text | ナノ





今日は待ちに待った雄英の入学試験だ。
今日まで必死にトレーニングして来たのだ。何としてもこのチャンスをモノにしたい。
今朝、最終調整の意味も込めて臨海公園で走り込みをしてたら、海岸がめちゃくちゃ綺麗になってた上に何か上半身裸の男の子が凄い叫んでて怖すぎて若干集中出来なかったけど、取り敢えず自分の出来る範囲でやれる事はやってきたつもりだ。
これに合格すれば晴れてヒーローの卵の仲間入りができる。私は期待と不安に胸を膨らませながら横を通りすぎる人達を見た。
彼らもまた私と同じ受験者なのだろう。パッと見では強さはわからないが、明らかに肉体派のような個性の人もチラホラ見受けられる。恐らく無いとは思うが、ああいった受験者同士の1対1のバトルロイヤルとかになったら面倒だなぁなどと少し弱気になりながら私は震える足を動かして門をくぐった。

緊張がMAXでいつも通りに個性が使えるか不安だ。校門付近で一旦立ち止まり、深く深呼吸をしながら上半身のみのお気に入りのオールマイト人形を握りしめて心を落ち着かせる。ちなみに下半身は昔壊した際にどっかにいった。

『よし。』

何とか足の震えは治まったので、意を決して足を踏み出した。正確には踏み出すつもりだった。

ドンッ

『うわっ!?』

後ろからやってきた人に去り際に肩をぶつけられ、思わずよろめいた私はそのまま顔面から地面にダイブしてしまった。すごくいたいです。
ふざけるなよ、試験前に転ぶとか縁起が悪すぎるだろ。
あまりの出来事にただただ吃驚したが、それより何より件のぶつかった本人は未だに謝りもしないのだ。
うっそだろお前と思いつつ訝しげに相手を見上げると、何か凄い不機嫌そうな金髪の不良っぽい人と目があった。
ダメだ…怖い人だ。




爆豪勝己は苛ついていた。
幼馴染みとの確執もだが、当人はただ試験を受けに来ただけなのに周りからひそひそと聞こえてくる"ヘドロ事件"という単語と自分への好奇な視線が、確実に爆豪の精神を逆撫でしていた。普段から良いとは言えない目つきを更に吊り上げて、見てんじゃねーぞオーラをまき散らしている彼はむしろ逆に周りからの注目を集めていた。

その最中、道の真ん中で立ち止まって両手を広げて深呼吸を始めた女を見た時、邪魔だと思ったがわざわざ避けて通るのも「何で俺が」という変な意地があったためそのまま通り過ぎようとしたのだ。
しかし、彼の予想とは裏腹に軽く肩がぶつかっただけの女はもの凄い勢いで前へ倒れた。一瞬の間。爆豪は別にわざと意地悪で押しのけたわけではない。本当に去り際に少し肩が当たっただけで悪気など一切無かったのだ。
だから顔面から地面に倒れている横の女を見て、爆豪は純粋に思った。

何だコイツ、と。



もの凄い不可解なものを見るかのような視線で初対面のヤンキーに睨まれている私は、この時ばかりは緊張や不安という感情が消え失せていた。中学の頃にクラスで一番ワルだった中山くんと同じくらい明るい金髪だ。私が全面的に悪いとは思っていないが、謝ろうと思いつつも頭の中では中山くんの悪名高いワル伝説がぐるぐると巡っていて謝罪どころでは無かった。絶対慰謝料を要求されるパターンだこれ。
私が初対面のヤンキーの恐喝に怯えていると、彼は暫く何も言わずにこっちを見ていたがやがてチッと舌打ちだけして去って行ってしまった。恐喝されなかった事には安堵したが、凄く失礼な奴である。中山くんですら廊下でぶつかったら一応半角カタカナっぽい感じで「ワリ」って謝ってくれたぞ。

周りからの視線とヒソヒソ声でハッとした私は、立ち上がって身だしなみを整えるとそそくさと歩き出した。まあ何だかんだで今の事件のおかげで色んな意味での緊張感が無くなってしまった。
気持ちを切り替えて昇降口へ向かおうとしていると、前方で私と同じように前のめりに倒れている男の子がいた。
否、性格には倒れかけている男の子だ。彼は倒れる直前で女の子の個性か何かで助けてもらっていた。滅茶苦茶ズルい。

「転んじゃったら縁起悪いもんね!」

そう言って可愛らしく微笑む女の子の顔がとても眩しかったが、生憎全力で顔面から転んでしまった私は今この場で一番縁起が悪い存在という事なので悲しくなった。
というか、あれ?あのもさもさ頭最近どこかで見たような…。


その後、ホールで実技の講習をうける事になったのだが、偶然なのか何なのか目の前にはあの中山くん被れのヤンキーとモサモサ頭の男子が座っていた。こいつら知り合いなのかよ。
モサモサくんの方は講義中なのに始終ブツブツと何かを呟いていて説明に集中出来ないし正直煩いな〜と思っていたら、案の定他の受験者も気にしていたようで後半にはメガネの優等生っぽい男の子から注意されていた。ああ言うズバッと人に指摘できる人は凄いと思う。

試験内容は対ロボット戦でのポイント稼ぎという事で、最初に危惧していたような受験生同士のバトルロイヤルじゃなくてホッとした。皆が自分の個性を生かして多種多様な技でロボットを破壊していく中で、私も自分の個性を上手く利用して着実にポイントを稼ぐ。私の個性は"オーガ"。簡単に言えば自分の体を鬼化する事で文字通り人間は慣れした身体能力と肉体強化をする事ができるという個性なのだが、単純で使い勝手は良いが鬼化しすぎると我を忘れて暴走してしまうので少しネックである。それに何より見た目がゴツいので思春期の女子高生には辛い個性である。

