小説(MSSP) | ナノ






▼ MSSP 7

■注意事項
・今までの軍パロを総括する章となります。
今回は前回の続き、中編の後編となります。
今までの投稿と比較すると、大変短い文量となり、あまり展開に変化がないと感じられるかもしれません。
どうぞご了承下さいませ。
……なんか中前編とか区切り方ごちゃごちゃしてきて自分でも??ですが…;;

前回の投稿へのたくさんの閲覧、評価、ブクマ、有難うございました…!
本来ならば今投稿でラストまで完走させるはずだったのですが、不甲斐ない気持ちでいっぱいです。肉だけカレー食べたくない!!(笑)
今後共楽しんで頂けるように、精進して進めさせて頂きたいと思います。

・以前の投稿にありました『各伏線編』に沿って、『隊長編』となります。
お話の中で、それぞれのメンバーやゲストが殺伐とした喧嘩腰なやり取りを多くするかと思われます。
それはまず一つ『MSSP解散の危機』がテーマであるお話が故に、ということを、どうかご理解下さいませ。

・今回、彼らの安定の保護者ボンレスハムさんや 笑顔動画の運コメといえばこの方!というゲスト様が登場します。
お二方のことはMSSPさんの公式生で拝見しているだけの人間が、イメージだけでパロディさせて頂いております。
このすべてがあくまでも投稿者の拙い妄想知識からなる『二次創作』であるということを、ご了承下さいませ。

・個人的には『なんだかんだあったけど、これからも「よろしくぅ!」』というハッピーエンドを着地点として書かせて頂きたいのですが、そこに至るまでに少々お時間がかかります。
悲しいお話、辛いお話は相応しくない!読みたくない!と感じられる方は どうぞ次のページはお読みにならないで下さい。お願い致します。

・公開に関して問題があればマイピク限定として収めさせていただきたいと思いますので、もし問題があるようでしたら どうぞご教授頂ければと思います。


ここまでお目をお通し頂き、有難うございました。
上記の件に 問題ないよ!というお方は、どうぞ最後まで楽しんで頂ければ嬉しいです。


[newpage]


「とりあえず連絡は取るよ。でも、期待はしないでね」
結局、大佐は流離う医者にコンタクトを取ることは約束してくれたが、確実な安心感を得ることは出来なかった。

「よろしくお願いします」
大佐の駐在室から一礼して退室したあろまは、ふうと一つ溜息を零す。
(…ひとまず第一段階はクリア…か?)
ひろゆきという人物がどれだけ食えない人間なのかは、情報操作の巧さを見れば検討がつく。
(下手に期待をさせて失望させるよりは良い)という大佐の心遣いは、あろまも充分に理解していた。

あとは相手がこの話に乗ってくるかどうか。こちらに時間を割いてもらえるかどうか。
こればかりは運に任せるしかない。
けれど少しでも脈があるのなら、そこから先はなんとしてでも承諾させるつもりだ。

(……あとは、まぁ一応アイツにも話通しておかねぇーとか)
どう転ぶか読めない状況ではあるが、えおえおにもこの話をしておくべきだろう。
大佐の口ぶりから察するに、ひろゆきがえおえお自身を気に入るかどうかもとても重要だ。
何が合否を分けるのかは定かではないのだが…。


上司との冷戦を終えたあろまは 階段を降りて自室へと戻る。
ひろゆきのデータを揃えた上で、えおえおに話を持っていこうと思っていた。
「……。」
しかし、角を曲がったところで、あろまの足は止まった。

FB777が、あろまの部屋のドアに背を預けてしゃがみこんでいた。

「あ、…おかえり」
帰って来たあろまに気がつき、FBは腰を上げた。
あろまを迎えるその表情には、少々気まずさが伺える。
対してあろまは、足を止めたまま何も答えず、FBを見据えた。
その冷え切った視線に怖気付いて、FBは言おうと決めていた言葉を吃ってしまう。

