出水の憧れ
びりびりと空気が震える。強い爆発音がいくつも轟き、派手に煙が上がる。煙がもうもうと立ち込めて、透明な訓練室の壁や天井の輪郭が浮かび上がる。薄い灰色の立方体の出来上がりだ。
立方体の中では尚も爆破音が続き、中で何が行われているのかが外からではわからなかった。それがもどかしい。
と、突然満ちた煙が収束するように、ある一点に向かった。小さな小さな白い光をいくつも含んだ煙が一点に集い、爆発する。
『迅、ダウン』
機械的な音声が流れ、周囲がざわめいた。
"あの"迅が負けた。
ゆっくりと煙が晴れてゆき、床に大の字で倒れたままの迅と、細い少女の姿が現れる。
色素の薄い短い髪を揺らした、少年のように痩せた、同い年くらいの少女。左手に弧月を握ったまま静かに佇んでいる。
床に倒れたままの迅を見下ろしていたが、迅の顔の近くに膝を付き何かを呟くと、立ち上がって背を向けた。彼女は非常に整った顔をしていて、冷えきった眼をしていた。
学校があり、途中から観戦していた出水に隣の太刀川が囁く。
「風刃を手放した迅に食ってかかったんだ。出水、あの娘、シューターだな」
知っている。
本部に保管されている映像資料で繰り返し繰り返し見た。動画よりも大人びているけれども、間違いなく、出水がシューターを目指すきっかけとなった彼女なのだから。
「モニタールームの方が断然良かったぞ」と、上から降りてきた諏訪の言葉に、すぐさまモニタールームに向かった。パソコンに記録された映像を引っ張りだし、再生する。
「…すげぇ」
最初の数分間は迅がスコーピオン、彼女が弧月で互角に切り結んでいた。やがて埒があかないと判断したのか、彼女の右手に見慣れたキューブが現れる。唾を飲んだ。
「…………」
瞬きも忘れて、食い入るように画面に齧りつく。
攻撃方法を切り替えてからの彼女は圧倒的だった。
アステロイドの弾数で迅の動きを限定し、メテオラで周囲の視界を奪う。そして最小限に細かく散布した弾を圧縮、爆破。最後の決め手はバイパー+メテオラか?てことはトマホーク?あんなに細かい分割が可能なのか?
訓練室ではトリオン量のリソースは考えずに戦える。だが、複雑な調節はそれ相応の技術が要求される。いくら相手が通常のスコーピオンで距離の有利があるとはいえ、迅にはSランク認定されたサイドエフェクトがある。その迅のサイドエフェクトなどものともしない大胆で圧倒的な力。相手が距離を詰める前に片を付け、始終優位に立っていた。切り替えてから瞬時に組み立てたであろう攻撃のプロセス、それを実行し可能にする極めて高い技術力。
腰掛けた椅子の背もたれに身体を預ける。
彼女は本物だ。
出水が入隊した頃も今も、シューターならびにそれを目指している隊員の数は、他のポジションに比べると圧倒的に少ない。きちんとした指導者がいなかったからだ。
シューターは直接トリオンを飛ばす。少しの配分、少しの調節がダイレクトに影響してくる。そこに独学でも進もうと思う人間は少ない。当然だ。
出水とて最初からシューターを選んだわけではない。最初は周囲と合わせるようにスコーピオンを手にしていた。元々器用だったのでそれなりに扱えたけれど、そこまでだったし、これじゃない感があった。模索するように片っ端から試した。レイガスト、弧月、ハンドガンもイーグレットも握った。様々なポジションを彷徨いくすぶっている出水に「君はトリオン量も多く、器用だと耳にしている。見てみるだけでもどうだろうか」と一枚のROMを差し出して来たのは、本部長に就任する前の忍田だった。
そこに収められていたのが、宮森香織の姿だった。
「この子はボーダーが公になる前に一緒に活動していた子で、同い年の小南とはとても仲が良かったんだ。わけあって組織からも三門市からも離れてしまったが、師匠共々、優秀だった。枠に嵌らないところも師匠そっくりで、今みたいに明確にポジションがなかった時だから随分好き勝手やっていたよ」
数人で、見た事もない巨大なトリオン兵を取り囲んでいる映像だった。映像の中の彼女は近距離と中距離を行ったり来たりしていて、足りない部分を上手にカバーしている。弧月を振るい、白く光るキューブを散らしながら。
「……この、光ってるのって」
「うん、トリオンだよ」
やっぱり…!
「いつからかな。面倒くさいと言って素のままいじり始めたんだ。どうってことないように見えるけれど、やはり前例のない事だからね。この子の師匠が『影でかなり練習してるだろうな』と笑っていた。
その後ボーダーが公になって、隊員が大幅に増えてポジションが明確化された。私たちは彼女のこの戦闘スタイルをガンナーとは別に、シューターと呼んでいる。今、君より早く、加古くんが挑戦しているよ」
「シューター…」
「よければこのROMは君にあげよう。本部の資料室にも香織の映像資料がいくつか残っている筈だから、興味があるのならそれも見てみるといい。
君が、自分を活かせるスタイルに出会える事を願っている」
そう言って忍田はモニタールームを後にした。
自分を活かせるスタイル。
画面の中で、短い髪を揺らした少女が、きらきら光る白い光の中で笑っていた。
そして、あれから数年が経った今。
「初めまして、宮森香織です」
ボーダーの調査で近々ネイバーの大きな攻撃があるという予想が出た。そこで、旧ボーダーに属し且つ実力者であった彼女に、総司令直々に声がかかったのだという。
目の前に、宮森香織がいた。
「ーー俺は、出水公平って、いいます。あの、俺、」
俺はここまで、アンタだけを追ってきました。
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