小説(MSSP) | ナノ






▼ MSSP 4



MSSPは基本的に隠密行動には向かない部隊だ。
メンバーそれぞれが非常に好戦的で、「やるなら派手に騒いで蹴散らせ!」というのが信条だ。
その為に、本部からもそういったスニーキングミッションを発注されることは少ない。

でも少ないだけで、一切無いわけではない。

ごくたまに受けるその作戦は、いつもえおえおを悩ませる。


(ないわ。これはマジない…)
えおえおは談話室のソファーに項垂れて、作戦内容をまとめたファイルの表紙と睨めっこを続けていた。


「あれ。ねぇきっくんきっくん」
談話室の前を通りかかったあろまは 横目にえおえおを見掛け、前を歩いていたきっくんの肩を叩いた。
「んあ?」
振り返るきっくんに、その方向を指差して示す。
きっくんもえおえおの姿に気がつき、小首を傾げた。
「何してんのアイツ?」
「さぁ?灰になってるんじゃね?」
3ラウンド闘った後のような隊長の姿に、二人は顔を見合わせる。
にやり。こうゆう時の悪巧みをする思考は一緒だ。
二人とも忍び足でえおえおの背後を取った。
目で頷きあった後、きっくんが大きく息を吸って、大声を上げる。

「立つんだジョー!!」
「っ!?」
二人の気配を全く感知していなかったえおえおは、盛大にビクン!と身体を飛び上がらせた。
「ビックリしたー…」
その声は全く驚いた様子ではないが、えおえおは恨めしげに二人を振り返る。
きっくんとあろまはその視線に にししと笑って「やっほー」「よぅ」と手を振った。

「どしたの、えおえお?」
「お前さっき上から呼び出し食らってなかった?」
二人からの疑問に、えおえおは罰が悪そうに目を反らした。
非常に言いたくない。
その表情で、二人は何か面倒なことになりそうだと察知した。
「コレか!」
きっくんはサッとえおえおの手からファイルを取り上げてしまう。
「あ、ちょっ」
えおえおは一旦は奪い返そうとしたが、どうせ知られる事だと諦めて 二人の様子を見やる。

「どれどれ?」
「次はどんな無理難題を押し付けられてんだ?」
きっくんとあろまは頭を付き合わせて ファイリングされている書面の1ページ目を読んだ。
今回のミッションの概要が、箇条書きされている。
内容自体は たまにある隠密作戦だ。
だが、その中に明記されている標的の氏名が 問題だった。

「…うわ、何コレ。ないわー」
「まいるなー、これはまいるー」
口から出るのはふざけた言葉だが、二人の表情はつい先ほどの隊長と同じく、困惑や懸念の色で渋かった。



ミーティングには、盗聴や盗撮に対して完全防衛を施している部屋が使われた。
今回MSSPに発注された作戦は、実行部隊以外には絶対に漏れてはいけない。
自軍に潜入しているスパイの捕捉処分命令だった。
スパイは既に腕の良い狙撃手として長らく認知され、様々な作戦に参加している。
中にはそのスパイ自身が所属しているテロリストを駆逐した作戦もあった。
スパイの主な目的は機密情報の入手だろう。
彼がどのような命令を受けているのは定かではない。
しかし敵の懐に潜り込み、ましてや味方にまで手をかけている。
まるで感情のないロボットのようだ。

えおえおはそのスパイの履歴書を眺めながら、眉を潜める。
とても人の良さそうな笑みでこちらを見ている写真の中の男は、あちゅというコードネームで所属していた。

「―…以上が、今回俺らに発注されたミッションだ」

ファイルから顔をあげたえおえおは、円卓に並ぶ部下達の反応を見る。
きっくんは軽い相槌をしながら、他のページをペラペラと流し読んでいる。
あろまはかなり厳しい表情であるページを睨みつけている。
そして、えおえおが一番懸念していたFBは やはり衝撃を受けている様子だった。

FB777は、既にあちゅと何度もペアを組んだ経験がある。
FBはロングショットに定評のある狙撃手だ。
どうやらあちゅはその腕前が気に入ったらしく、えおえおは何度か頼まれて あちゅの隊にFBを応援に行かせていた。
後輩から憧れることに慣れていないFBは、最初は彼にどう接していいのか困っているようだった。

FBは、あまりMSSPメンバー以外に 親しい接し方をしない。
ズケズケと物を言うあろまや、初対面でも躊躇しないきっくんとは違う。
大人として正常な対応ではあるのだが、些か堅苦しいところがある。
それは彼の口調からも表れていて、一人称が「私」になるのがいい例だ。