「〜あ、あのさ、あろま…」
緊張した面持ちのFBを無視して、あろまはポケットから端末を取り出した。
そしておもむろに、どこかに回線を繋げた。
「あ、俺だけど。なんか俺の部屋の前にウザくてキモいゴミが居座ってるんでー、今すぐ即行で回収に来てもらえませんかね?」
「うえええ!?何それ!?お前この状況で誰に電話してんのぉ!?」
淡々と通話を始めたあろまに、FBは思わず衝撃を受けて大声で突っ込む。
しかしあろまは構わずに通話を続けた。
「…はあ?」
電波の向こうから返ってきた言葉を聞いて、あろまは顔を苦くする。
「ふざけんな死ねハゲくそ!意味分かん…あ!おいコラ切んじゃねぇーよ!?」
話している途中で切られてしまったらしい通話に、あろまは盛大な舌打ちをする。
「何なのよマジ、あいつ死ねや!」
端末に向かって暴言を吐き捨て、ムスとした表情で画面を睨んでいる。

「…〜」
FBは(出来るだけ穏便に)と思ってたのだが、何故か最初からあろまの怒りゲージが高い。
恐る恐る、あろまの顔色を伺った。
「えー…と?あろまさん?俺もう話してもいいですか?」
「…何よ、俺忙しいんだけど」
そこでようやく、あろまはきちんとFBに応えた。
端末をポケットに戻し、射に構えてFBを見やる。
その視線に FBはうんと頷いた。

「いや昨日の話にね、ちゃんと決着をつけないとと思ってさ」
「あん?」
ギラリと手厳しい目力を向けられても、FBは引かなかった。
本当は少し怖い。でも、……これだけは譲れない。

「昨日の事、正直俺も言いすぎたと思うけど、でもさ、あろまも言い過ぎだと思うの、俺は」
物怖じせずに主張を譲らないFBを見て、あろまはふんと鼻を鳴らす。
「……で?だから何だよ」
先を促すあろまに、FBはにやんと挑発的に笑ってみせた。
「でさ、俺さっきエリア4の演習場借りてきたから、今から二人で1オン1しない?」

どうせこの和解は一筋縄ではいかないと、FBは分かっていた。
自分の言い分も、あろまの言い分も、どちらが正しいなんて決められるものじゃない。
あろまの言いたい事も分かるけど、自分にだって言い分はあるのだ。
それを腹を割ってぶつけ合うには、この方法が一番良いとFBは結論づけた。


1オン1。
その誘いで、あろまはFBの意図を汲み取る。
「なるほどな」と腕を組んで、FBを舐めるように流し見た。
「負けたほうが謝れって、そうゆう話か」
「そう。どう?分かりやすいし、後腐れなくていいでしょう?」
挑発的なFBの笑み。
小首を傾げて覗き込むように見やってくる彼を、あろまは鼻で笑う。
「はっ、お前俺に勝てると思ってんの?」
打ち返された挑発に対するFBの目は、いつも以上に真剣だった。

「思ってるよ」

凛と、強く気持ちを込めた声色。
FBがそんな風に挑んでくるのは珍しい。
頑として譲らないと宣言しているその様子を眺め、あろまはまた「ふーん」と相槌をする。

「ずいぶん自信があるんだな?」
「そりゃ俺だってMSSPのメンバーだからね。何、もしかしてあろまちゃんビビっちゃった?」
「ざけんな、分かった。その話、ノってやるよ」
売り言葉に変え言葉。そんな調子ではあったが、あろまはFBの提案を承諾した。
好戦的に見返してくるあろまに、FBはにししと笑う。

「よし、じゃあ決まりだな。30分後にエリア4集合でいい?」
「おう。覚悟しろよ、じわじわとなぶり殺しにしてくれるわ」

こうして、FB777とあろまほっとの互いの意地を賭けた勝負は開始した。

エリア4はMSSPが最も好んで利用している演習場。
互いに地図は完全に頭に入っている上に、個々の戦略傾向も把握済だ。
どちらが勝ってもおかしくない1オン1。
力が拮抗している相手との真剣勝負ほど楽しいものはない。
自然と二人は昨晩の辛辣な衝突を忘れ、全力で挑み合っていた。

