小説(MSSP) | ナノ






▼ MSSP 5



本当は、隊長の様子がおかしいって、気がついていたんだ。


今回MSSPに任された特攻作戦は、現在、第一段階をクリアしたところだ。
このあと到着する援軍を待ってから、第二段階へと進行する。

鎮圧したエリアの片隅で、MSSPは束の間の静けさの中にいた。
過去の空爆で天井が吹っ飛んだビルの一角から、きっくんは目元に手をかざして遠くを眺めている。

「早く援軍来ねぇーかなー?」
「〜痛い!ちょっと!あろま先生痛いんですけど!?」
その傍らで、背中を丸出しにしたFB777の叫び声が響く。
最後に敵が悪あがきで投げてきた手榴弾。その爆風を背中に受け、FBの背中には軽度の炎症が出来ていた。
そのままでも動きに支障はないのだが、火傷特有のヒリヒリと沁みる痛みはなにぶん気が散ってしょうがない。
手当を頼まれたあろまは、医療キットを広げて その背中にたっぷりの消毒をこれでもかと押し付けていた。

「はいはい、痛い痛い厨乙ですねー」
「いやマジで痛いんだって!?きっくんちょっと見て!こいつ本当にちゃんと手当してる!?」
FBの訴えに、外を見ていたきっくんは 「えー?」と渋って振り返る。
「せっかくこの開放的な景色を楽しんでるのに、なんでお前の汚い背中見なきゃなんないの?」
酷い!とFBが叫ぶ前に、背後から追い討ちをかけられた。
「ほんとよ、このぐらい我慢しろや。もったいないべや、消毒液お前に使うとか」
「ええー…もうそれ手当してる人の発言じゃないー…」

泣き言を言うFBの背中に、あろまは最後、ベシリ!と保護剤を勢いよく貼り付ける。
「はい完了ー」
「もー!乱暴にしないでよぉー」
火傷とは違う平手打ちのヒリヒリとした痛みに、FBは背中をさすりながらも 上着を着直す。
一人目の治療を終え、あろまはきっくんを見上げた。

「きっくんは?どっかやられた?」
「ううんー。俺平気ー」
「おお、珍しいね」
「なんか今日マジで絶好調なんだよね。今日の俺は風になるぜ!!」
「え、千の風になるの?」
あろまからの間髪入れずのツッコミに、FBときっくんは大笑う。
「確かに、きっくんは死んでもお墓にはいなそうだわ」
「眠ってなんかいられねぇーからな!」
「いや大人しく眠ってろや」

きゃっきゃとふざけ合っている三人の会話を聞きながらも、えおえおは少しも笑わず、一人 唇を噛んでいた。
明るい気配のない隊長に気づき、FBは一通り笑ったあとで えおえおを振り返る。
輪から少し離れた場所で、えおえおは壁に背を預けたまま立ち尽くし、俯いていた。
それを見たFBは、一瞬、ギクリと心がざわついた。

「…隊長?」
恐る恐る、そう呼びかける。
えおえおは すぐに硬い表情を引っ込め、顔を上げた。
「ん?何?」
少し息が苦しそうな声色。
「……隊長もどっか怪我したなら診てもらったら?」
「いや、俺も平気。なんでもない」
FBの進言を、えおえおは首を横に振って断った。
その言い方に、言い様のない違和感があった。
FBは少し戸惑いながらも、えおえおを覗くように見た。
「…本当に?」
「本当に。」
「…いやでも、あろまの手当死ぬほど痛いけど、しないよりマシだよ?」
「本当に何でもないから、気にすんな」

えおえおに、いつもよりずっとずっと頑固な空気がある。
FBは隊長の尖った感情の機微を察し、どうしたのだろうかと困ってしまう。

「………。」
FBとえおえおのやり取りを それとなく見ていたあろまは、短く息をついた。
そうして意を決したようにえおえおに歩み寄る。
えおえおは目の前に凛と立ったあろまに、何を言われるのか察し、心を構えた。
「あろま?」
「どしたの?」
なんだか穏やかでない空気を放つあろまに、FBときっくんは首を捻る。