取り合えず鬼化10%程度にして探索しているとビルの角からロボットが現れたので、まず手始めに慣れた手付きで足元に落ちていた石を拾って思い切り投げる。10%程度では少し筋力が発達しているだけなので鬼化を30%程度にまで進めてそのままの勢いで殴り倒そうと思ったのだが、以外と単純なロボットだったようでオプティックに深々と石が減り込んで後ろに倒れて以降はギギギッと音を立てて動かなくなってしまった。とことん対人戦では無くて良かったと思う。
私の個性は戦闘向きではあると思うが、まだ力の制御や感覚がイマイチ掴めていないので今のように少しの鬼化で済んだであろう戦闘でも余計なパワーを使ってしまう。日常で鬼化する事などほぼ無いし、鍛えようにも40%以上にすると暴走してしまうのではという恐怖から自分の力の幅が自分で解らないのが歯がゆい。
未だに暴走した事はないが、鬼化している時の自分は普段より幾分高揚していていつこれが破壊衝動へと変わるのかが怖くて常に精神を張り詰めているので実際には個性が発動してる時はすごく精神的に疲れるのだ。この試験も早いところ特典を稼いでおきたいところだ。

しかしそう思ったのも束の間、ロボットへの対応はある程度なれて来た時に、全く関係ないところでつまづいて勢いよく転んでしまった。顔面から強めに地面へダイブした時、「あ、デジャヴだ」と冷静に思った。そう言えばあの金髪ヤンキーくんはどんな個性だったんだろう。
精神を集中させて自分を見失わないようにしなければならないというのに、まさかのアクシデントで膝や強打した鼻からダラダラと流れ出る血に焦る。
落ち着こう。集中して対処すれば問題ない。おkおk、深呼吸だ名前。お前ならやれる。
周りに邪魔なロボットが居ない事を確認して、さっきの怪我で出て来た血をジャージで拭う。血をみて一瞬大きく跳ねた心臓を落ち着かせるように目を閉じて集中して徐々に鬼化を解いていく。もう十分得点も稼いだし、周りにロボットが現れない事から恐らくほとんどのロボットは破壊されてしまったんだろう。それなら必要以上に個性を発動する事もない。瞬発的に出したりしまったりできる個性だったらこんな面倒な事にはならないのかなぁと少し羨ましくなった。

鬼化も無事解除できて精神的にも完全に落ち着いたけど、思っていたよりも大量に鼻血を出してしまったようで少し頭がくらくらする。あ、そう言えばよく考えなくても頭を強打したんだから当たり前か。

『いやもうめっちゃ眠気がすごい…。この辺にはロボットももう居ないっぽいし、早いとこ試験終わって…。』

青い顔でブツブツと呟いている私を怪訝な顔で見ながら通り過ぎて行く受験生達が羨ましいぞちくしょう…。



さっきとは違うエリアでたまにロボットに押し負けてる人をポイント稼ぎ感覚で助けつつ、多分なんだかんだでトータル50ポイントくらいは稼げたかな〜という頃、ドシンッと地響きがなった。疲労で倒れる寸前の私への追い打ちはやめてくれ。頭が痛いんだ。
周りの生徒も何だ何だと騒いでいると、前方からひと際巨大なロボットが出現した。あれは…確か説明であった0点のロボットだ。

『こんなでっかいの難なく倒すには多分80%くらい出さないと無理かなぁ。まあ、倒せてもその場合多分わたし暴走してロボ以外も壊すけど。』

倒せるとは思っていないが、逃げまどう受験者に混ざって一緒に後方へ走りながらも一応あのロボットに勝てる対抗策を考えていた私は後ろでもの凄い爆音がなった事に気付いて足をとめて後ろを振り返った。


まじか。


さっきの巨大なロボットを、誰かがパンチで破壊したのだ。
とても驚いた。あの場にいた全員が逃げていると思ったのだ。あんなものに勝てるわけが無いし、勝てたとしても別にメリットは無い相手。寧ろ大怪我してしまう可能性があるのでデメリットしか無いだろう。ある程度戦闘向きの個性の自分がそう思ったのだから、周りの受験生だって全員同じ事を思っていると思ったのだ。
だが、あの人は立ち向かった。力強いパンチでロボットを圧倒する彼は、まるであの有名なオールマイトみたいだった。そう言えば爆音と一緒にスマッシュって聞こえた気がしたな。ふとロボットの足元を見ると女の子が瓦礫に押しつぶされていた。ああ、あの子を助ける為にロボットに立ち向かったのか。滅茶苦茶ヒーローしてるじゃん。

『あ!あの人、今朝の公園のヤバい人だ!』

臨海公園で半裸で叫んでたヤバい人の事を思い出した直後、押し寄せてきた疲労感で私の意識はぷつっと途絶えた。
目が覚めると、まださっきの試験会場の建物にもたれていたので気を失ったのはほんの十数分だったようだ。
しかもあろう事か頭はまだくらくらするが戦闘でついた体の細かな傷などが殆ど塞がって綺麗になっていた。訳がわからず、取り合えず近くに居た凄い目がキラキラしている受験者に何があったのか尋ねてみると、

「ふふ、キスの力だよ!」

と更に謎が深まるような事をウィンクと共に言われて大丈夫かコイツって言った。
その直後、私はまた意識を失った。疲労って怖い。








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入学試験の話と主人公の個性の使い方のチュートリアルみたいな話です。
書いてて凄い燃費も操作性も悪くて可哀相な個性だなって自分で思いました。