「FBちゃんイイねイイねー!」
「ちっくしょ、あいつマジうぜぇー…!!」
基本的に近距離特攻型のあろまのほうが、多少部が悪かった。
上手を陣取ったFBはあろまに距離を縮ませず、得意のロングショットであろまにペイント弾を撃ち込む。
「チッ!」
「来たコレ!やったでしょ!」
演習服に貼り付けられた急所を表すパッチ。あろまはそこに軽い衝撃を感じ、苦々しく舌を打った。
見事急所にペイントが命中したことをスコープで見届け、FBは「いえーあ!!」と隠れていた壁からガッツポーズを上げた。

FB777の勝利が決まった瞬間だった。

「〜〜あークッソ!マジムカつく、何なのよもうー」
うがー!と吠えるあろまに、FBは得意げな笑みを浮かべて寄っていく。
「俺の勝ちですよ〜?あろまちゃ〜ん?」
「〜死ねハゲ!」
ちくしょー、と地面にダラけたあろまは、脇に立ったFBを悔しげに見上げる。
なんとも大人気ない負けず嫌いを見せてくるあろまに、FBは歯切れ良く「はっはっはっはー!」と偉そうに笑った。

「ほらぁ、ちゃんと謝れよー?勝負事には潔く負けを認めることも必要なんだぞ、あろまさーん」
「…なんかもう、その言い方が腹立つんだよなぁ…」
非常に不本意ではあるが、負けは負けだ。これを認めないほど、自分は馬鹿ではない。
あろまは潔く謝罪しようと立ち上がり、FBの方を正面に向く。
しかしFBは、頭を下げようとしたあろまを「いやいやいや」と阻止してきた。

「…あ?何よ」
「謝るのは俺にじゃなくて、隊長にって話だよ」
「………はい?」
なぜここでえおえおの名前が出てくるのか、あろまには掴めなかった。
ポカンと目を丸くしたあろまを、FBは真摯に見据えた。

「…あろまだって、分かってんだろ。えおえおが俺らのこと気にしてずっと我慢してたんだってこと…」

当たり前だ。
咄嗟に浮かんだその言葉を、あろまは唇を噛んで喉の奥に飲み込んでしまう。
うぐっと罰が悪そうに口を紡ぐあろまを見て、FBはあの時言いたかったことを正直に伝える。

「今まで無理して頑張ってくれてたんだからさ、あんま酷いこと言わないでやってよ。俺はそれが許せなかったの。だから謝ってほしいのは、俺にじゃなくてえおえおになんだよね」

えおえおは充分すぎるほど自身の失態に嫌悪して、落ち込んでいる。
それに追い討ちをかけるような事を、チームメイトに言って欲しくなかった。
もちろん、医術を心得ている身でありながら何もフォロー出来ずにいたあろまの痛みも、分かっているつもりだ。
だからFBは「それとね、」と言葉を続け、あろまに軽く頭を下げた。

「…俺も、あれはさすがに言い過ぎたと思う。あろまだってえおえおの事何も出来ないでいるのキツかったっしょ?ごめんな」

少し困ったように眉を寄せたFBの小さな笑顔に、あろまは反論出来なかった。
えおえおの容態や、MSSPが置かれている現状。そして辛辣に投げつけられたあろまの言葉に、誰よりも絶望したのは、きっとFBだ。
なのに、この男は自分ではなく隊長を気遣ってほしいと主張して、更にはあろまも傷ついただろうと謝罪してくる。
(……何言ってんだよ、バカじゃねぇーの…?)
優しすぎる。甘すぎる。そう呆れる一方で、だからこそこの男はFB777なんだと思い知った。