二人を無視して、あろまはえおえおに言い放った。

「もう無理だろお前」
「!……、」
あろまからの鋭い視線を、えおえおは負けずと気の強い表情で受けて立つ。
FBときっくんには何の話なのか全く分からない。
対峙した二人の喧嘩腰に、驚いて目を丸くするばかりだ。

「お前はここで退け。あとは俺達だけでもやれっから」
「駄目だ」
「一人で離脱すんのが嫌なら、全員での撤退命令でもいい」
「それも断る。あと少しだから、このままでも行ける」
「…ふざけんなや」
そこで、あろまは腰に据えていたハンドガンを抜いた。
当たり前のように、えおえおに銃口を向ける。
その行動に、FBはあろまの腕を咄嗟に掴んで声を上げた。
「何してんだあろま!?」
「ドクターストップだよ」
「そんな乱暴なドクターストップがあってたまるか!銃下ろせよ!」
「うるせぇーな、離せや」
FBが怒鳴っても、あろまの声は静かだった。
そのいつもとは違う静かさが、あろまの本気さを伺わせている。

「どうせそのまま出撃したって死ぬんだ。ここで引導渡してやろうっていう優しさだよ」
「…何?ねぇ、どうゆう事?ちゃんと説明しろよ」
あまりにも話が見えないやり取りに、きっくんは痺れを切らしてそう尋ねた。
しかし、あろまからもえおえおからも、返答はない。

「撤退はしない。あろま、約束は守れよ」
えおえおは自分に向けられた銃口に臆することなく、その向こうのあろまを見据える。
「約束なんかした覚えはねぇーな。俺は「めんどくさいから言わない」って言っただけで、誓ったわけじゃねえーから」
「俺なら大丈夫だ」
「お前がどうのこうのってだけの話じゃねえーだろ。自分が隊長だってこと考えろや」

言い合う二人が徐々に苛立っていくのが分かる。
取り返しのつかない方向へと転がり始めているのは、4人ともが分かっていた。
でも、もう止められない。

「ここまで進んだんだ、もういいだろ。今日はここで退け」
「断る」
「…てめぇマジでいい加減にしろ」
あろまの低い威嚇に、えおえおは最後の言葉を口にした。

「俺の判断が気に入らないなら、この隊から抜けてくれて構わない」

FBときっくんはその発言に息を飲み、目を見張る。
「ちょっ、隊長何言ってんの!?」
「お前はバカか!?冗談になんないぞ!」
慌てて何とか取り持とうとする二人とは逆に、それを言われたあろまは一気に冷めた様子で、ハンドガンを下ろした。

「……あっそ、じゃそうするわ」
「え…ちょ、あろま!?」
「え、お前ら何なの?全然ついていけないんだけど!?まずちゃんと説明しろって!」
さっさと手早く撤退準備を始めるあろまに、FBはまたその腕を掴んで行動を阻止する。

「〜何してんだよ!?本気か!?」
「こんな頭悪い隊長についていったら、巻き添え食らってこっちまで死ぬかもしんねえーからな」
わざと、あろまはキットを片付けながら これみよがしに言う。
「人の忠告素直に聞き入れねえー奴が、偉そうに隊長とかほざいてんじゃねえーよ死ね!」
仮にも部下の命すら背負っている立場のくせに。
暗にそう釘を刺している言い方だった。そしてそれは、正論だった。
唇を噛んだえおえおはあろまを見れず、苦し紛れに顔を背ける。

FBは「いやいやいやいや、あろま先生?何、どうしちゃったの!?」と懸命に引きとめようとした。
しかしあろまは聞く耳を持たず、自分の荷物を整え終わると、帰っていこうとする。

「ていうか、だからなんでお前ら説明してくんないんだよ…!?」
きっくんは、これは本当に冗談で済まされない事態だと察する。
「〜えおえお!!」
そして、えおえおを厳しい表情で怒鳴った。
「ちゃんとしろ!!」
「っ、!」
その呼び声で、えおえおは言いすぎたと我に返った。
ここで無理強いすることが、どれだけ隊にとって危険なことか、自覚している。
自分が限界だということにも、気がついている。
それでもどうしても『撤退』を選べない自分自身に、憤りさえ感じた。

あろまはFBの制止を無視して、この隊から離れていこうとしている。
FBはあろまを引き止める言葉が上手く思いつかず、ジレンマに泣きそうだ。
きっくんは 信じられないと、見損なったような表情でこちらを見ている。

(〜…違う。違う、こうじゃない…!)

