天羽を追いかける
夜空に光り輝く名前をもつ少年を追った。
姿の見えないその子の行方を、誰も気にしていない事が、その子の心配を誰もしていない事が、たまらなく悔しかった。
みんな、誰も彼もが彼を畏怖し、怪物や化け物に向けるような視線を送る。襲われてはたまらないと、距離を置く。それなのに、強大な敵の前に平気で送り出す。みんな勝手で傲慢だ!お前らこそが恐ろしい化け物じゃないか!!
怒りや悲しみが、私の内側でぐちゃぐちゃに混ざり合って、踊り狂っている。身体の奥底から黒い炎が激しく燃え上がり、これ以上、自分を抑えられそうもない。
「月彦…!」
感情を振り払うように全力で走った。街中を走り抜けて、危険区域の柵をくぐり抜けて、ひたすらに走った。
肌が痛いくらいに、外の空気はもう冷たい。
空の端から、橙が紺に染まろうとし始めている。
喉の奥に血の味を覚えるくらいに走り回った。
三門市の北西に当たる真っ平らなその地は、先日の大規模侵攻の折に、月彦が更地へと変えた場所である。そこに焦がれた背中を認め、ためらいもなく手を伸ばした。
「月彦!!」
両手で頬を挟み、強制的に顔を向けさせる。何者にも侵されない、感情の染まらない瞳が私の姿を映した。
不安になる。
(私ではアンタの帰る場所になれないの?)
(アンタの休む場所にはなれないの?)
(手の届かない場所に行ってしまうの?)
みるみる涙が溜まってゆく張りつめた私の顔を見て、やっと「どうしたの、すごくぐちゃぐちゃな色だ……」と眉をひそめた。
「…!アンタの所為よっ!!」
「え、そうなの……?そう……。
…………ふふっ、あははっ!ははっ!」
「?!〜〜〜〜〜〜もうっ!ばか!ばかばかっ!ほんと、ばかっ!!」
この子は本当に、本当に稀に、堰を切ったように笑い出す。何が琴線に触れるのかは、私には全くわからない。
子供みたいに無邪気に笑う月彦に触発されてか、私の涙腺も崩壊した。月彦の肩に顔を埋めて、子供みたいに泣きじゃくった。ぎゅうぎゅうと抱きしめ合って、泣いて笑って、めちゃくちゃだ。
けれどもこの時、私の不安は確かに消し去られていたんだ。ずっと消し去ってよと叫ぶ代わりに、抱きつく腕に一層力を込めて、願った。
帰る場所になれないのなら、私も連れて行って欲しい。
二人で手を繋いでその光景を見た。
網膜に焼き付くんじゃないかと思うほどに鮮やかな、空のグラデーション。橙から茜色、そして紺に変わる。日が沈む。
色鮮やかに、圧倒的な美しさで世界が塗り替えられていく。
ふと、月彦のサイドエフェクトが見せている色の世界も、こんな景色なのだろうかと思った。彼の目に映る世界には、いつも色彩で溢れている。
「…ねぇ、月彦が見ている世界も、こんな感じなの?」
彼を見上げると、ぼんやりとした顔をしていた。いつもみたいな、私を不安にさせる、感情を一切混ぜない透明な視線。だけど。
「いや、」繋がれた手に、少しだけ力が込められた。
「こんな綺麗なのは、夜の始まりか終わりにしか見られないよ……」
「そう、」
月が浮かび、沈む場所。夜の始まりと終わりにだけ訪れる、美しい世界。月彦が「綺麗」だと感じる光景。
その景色の中に、私も置いてよ。
繋いだ手に、少しだけ力を込めた。
「じゃあ、また見にこよう。夜が明けるか、夜が垂れてく前に」
彼は誰に沈みゆく
企画「 夜会 」様に提出
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