「…お前は本当に馬鹿だな?」
「ええ?何さ急に。ひどい」
FBはいつもの調子で、ガハハと豪快に笑う。
その底抜けに明るい笑みを呆れ見やりながら、あろまは観念した。
敵わないと思わせる力を持った奴が、ここにも居たのだ。

「あー、俺お前のそうゆう無駄にポジティブなところ好きだわー」
「えー?何それ?なんか馬鹿にされてるようにしか聞こえないんだけど!」
あろまの棒読みの賛辞に、FBは目を据わらせる。
「そもそもこれってポジティブって言うの?」
「知らねーよ。とりあえずもう一戦付き合えや。今度こそ嬲り殺しにしてやる」
「なんでもう一回やる必要があんの!?しかも何その陰険な感じ!勝敗を根に持つなよ…!」
「うるせぇーな、いいからお前も準備しろ」
「えー?マジで?俺腹減ったんだけどー!」
「知るか!」
あろまはFBの制止を聞き入れずに二戦目の準備を始めようとする。
「負けず嫌いだなぁ」とその背中を笑いながら、FBは白状した。

「まぁでも俺、若干今回は勝ち目があるって分かってたからな」
「…あ?」
「あろま昨日寝てないんでしょ?さすがに徹夜明け相手だったら勝てるって。てかさ、えおえおの事治せそうな医者って、どんな奴なの?」
FBが甚く当然のようにそう質問してきた。
あろまは思わず一拍 ポカンと間を空けて、FBを指差す。

「……え?お前なんで知ってんのよ?」
「きっくんから聞いた。きっくんは「あろまが寝起きの時に机の上を盗み見てきたぜぇー」とか言ってたぞ」
FBが得意げに披露するきっくんのモノマネを、あろまはスルーする。
「はぁあ!?」
全く似ていないモノマネなんかよりも、思わぬところからの情報漏洩を知り、ツッコミどころではない。
「何勝手に人の机見てんだアイツ!?」
「えー、でも見られたくない物その辺に広げてたあろまも悪いんじゃなーい?」
「…あ?」
FBは地雷を踏んだことに気がつかず、「だって相手はきっくんだよ?警戒するべき相手だって分かるでしょー?」と あっけらかんを言い放った。
「あろま先生は寝起き弱いからなぁ。だからきっくんにしてやられたりするんだってー」
「………。」
あろまの異様に優しい微笑みが、不穏にヒクリと引き攣る。

「…なるほどな。まずはお前からだなFB?」
その声の悪どさを察したFBはヒッと息を飲み、慌てて弁解を始める。
「え!?ちょ、え待って!なんでなんで!俺間違ったこと言ってないじゃん!」
「連帯責任に決まってんべや、きっくんがやった事ならお前も一緒に償えや!」
「俺別にきっくんと何も関係ないし!?」
あろまが手に近接武器を取ったことを確認し、FBは脱兎のごとく背中を向けて駆け出す。
「逃がすかハゲ!」
「俺どこも禿げてねぇーよ!?」
悲鳴に近い反論をしてくるFBに、あろまは理不尽さを一切遠慮しなかった。
FBを追いながら、断言する。
「じゃあデブ!!」
「デブでもねぇーよ!つかなんで全力で追っかけてくんのー!?」
「お前が逃げっからだろ!」
「アンタが追ってくるからでしょー!?」

FB777の悲鳴は、虚しくエリア4第二回戦の開幕の合図となって響き渡った。




寮の地下に備えられた、射撃訓練室。
いくつものレーンが横に並ぶそこは、今はしんと静まり返っている。
えおえおはそのレーンの一つで、ハンドガンを構えていた。
強い違和感と痛みで、肩が小刻みに震えている。それでも全神経を集中させ、狙いを定めた。
撃ち込んだ弾は一発。
銃声は狭い室内に反響し、耳に残る。
銃身から受ける衝撃は腕から肩全体に及び、更に激しい痛みを走らせた。
えおえおはきゅっと唇を噛んでその痛みに耐え、ゆっくりとハンドガンを降ろす。
弾道は、この距離から見ても一目瞭然だ。
人型の的に残された銃痕は、本来の狙いからは大きく外れている。
「……くそ…」
ボソリと、えおえおの口から自身を侮辱する呟きが漏れた。