一番望まない結果を、自分で招いてどうする?

「〜あろま…っ!!」
切羽詰まったえおえおの声。
叫ぶようなその呼び声に、あろまは静かに立ち止まる。
背中で、続きを聞いた。

「……〜悪ィ、お前の言う通りだわ。……ここで、…撤退する…」

それは、えおえおが望んでいない決断だ。
この撤退は、作戦から退くだけじゃない。もっと重要で、もっと辛辣な事態に直結する決断だ。
えおえおの精神力だけで、出来るだけ先延ばしにしてきた現実。
でも、……もうそれに目を背けることは出来ない。

「………バカだな、マジで」
行き詰まったえおえおの謝罪と決断に、あろまは深く重い溜息を零す。
だからアレほど言ったのに。もっと違う方法は、無かったのだろうか…。

あろまは黙ってえおえおの元へ戻ってくると、彼の分の荷物を持った。

「クソムカつくけど、とにかく話は帰ってからだ」

援軍とすれ違う形で、MSSPはその作戦から撤退するということで本部と話をまとめた。
「隊長が負傷した」と、あろまは報告を上げ、ヘリでの帰還を依頼する。
そして医療班に連絡を取り、帰還後はすぐにメディカルルームを使えるように手を回した。
えおえおの腕が不自然に硬直していることに、きっくんとFBはその時ようやく気がついた。

FBは少し前から感じていた隊長の動きに対する違和感を思いだし、ああ…と両手で目を覆った。

「〜ごめん、隊長…」
その謝罪が、えおえおの心にさらに痛く沁みる。


自分達を回収に来た自軍のヘリを見上げながら、4人は一言も話さなかった。



━━━━



えおえおは、腕を酷使しすぎていた。
彼がよく戦場で使うのは、肩で衝撃を受け止めるタイプの連射射撃銃だ。
本来ならケアをすれば支障は出ないはずなのだが、えおえおの場合はそのあまりの酷使に、後遺症を残していた。
今に始まった話ではない。
ずいぶん前から、メディカルチェックでそれは判明していた。

あろまはMSSPに異動する前から、彼の症状を知っていた。
それ相当のケアをすること。きちんと肩を休ませること。
それが、えおえおが出撃を許される条件だった。

…現実には、それを実行できるほどの余裕は無い。
立て続く長期作戦の中で、メンバーを守るために外せない銃撃。
自分の為に肩を休ませるヒマなんて、ほとんどなかった。
本部に自事情を正直に話せば、もしかすればミッションの発注は抑えられたかもしれない。
でも使えない隊を長く置いてくれるほど、ここは甘い世界ではないのだ。

えおえおは部下達に何も言わず、出撃を繰り返していた。

それとなく、あろまは何度かえおえおに休暇を貰うように進言していた。
「ちゃんとしろ」
無理をしていることは、分かっていた。
でも、えおえおはその危惧を流すばかりだった。

「分かってる」
あろまの言葉を深刻に受け止めていなかったわけじゃない。
自分でも、確実に落ちてきている射撃精度が身に沁みていた。
それでも頑なに治療休暇を取らなかった理由。それは、一言で言えば「怖かった」からだ。

MSSPは戦歴は優秀でも、評判はあまり良くない部隊だ。
どこかの隊にとっては目の上のたん瘤である。
もしも長期間隊長不在のままで放置していたら、解散に追い込まれるかもしれない。

MSSPを、失ってしまうかもしれない。

それが、えおえおの判断を遅らせていた。



ミッションから撤退後、えおえおはそのままメディカルルームへ強制送還された。
手術が必要だとまで言われるほど、えおえおの肩は悪化していた。
衝撃を上手く吸収出来ず、その違和感にエイムがぶれる。
絶対に外せないワンショットを担う事が、身体的にも精神的にもストレスにもなってきている。
今度こそ「手術しないと使い物にならなくなる」と、医療班の総意を受けてしまった。
手術すれば当然リハビリも必要だ。
しかももしリハビリを受けたとしても、再び兵士として戻ってこられる保証はない。

診断を終えたえおえおが部屋に戻ると、そこには部下達が神妙な面持ちで待機していた。
何とも言えない重い空気に、全員が居心地の悪さを感じている。
それでも、話をしないわけにはいかなかった。