でも、最近見掛けたあちゅとFBの様子は、完全に打ち解けているように見えた。
話に聞く限り、共に演習や銃の改良をすることもあったようだ。
相手が後輩でも、色んな狙撃手との交流で FBにも得るものもあるはずだ。
だから、えおえおもその関係の向上に頷いていたのだ。

それがまさか、こんな事になるとは思わなかった。
FBならもしかすれば彼の行動や思考に一番近く、プロファイリング出来るかもしれない。

でもそれは、きっとあまり良い方法とは言えない…。

「FB、大丈夫か」
えおえおに呼ばれ、FBは慌ててファイルから顔を上げる。
「え、別に、大丈夫ですよ?まぁ…そりゃあ、ちょっとはビックリしたけどさ」
笑っているが、いつもの豪快な笑みじゃない。

「…正直、相手は一人だけど 気を抜ける相手じゃない。出来ればフルメンバーで動きたい」
えおえおの言葉に、あろまが一番最初に抗議した。
「は?何、こいつ連れてく気なの?」
チラと厳しい視線でFBのほうを見る。
「無理だろ」
「俺も止めたほうが良いと思うなー」
きっくんもあろまに同意して、頷く。
「だってさ、もう結構な仲良しじゃね?そうゆうのは、あんま良くないと思うわさすがに」
二人の視線に、FBは「いやいやいやいや」と笑い半分に断った。
「何言ってんの、俺も行くよ。あちゅさんの武器とか、一応俺把握してるし。そうゆうの重要でしょ?」
「ねぇ隊長?」と、FBはえおえおに同意を求める。
えおえおは悩んだ様子で腕を組み、ファイルの表紙を見ているだけだ。

FBの同行を求める声に、あろまは露骨に嫌な顔をする。
「俺はお前がなんと言っても、そいつを殺すぞ」
その鋭い眼光と殺意にも、FBは軽く笑ってみせる。
「そりゃあ相手はスパイなんだから、それでいいよ」
「本当にいいのかよ?」
きっくんも珍しく真面目な表情でFBを見やる。
「仮にも一緒にペア組んだり、飲んだりした相手なんだろ」
「…うん。まぁでも、こんな事知ったらもう、しょうがないでしょ」
FBは諦めたような笑顔だった。
「俺は平気。こうゆうの、あんま気にしないからさ」
そして、えおえおをもう一度真摯に見つめる。

「…俺だけ一人で置いてくとか、しないでよ隊長」

その切なる願いを、えおえおは聞き入れることにした。
もちろん、快諾ではない。渋々だった。
あろまときっくんの反論も大きかった。
でもあそこでNOと言ったとしても、FBは付いて来てしまうような気がしたのだ。

FB777は、思いのほか、MSSPの中でも頑固な男なのだ。



あちゅは既に本部が自分を怪しいと睨んでいることに気がついていた。
となれば行動は早いに越したことはない。
その夜、あちゅは寝静まった寮棟から抜け出し、スパイとしての行動を撤退することにした。
味方への根回しも、逃走ルートも万全だ。
おそらく向こうもどこかの部隊が自分を追跡してくるだろう。
しかし実際に色々な隊と行動してみて、勝てない相手ではないことも分かっている。

寮の裏にある森を駆け抜けながら、あちゅはふと笑う。
(…拍子抜けだ)
その笑みは決して優越感からくるものではなく、喪失感を含んだものだった。
もっともっと、見ていたいと思った者もいたけれど。

「ーっ!!」
背後からの殺気。
瞬時に身を翻して 木陰に飛び込む。
耳の横で銃弾が木片を弾く音がした。
おそらく大した狙撃手ではない。
けれど飛び込んだ先に、もう一人が待ち構えていた。
ギラリと殺気立つ刃が、あちゅの胸を狙って突き出される。
弾丸のようにかかってくるその影に、こちらも咄嗟にナイフを振るった。
ガキン…!と、刃が強く弾け合った。
その瞬間、相手の「クソが」と舌を打ったのを聞く。
互いに飛び退いて、距離を取る。
ナイフからハンドガンに持ち替えた。
その一瞬のスキをついて、また別の影が背後から迫ってくる。
考えも無しに突っ込んできたその相手を、あちゅは舌打ちながら思い切り投げた。
崩された体勢を整えようとする。
その額に、銃口がぴったりと突きつけられた。
「………。」
目の前の銃身の向こうに見えたのは、黒いフードを目深に被った男だ。
3人で接近戦、1人が遠方射撃。
4人だったか。連携からそう頭数を割り出す。
殺れないことはない。
あちゅは観念した空気を見せ、しかし手をブーツに忍ばせた。指先が仕込みナイフに触れる。