昨晩のあれから、MSSPのどのメンバーとも顔を合わせていない。
部屋にいれば誰かが…FB辺りが様子を見に来るのではと予感して、えおえおは訓練室に篭っていた。
何もかもから逃げている自覚はある。
不安や焦燥感で荒れる気持ちを落ち着かせるには、こうして銃に触れていることが一番だった。
長年戦場を共に駆け、自分や仲間も救ってくれた愛銃。
不甲斐ない使い手になってしまってすまないと、えおえおはハンドガンの背を労わるようにそっと撫でる。

「……悪いな」

チームを代表する隊長という立場。
好戦的で、人の言う事なんてほとんど聞かない手のかかる顔ぶれ。
えおえおは今までそんな三人を率いてまとめる立ち位置にいた。
率先してリーダーを名乗るわけでもなく、それらしい事なんて何一つしていないのに、FBはよく「隊長のおかげで今の俺達がいる」「居場所がある」と笑う。
けれど、今改めて強く思うのは、居場所を与えてくれていたのは他でもなく、あの部下達だったのだということ。
そしてもう、きっとあそこに戻れないのだという現実。

「……辞めたく、ねぇーなぁ…」
今更何を言ってるんだ。
呟いた自身の言葉の頼り無さに、小さく苦笑う。
胸が重く、痛い。
えおえおの心には、再起を誓う強さよりも、諦めに近い失望が大きくなってきていた。
深呼吸でその重みを受け止め、もう一度ハンドガンを構えた。

「あれ!?ここってこんな広かったっけ!?」
「っ!?」
次の狙いを定めていたえおえおは、突然室内に降って湧いた声にビクリと肩を跳ねた。
驚いて 構えた姿勢のまま声の方へ顔を向ける。

「あっれー?あの人の部屋って上の階だったのかな?もう間取り全然覚えてねぇーなぁ」
つい先程までえおえお独りだったはずなのに、壁際に見知らぬ男が立っていた。
軍服は着ていない。どこにでもいそうなカジュアルな青年で、顎に無精ひげを生やした軍人らしからぬ風貌をしている。
男の身なりはどこからどう見ても、不審者だ。
しかしここまで入室を許可されている以上、彼はおそらく軍関係者だろう。

「……?」
えおえおはゆっくりと狙撃姿勢を解除し、ハンドガンを台に戻す。
「レーン増えたなぁ〜」と感慨深げに訓練設備を見渡す男に、えおえおも首を傾げた。

「…あの、どちら様ですか?」
そう声を掛けられると、男は軽く笑って自己紹介を辞退する。
「あ!いえいえどうぞお気になさらずに。続けて下さい」
「……いや、見られてると気が散るんすけど…」
「あ、じゃあちょうど良い練習になるんじゃないですかね?」
何でもないことのように笑った男は、どうぞどうぞと両手でえおえおを促す。
そう言われても、こんな形で見学されるなんて慣れていない。
えおえおは「いやー…」と困惑した様子で後ろ首をポリポリと掻く。

「あ、もしかしてどっかに用ですか?」
「あー、まぁ実は友人にちょっと会いに来てみたんですよ。でも彼の部屋どこに移ったのか聞いてなくて」
「もし良かったら案内しますよ。分かれば、ですけど…」
極度の方向音痴である自分に寮の案内が出来るかは些か不安だが、所属が分かればだいたい寮棟の検討はつく。
そう申し出たえおえおに、男は「いえいえ」と首を横に振った。

「大丈夫です、問題ありません」
「…そうですか」
なんだか掴み所のない空気を持った男だ。その笑みと返答も、釈然としない。
えおえおからの不審げな眼差しを受けても、男はそこから動かずに射撃を促す。
「撃ってるとこ、見せてもらってもいいですか。こうゆう訓練の空気って長年吸ってないから懐かしくって」
「いや、でも俺、人に見せるほどの腕じゃないですけどね」
「いいんですよ、えおえおさんの射撃を見たいだけなんで」
「……はぁ…」

正直、今の状態で射撃を披露するのは気が引ける。
けれど男の折れる様子のない笑顔に観念して、えおえおは溜息を吐いた。
半ば自棄糞になってハンドガンを持ち上げ、一気に全弾撃ち込む。
「…っつッ!」
肩にひどい痛みが走り、息が詰まる。小さく漏れた苦痛の声。
的に空いた穴の位置はバラバラで、エイム力の低下を顕著に表していた。

「……。」
ぐっと痛みに耐えて肩を押さえるえおえおを、男は横から黙って見つめていた。
微かに口の中で「ふーん」と何かに納得し、腕を組む。
その視線は先程までの人当たりの良い笑みから、すぅと見定める鋭いものに変わっていた。

「すみません。リハビリか何かでしたか?」
気遣いを感じさせる落ち着いた声色に、えおえおは顔を上げる。「ええまぁ」と苦笑って頷いた。
「…そんなようなもんです。すんません、カッコ悪いとこ見せて」
「いえいえ」
男はこれ以上の長居は悪いと思ったのだろうか、壁に寄り掛かっていた背を起こして軽く頭を下げた。
「お邪魔してしまってすみませんでした」
手でえおえおに練習の再開を促しながら、いそいそと出口へ向かう。
「どうぞどうぞ、練習続けて下さい。俺はここで失礼しますので」
「…?はぁ」
まるで逃げるように訓練室を出て行った男の姿を、えおえおは怪訝に思いながらも会釈して見送る。
こんな腕前を見せて、相手に気まずい思いをさせてしまったのだろうか。
そんな思慮深いタイプには見えなかったのだが。
それに、男がやけに訳知ったような表情を見せたことに引っ掛かりを覚える。
えおえおが不審に思う間に「失礼しました」という声と共に、パタリと射撃訓練室のドアを締める音がした。

「………。」
室内はまたもえおえお独りきり。
しん…と人の気配が消えた空気を感じながら、ふぅと一息つく。
肩の痛みは波のように少しずつ引いていく。
しかしおそらくまた無理な衝撃を受ければ激痛が走ることは予想できる。
「……〜」
分かっているのに、それでもどうしてもあと一歩、諦めがつかない。
えおえおはもう一度ハンドガンのリロードを始めた。
その指の動きが、はて?と止まった。思わず顔を上げて、えおえおは首を傾げる。

「あれ。俺、自己紹介したっけ…?」
男は確かに自分を「えおえお」と呼んだ。
あまりにも自然だったので聞き流していたが、自分はあの男と面識はない。
なぜ知られているのだろうかと不審に思った。
「……まぁ…いいか」
隊長という肩書き故に参加した会議や作戦は多くある。
もしかすると自分が覚えていないだけで、会った事のある人物だったのかもしれない。
だとしたら初対面な態度をしてしまったのは失礼だったかもしれない。
少し気がかりに思いながらも、台の上に転がっている銃弾を一つずつ摘み上げ、装填していった。


それから何度かの射撃を繰り返していた頃、訓練室には次の入室者がやってきていた。

「―…えおえおお前、何してんの?」
「!」
突然降って湧いた声に、えおえおはギクリと肩を張る。
背後から響いたその声の主が誰なのか、今度はしっかりと悟る事が出来た。
恐る恐る振り返ると、そこにはやはりきっくんがいた。