「まず何よりも、ここじゃ手術もリハビリも無理がある。そんな難易度の高い手術が請け負えるほどの名医はここには居ないし、設備もない。やるとしたら、一旦部隊長…というか、軍自体から退くことになる」

えおえおがひた隠しにしていた事実は、あろまの口からFBときっくんへと告げられる。
きっくんは椅子に反対向きに跨いで座り、FBは窓辺に茫然と立ち尽くしている。
ドアに凭れたあろまは、腕を組んで 二人を見やる。

「…別に片腕が使いずれぇーってだけで、一般人なら日常生活にそれほど支障が出るわけじゃない。今のご時世、そうゆう手術を率先して請け負ってくれる医者はそういない。命に危険があるような症例じゃないからな、「だったら軍人やめれば?」って話で終わるだろ」

そう言って、チラとえおえおを横目に見る。
えおえおはベッドに腰を下ろした状態で、痺れる腕を庇っている。

「……でもそれじゃ、えおえおはここから居なくなるってことだろ」
きっくんの声は 今まで聞いたことがないぐらいに、小さく神妙だった。
あろまはそれに、静かに頷く。
「そうだ。そんでもってついでに、このMSSPも…解散だな」

『解散』
その言葉の重みに、部屋の空気が一層深く沈む。
えおえおはまるで終身刑の判決を聞く罪人のような気持ちだった。
しっかりと呼吸しているはずなのに、胸が重く苦しい。


「……隊長?」
ポツリと、FBがえおえおの様子を伺うように呟く。それは今にも泣き出しそうな、ギリギリな声に聞こえた。
「…なんで言ってくれなかったの?俺そんなの知ってたら、もっとスナイパー頑張ったし、色々…無理なこと言わなかったのに…」
「そうゆうのが嫌だったんだろ」
あろまは半ば苛立ったように、FBに応えた。

「そうやって気ィ遣われてたら、ミッションも何もねぇーだろうが。戦場はデイサービスじゃねぇーんだぞ。俺らは万全じゃねぇー奴に気ィ遣ってられるほど安い仕事してねぇーしな」
今までずっとえおえおの容態について黙っていた分、あろまの言葉には鋭い刺があった。
その刺に一番反感を覚えたのは、FBだった。
「だいたいにして、医療班からやべぇー宣告出てる時点で何もしなかったコイツがバカなんだよ」
えおえおが何を思って 自分の身体に鞭を打っていたのかは、あろまも重々分かっている。
それでも、ずっと見て見ぬ振りしか出来なかったことが悔やまれる。

「潔く隠居してりゃー良かったのに、自己管理出来ない奴が隊長とか名乗ってんじゃねぇーよクズが」
あろまの言葉に、FBは咄嗟に怒鳴っていた。
「―…そんな事言ったって、あろまだって軍医でも隊長のこと治せないんだろ!?」
「おいFB」
FBの言葉に被せるように、きっくんが凛と割って入った。
でも言ってしまった言葉は、もうあろまに届いてしまっている。

「……ええそうですよ、悪かったですね役に立たない軍医で。」
一度言葉を飲んだあろまは 抑揚のない声でそう言い残し、ドアを乱暴に開け放って出て行ってしまった。
バン!!と枠を破壊しそうな勢いで閉じたドアに、思わず三人はビクリと肩を張る。

「…〜FB、バカかお前は……」
きっくんは呆れてFBを見やる。
FBは遣る瀬無い表情で唇を噛んでいる。やってしまったと、後悔しているのは明らかだ。が
「…えおえお、」
こんな事態になっても、置物のように俯いたまま、弁解も仲裁もしない隊長を、きっくんは厳しい目で見据える。

「俺正直、お前のこと見損なったわ。そんなに俺らに信用なかったわけか。残念すぎて引くわ」

そして「あーあ、何だったんだよ全くよー」と、椅子から立ち上がる。
FBの縋るような視線を振り切って、きっくんも部屋を出た。

「………。」
残された二人に、救いようのない沈黙が伸し掛ってくる。

星一つ見えない夜空に 厚い雲が広がり、ぽつぽつと雨が降り出してきていた。





[ BACK ]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -