるのは。
「今すぐには、やっぱり無理なんだけど……ていうか、だからどうしようっていう相談をしに来たのに、匠、ちっとも良い案をくれない」
「まぁ拗ねるなよ、だいたいそういうのは本人に聞けよ。出水だって多少こうなるって予想してただろ?なぁ、出水」
「は?」
がちゃりと支部長室の扉が開き、そこには制服姿の出水がいて。
「え?え??」
「男のところに逃げ込むなんて、質が悪いな香織さん」
「俺と忍田を倒さん事には、香織はやれねぇぞ〜出水」
「!…へぇ、望むところです。俺は若いしまだまだこれから成長期なんで、余裕こいてると痛い目見ますよ」
未だに事態に付いていけず、ソファーに座り込んでいる香織の手首を出水が引っ張って立たせる。
もう、香織の手首など親指と人差し指で容易に一周する。
隣に立てば、もう出水の背丈はとっくに香織を追い越していた。
恋心だって、下心も劣情も存分に孕む。
「帰りますよ、香織さん」
意識をしてしまえば、出水はこんなにも『男』で、香織を熱くさせた。
多分もう、離してあげられなくなるくらいに、香織を『女』にさせる。
責任を取って欲しいものだ、と香織は無性に泣きたくなった。
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