腰に手を当て、射に構えた彼の様子は、明らかに怒っているように見える。

「ねぇ何してんの?何余裕こいて射撃訓練とかしちゃってるのお前?」
「…あー…いや、…ヒマだったから?」
ポリポリと罰悪く頬を掻くえおえおに、きっくんは声を荒げる。
「は!?言うに事欠いてヒマだと!?お前は療養をなんだと思ってんだ!」
「いやだってさ、俺一人で部屋に居てもする事ねぇーし」
「だー!もー!お前は自分がヤバイっていう自覚あるんか!だいたいなぁ、」
きっくんがえおえおに詰め寄ろうとした瞬間、ピリリ!ピリリ!と甲高い電子音が鳴り響く。
「〜だぁ!誰だよもう!」
きっくんはむぐぐと説教を飲み込み、胸ポケットから端末を出す。
けれど画面で着信相手を確認すると、ふと小さく笑った。

「来た来た」
完全にふざけるつもりの表情で通話ボタンを押し、耳に当てる。
「はいはーい、こちら古に伝わりし漆黒の堕天使キックンマークツーでーす!」
なんて酷い出方だと思うが、きっくんの電話対応はこれが通常運転だ。
「えーっとですねー、その案件に対する処理は当店では承っておりませーん。お客様の手でどうにか改善なさって下さーい」
何の話題なのか一切分からない返事に、えおえおは首を傾げるばかり。
「はいじゃあどうもお電話有難うございましたー!全世界のみんな、ばーい!!」
ポチ。
おそらく、きっくんは相手の話を一切聞かずに無理矢理通話を終わらせた。
電話の相手が誰かは知らないが、少し不憫に思えるシャットダウンだ。

「…え。電話そんな切り方でいいの?」
さすがにそう問いかけるが、きっくんは「いいのいいの」と軽く笑う。
「俺らには関係ない話だから。気にしないで」
「……あぁ、そう?」
「そうそう」
きっくんは端末を胸ポケットに戻し、さてと話題をえおえおへと戻す。

「で。えおえお、お前は何してるんだっけ?てか、何しなきゃなんないんだっけ?」
「……療養だね…」
「んじゃお前、今何してるかもう一回言ってみ?」
「……悪ぃ」
隊長がしゅんと肩を小さくする。その様子に、きっくんはやれやれと息をついた。

「なぁ、なんでそんな腕で銃握ろうと思うの?痛いんでしょ?」
「……部屋にいたらFBとか来そうだったし、これが……コイツ持ってる時間が一番落ち着く」
「もう持てなくなるかもしれないのに?」
「、………」
きっくんの言葉はいつもより辛辣で、えおえおの胸をチクリと刺す。
俯いて何も言い返せなくなったえおえおをじっと見据え、きっくんは続けた。

「俺さ、分かるよ?えおえおが射撃が好きなの、よく知ってる。でもさ、今それやられると俺らの居場所が無くなっちゃうんだよ」
言い聞かせるように、ゆっくりと、しっかりした声で。

「俺はえおえおに入隊誘ってもらって、スゲー良かったなって思ってる。
FBは口うるさいし意外と頑固だしすぐ無茶するしで本当しょうもない奴だけど、でも喋ったら思考回路俺と一緒だし。
あろまは、あいつすぐ怒るし天邪鬼なことするし言うしでスゲーうるさいけど、でもちゃんと俺の言う事とかする事見ててくれてるし。
俺みたいな奴の為に、いっぱい色んな事してくれるし、バカにも付き合ってくれるし、俺本当にMSSPのこと、大好きなのさ」

「だからさ、」と続くきっくんの声に、えおえおはそっと顔を上げる。
えおえおに向かうきっくんの目は真っ直ぐで、真摯で、ほんの少しだけ笑っていて、それでいてどこか泣き出しそうだった。

「だから俺、MSSPの為なら何でもするし、お前らとだったらどこへだって行けるよ」

それは自分も思っていたことだと、えおえおは気付かされる。
辞めたくないと思うのは、銃撃戦が好きだからじゃない。彼らがいるからだ。
いつだって傍にいて、笑い飛ばして、肩を組み、背中を押す彼らがいるからだ。