パン!
手を打ち鳴らしたような軽快な音。
背後からスパイを狙っていたロングショットは、見事にその肩を撃ち抜いた。
衝撃に倒れたあちゅは、そのまま気を失った。



「……」
目を覚まして一番最初に飛び込んできたのは、明るい髪色の男。
椅子に縛られているあちゅの前にしゃがみこんで、興味津々と覗き込んできている顔だった。
「おはようございまーす」
とぼけた声で、あちゅにそう言う。
顔を上げると、その後ろにあと3人の軍人達が並んでいるのが見えた。
そのどれもが、知った顔だった。

静かに、えおえおが牽制の意味を込めた銃口をあちゅの額に向けた。
反逆者を処刑する前の、緊迫した空気が広がる。
けれどあちゅは、ふと小さく吹き出して笑った。
それに対し、きっくんが小首を傾げる。
「え?なんか俺笑われたぞ?」
「いや違うだろ。とりあえずきっくんそこ退いて」
あろまに言われ、きっくんは「ほいよ」と立ち上がり えおえおの後ろに退く。

改めて並んだ4人を見渡し、あちゅは観念の息を吐いた。

「…やられましたね」
後ろ手に拘束された体で少しだけ身じろいでみたが、撃たれた肩には激痛が走り、力も思うように入らない。
おそらく何か一服盛られているのだ。
MSSPはあまり派手じゃない作戦はやらない隊だと聞いていた。
こんなスパイ一人を挙げるミッションに、まさか彼らが動くとは思ってもみなかった。
例え捕まって拘束されても、切り抜けられる自信があった。
でも、これでは望みは薄い。

「貴方達が相手じゃ、俺一人じゃ敵わない」
そう微笑んで、あちゅは部下達より一歩前にいるえおえおを見上げた。
彼は戦ってみたいと思っていた人物の一人だ。
近づく機会はなかったが、戦歴を見れば彼はこの軍で断トツに優秀であることは確かだ。

えおえおは銃を下ろし、短い溜め息を吐く。
この寮の裏手の森にある掘っ立て小屋は、こうして捕まった者を締め上げる為の処刑場だ。
周囲の壁や床には 血潮が染み込んでいて、微かに血生臭い匂いが残っている。
こんな湿ったれた小屋で、これまで何度もこうしてスパイやユダが殺された。

このメンバーで、処刑する側として、ここに入る日が来てしまった。
最悪な気分だった。

「お前から得られる情報を引きずり出して、その後始末するように命令が出てる」
「でしょうね」
えおえおからの救いのない申告を受けても尚柔らかいあちゅの微笑みは、どこか不穏だ。
軍人らしくないといつか感じたあの違和感が、気のせいじゃなかったと思い知らされる。

「諜報部の情報じゃそいつ、かなりの鋭兵だ。どうせ拷問したって口割らねぇーぞ」
「じゃあサクッと殺しちゃうしかないね」
穏やかじゃないのは、こちらの面々も同じ。
あろまはあちゅと対峙した瞬間から 殺気立っていて、いつ暴発してもおかしくない。
普段ならどんな作戦中も爛漫なきっくんも、今回ばかりはいつもより温度の無い声で話をしている。

それはきっと、自分たちよりまた一歩後ろに、FBの気配があるからだろう。

あちゅに最後に弛緩弾を撃ち込んだのは、紛れもなくFBだ。
倒れたあちゅを回収する際、合流したFBの顔は見れたもんじゃなかった。
作られた能面のような無表情。
何も考えまい、何も思うまいとしているその表情は、逆にあろま達を苛立たせていた。

FB自身もそんな悪循環を察していて、出来るだけ存在を消そうと控えていた。
でも、ふとあちゅの笑みと目が合った。
深い眼差しは、FBをギクリとさせる。
「!」
彼があろまへの反撃に使おうとした武器は、自分と一緒に試行錯誤の改良をしたハンドガンだった。
FBはスコープでそれを見た瞬間の心のザワつきを思いだし、唇を噛む。
「…、」
それまで他のメンバー達の後ろで吊り下げられた人形のように立ち尽くしていたFBは、強く目蓋を閉じて俯いてしまった。
前に立つメンバー達は その些細な異変に気がつかない。
けれどFBを見ていたあちゅは、小さく悲観的に笑った。

