反面教師スナイパー
最初の一発で逃したら距離を詰められる。子供にだってわかる。
そして最初の一発は、太刀川の頭部を掠ってこめかみに一筋の傷を残しただけだった。
(…にゃろう、)
待ったはない。舌打ちをして架空のビルから飛び降りる。追いつかれる事を前提に、細い路地に入り込み、縫うように走る。走る、走る。
「!」
ふいに上からの気配を感じ、振り仰いで脱力。
まるで射ってくれと言わんばかりに無防備なまま、上から太刀川が降ってきていた。空中では体勢を変えにくい。空中は不利なんて常識を、知っていて尚それをやっているのだろう。質が悪いったらない。回り込むことすらしないなんて、完全に舐められている証拠だ。その、太刀川の絶対の自信がいつも香織を上手に煽る。
(落ち着け。落ち着くのよ、香織)
深く息を吐き、気持ちを整える。
グリップを握っていた手も、フォアエンドに添えていた手もあっさり離すと、バレルを握ってバットのように軽く一周振り回した。
「4番、バッター、宮森」
画面越しの香織が、イーグレットをバットのように振り回す。
でたらめだ!
太刀川が咄嗟に弧月を盾に防ぐ。イーグレットと弧月の間に火花が散って、お互いをはじき合う。香織ははじかれたイーグレットを、反動を利用して、今度は槍のように突き出した。再び火花が散る。
細い一本道での攻防。太刀川は間合いを拡張する旋空弧月を使えない。お互いの反射神経と読み合いが激しくぶつかり合う。
スナイパーには目に毒だ、と憧憬と苦い気持ちを抱えながら佐鳥は思う。
ランク戦でスナイパーだけが別枠なのは何故か?
アタッカーとスナイパーがソロで対決など、模擬戦でさえ普通ありえない。立ち位置が違いすぎる事と、そもそもスナイパーは1対1で勝負をしないからだ。スナイパーは1対多数が前提だと、他でもない香織先輩自らが口を酸っぱくして俺たちに教え込んでいる。その癖こうして、自分が反する事をする。東さんが新人スナイパーに最初に教える事は「宮森の真似はするな」だ。
でも、彼女の強さに憧れないわけがない。だから彼女は呆れられながらも尊敬され、慕われているのだ。
彼女を見て学ぶ事は沢山あった。反面教師として学ぶ事も、それ以外の事も。ツインスナイプを練習し始めた時、多くの人間から無駄だと言われた。でも彼女は、使える物は何でも使え、と背中を押してくれた。新しい術を模索したのだって、彼女の背中を見てきたからだ。
彼女の強さが、柔軟さが、挑戦心が羨ましい。けどきっと、自分はそこまでは行けない。憧れと、苦い思い。
彼女の姿が、俺を含めた、後を追うスナイパーたちを突き動かしている。前へ、前へと。
敗北から学ぶ事は多い。自身をそう励まして対戦ブースを出ると、上から呼ばれた。
「お〜い、宮森〜」
トリオン体とはいえ、今さっき香織の首を飛ばした太刀川本人である。あの人いっつも上の階のブース使うよなぁ、あぁでも、馬鹿と煙は高い所が好きなんだっけか、とぼんやりと思考しながら、太刀川が降りてくるのを待った。
とりあえず休憩にしようと、並んで歩きながらラウンジを目指す。
「お前さぁ、なんでスナイパーなんだ?」
「だって一番かっこいいでしょう、東さん」
「……おいマジか。あの人25だぞ」
「そんなの関係ないですよ」
だってとっくの昔に、私の心はあの人に打ち抜かれている。
そして今度は、私が打ち抜く番だ。
まずは強さをがむしゃらに身に着けた。髪も伸ばして、お嬢様学校に進学して立派な淑女も目指している。ボーダー隊員としてあの人の視界に映り、そして徐々に女性としても。私の華麗なる計画。すべてはあの人を落とす為に、だ。
まだ足りてない要素はと言えば、それはやっぱり…。
「………あとは、色気…?」
ぺたりと自身の胸に両手を当てて、その量を確かめてみる。
唸る香織の横で「俺も高校生から…いや、中学生からもモテているかもしれないなぁ」と、太刀川が真剣に考え始めていた。
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