「えおえおはそうじゃない?これって俺の独りよがりかな?」
きっくんの問いかけに、えおえおはゆっくりと目を閉じ 首を横に振った。

「……いや、俺もそう思うよ。俺だって、出来るなら辞めたくない…」
「………。」
えおえおの想いはとても静かで、諦めを含んでいるように思えた。
だからきっくんはわざと声のトーンをあげ、唐突に提案した。

「えおえお!俺と契約して射撃先生になってよ!!」
「…………は?」

どこかで聞いたことのあるような調子で告げられたその発言に、えおえおはぽかんと呆気にとられてしまう。
「…え、何言ってんだきっくん?」
「だーかーら!」
先程まで神妙だった空気はどこへやら。
きっくんはズカズカとえおえおに歩み寄り、射撃台にあるハンドガンを手に取った。
遠くにある的に狙いを定める表情は、子供のようにキラキラとしている。
何がなんだか分からないと困惑するえおえおを尻目に、きっくんの握るハンドガンは3連発を撃ち鳴らす。
銃弾は見事に的の端ばかりを撃ち抜いていた。

「…おい下手くそだな、きっくん。逆に凄ぇーよ」
「だろ!?」
「いや褒めてねぇーから!」
得意げに笑顔を見せるきっくんの提案は続く。
「いや、だからさ、俺に遠距離射撃教えてよ。したらさ、えおえおは撃たなくていいじゃん。腕に負担かけなくて済むじゃん。んで、俺は射撃が上手くなってMSSP存続の一手を担えるってわけ!どうよ、これ凄くない!?」

思いもよらない申し出だった。

「………存続って、そんなん」
無理じゃないのかと言おうとしたところで、きっくんの声に遮られる。
「大丈夫だって!心配すんな!FBとあろまがなんとかしてくれる!」
「きっくんは何もしないのかよ!?」
「お前だって何も出来ないだろ!」
「っ痛いとこ突かないでくれよ、地味に傷ついてんだから!」
「うるせぇ!俺だってショック受けてるよ、なんでお前俺らに一言も言わないで一人で無茶してんだよ!!」
「、っ……」
言葉を飲んだえおえおに、きっくんはここぞとばかりに言う。

「俺お前のこと絶対辞めさせてやらねぇーからな!罰として俺にしっかり教えを乞われるんだぞ!」
そう言って、ぷっくりと頬を膨らませる。おどけて茶化してみせてはいるが、言葉はどれも本音だ。
その言動がどれも心にくすぐったくて、えおえおは観念してしまう。

「……なんだよその罰。いつもと変わんねぇーな」
ふふと思わず小さく笑ってしまう。
「分かったよ」
本当に、この破天荒には敵わない。最強だ。
「俺もきっくんがこのまままともな射撃も出来ないままでいられんのは困るし。FBとあろまに教えられるとも思えんし。まぁ少しぐらいは付き合ってやるよ」

例えばもうこの銃を握り、彼らと戦場を駆ける日が来ないのだとしても、自分に出来る事をしよう。
きっときっくんは、その道の一つを教えてくれたのだ。

「少しぐらい?えおえおー、お前の思うと「少し」と俺の思う「少し」が必ずしも同じとは限らないんだぞ?」
「え?1時間ぐらいじゃないの?」
「短っ!そんなわけないだろ、半年だ半年!」
「マジかよ…!長くねぇーか…!?」

ケラケラ笑うきっくんに釣られて、えおえおも自然と笑い出す。
腕に走る痛みは消えない。
胸に燻る葛藤や苦しみも残っている。
隊長に、MSSPに、戻りたい。でも今の自分では戻れない。
戻れる希望はないかもしれない。
でも、どちらに転んでも耐え抜こう。
彼らの居場所を守り続けよう。
「辞める」なんて、自分の口からはもう言わない。辞めろと言われるまで。



MSSPという小さなこの場所が、自分だけのものではないのだと覚悟した。




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