あちゅがFBを見ていると気がついたきっくんは、その視界を遮るように立った。
「あんたのPCも端末も、既に他の隊で回収済。まぁ、大したネタは出てこないと思うけどね」
それが合図だったかのように、あろまがハンドガンの銃口をあちゅの頭に向ける。
「でもそんな事、別に俺らには関係ねぇーんだわ」

あろまのハンドガンからセーフティーロックが外される音。
きっくんは何の躊躇いもないその音を、冷めた表情で聞いていた。
えおえおも、少しだけ燻っているFBへの懸念を押し殺す。
視界の横に見える、あろまが構えるハンドガンの銃身。
そこから銃弾が弾かれるのを、二人はしんと待った。

あろまの指が、引き金に掛かった。
その金属音が聞こえた瞬間、FBは叫んでいた。

「〜ストップ…!ちょっと、たんま!!」

背後から上がった大声に、全員が憤りに近い溜め息を吐きだした。
「…もー、何、FBうるさいなお前はよ〜」
きっくんが心底うんざりとした声で 腰に手を当てる。
自分を振り返るメンバー達の 批難めいた表情に、FBは慌てて手を振った。

「いやいやいや!あの、もっとちゃんと話とか、聞いたほうがいいんじゃないの!?これであっさり殺しちゃったら、なんか取りこぼしたりしない!?」
「だからそれが意味ねぇーって言ってんだよ!!」
FBの異論に噛み付いたのは、他でもないあろまだった。
さすがに引き金は引かなかったが、銃口はあちゅに向けたまま怒鳴る。
憤りは FBだけでなく、えおえおにも向けられた。

「ほら見ろや!やっぱり情が移ってんじゃねぇーか!だからコイツ連れてくんなって言ったんだよ!」
「そうじゃない!そうゆうわけじゃないから…!」
自分のせいで隊長にまで批難が飛び火してしまい、FBは懸命に弁解した。
あろまの鋭利な眼光は、それを突き刺す。
「はぁ?だったらなんで止めんだ、こいつが流した情報でウチは犠牲者出してんだぞ!?」
「〜わーかってるって…!」
「分かってねぇーだろ、俺が前にいた部隊はコイツのせいで壊滅したも同然だ…!」

ファイルの詳細にあった、あちゅが関わったとされる事例の中に、数年前の特攻部隊が壊滅した作戦が載っていた。
当時からすでにあちゅは 軍の動きや情報を吸い取っていた。
そしてそこから流れた情報で、おそらくあろまがいた部隊の動きは筒抜けだったのだ。
その事実も知らずに、自分はFBとあちゅが親しくなるのを面白く思いながら傍観していた。
それが悔しくて、憎くて、許せなかった。あちゅの事も、自分の事も。

「…お前がなんつっても、俺はこいつをブチ殺す」
「…っ、」
思わず、FBは反論の言葉を飲み込んで、あろまの低い威嚇に打ちのめされる。
FBときっくんは、あろまの履歴を知らなかった。
きっくんも 思わずまじまじとあろまの横顔を見ている。
「仕方ねぇーから一発で仕留めてやる。なぶり殺しにしないだけ有難いと思えや…!!」
その横顔は、どう見ても冷静じゃない。ただの鬼だ。

「おいおい、二人とも止めろよー」
きっくんはわざと暢気な口調で、二人の間に割って入った。
この場にいる全員が頭を冷やしたほうがいいと、直感していた。

「せっかく捕まえた標的を前にしてさぁ、仲間割れしてちゃ本末転倒じゃないかい?」
「っせーな!きっくんは黙ってろ!」
鬼の怒号がこちらにまで飛び火してくる。
それでもきっくんは おおらかに答えた。
「もーう、あろまも頭冷やせよ」
スパイの処刑が一変、ただの身内の口喧嘩だ。
あちゅは 口を出さず、ただじっとFBを試すような目で見ている。
その視線が、更にFBの葛藤とあろまの憤りを激しくさせている。

「えおえおー、コレどうすんの?」
そしてずっと神妙な表情で成り行きを見ていたえおえおに、打開策を求めた。

「……そうだな」
えおえおは何かに頷いて、一歩を踏み出した。
あちゅではなく、FBの前に立った。
自分の腰に据えていたハンドガンを取り上げ、持ち手をFBに向けて差し出した。
「…え?」
困惑した表情で、FBが差し出された銃と隊長を交互に見る。
えおえおは深くFBを見据え、静かに言う。

「こいつをどうするのかは、FBが決めろ。…俺は、その判断で構わない」
「っ!」
FBは小さく息を飲んだ。
悲壮感に埋もれそうな視線が、えおえおを見つめ返す。
その視線を、えおえおは黙って受け止めて、けれど却下しない。

「ふざけんなや!こいつ絶対逃がすに決まってんべ!」
叫んだあろまに向けて、きっくんがどうどうと手を馴らす。
「あろまちゃん、クールダーウン」
「〜っ!」
あろまは納得がいかない様子で 顔を歪める。
それはどっちにしても、良い結果とは言えない話だ。
だったら自分が殺ったほうがいいに決まっている。
自分なら『復讐を果たした』という名目で終わらせればいいのだ。

「……FBが、決めろ」
えおえおは譲らなかった。
それがFBにどれだけ酷な選択を強いているのかは、えおえおも重々承知している。
出来れば、FBが居ないところでこの作戦を終えたかった。
でもFBはここまで見てしまった。聞いてしまった。
見てしまったら、知ってしまったら、もう引き返せないのだ。

FB777は、自分の手で判断しなくてはならない。


「……、」
きっくんは、FBにハンドガンを差し出すえおえおの背を、しばらくじっと見つめた。
隊長としての苦しさを感じさせない気丈なその背中に、よしときっくんも決意して頷いた。
「うん、分かった。俺もえおえおがそう言うなら、それでいいよ」
「はあ!?」
さらりと賛成したきっくんの声に、あろまはやはり理解出来ないと声を上げる。
きっくんはあろまを振り返って、子供のように小首を傾げてみせる。
「あろまも、ね…?」
想像以上に切なげな笑顔を見せたきっくんに、あろまは言葉を失った。
誰もが、辛いと思っている。
「……〜っ」
それ以上の異論は、口の中で噛み殺した。
せめてもの恨みと最後に睨みつけたあちゅも、どこか儚げに微笑んでいた。


「…10分だ。10分経ったら俺達は戻ってくる。その間に決断しろ」
躊躇しつつもハンドガンを受け取ったFBに、えおえおはそう告げた。
FBは それにイエスともノーとも言わず、ただただ手にしたハンドガンを見下ろしている。
「…行こう」
えおえおはあろまときっくんに声を掛け、静かに小屋を出て行った。

その姿を追って きっくんもFBの前を通り過ぎる。
すれ違いざまに、ガシと一度だけ強くFBの肩を片手で掴んで 小さく揺すった。
きっと、FBはこの後あちゅと何か話をするだろう。
その会話で、傷ついたり、苦しんだりするだろう。
なんと言えばいいのか分からなかったから、声を掛けたり、目を見たりはしない。
でも、きっくんの手には強い感情を込められていた。
FBは何も言わず その力を噛み締めて、ハンドガンを見ていた。

「あろま、行くよ」
戸口に立ったきっくんが、まだあちゅを睨んでいるあろまを呼ぶ。
あろまは 忌々しげに舌打ちをし、あちゅに向けていた銃をようやく下ろした。
ドアに向かい ガツガツとブーツを鳴らして歩く。
FBには一切目もくれず、けれどただ一言だけ「ヘタレんなよハゲ…」と呟いた。
その声が憤りに任せた怒号ではなかったことに、FBはきゅっと唇を噛んだ。
仲間の仇を目の前にして、あのあろまほっとが身を引いたのだ。それだって充分苦しい選択だ。

バタンとドアの閉じられた音を背に、FBは重苦しい溜め息を吐き出す。
しばらく込み上がってくる感情を落ち着かせようと、目蓋を閉じて立ち尽くしていた。




外に出たえおえお達は、肺に染み入る新鮮な空気で深呼吸する。
小屋の中で微かに漂っていた血肉の匂いに当てられ、鼻がおかしくなりそうだ。

えおえおはドアの前を陣取って立った。
黒い腕時計を見て、きっくんとあろまを凛と見やる。
「10分待つ」
その命令に、二人はそれぞれに遣る瀬無い感情を抱えつつも頷いた。

あろまは銃をいつでも撃てる状態で持っていた。
それに気がついたきっくんが、うげと顔をしかめる。
「ちょっとあろま止めろよお前、物騒だぞー」
「うるせぇ、何があるか分かんないだろ。相手はスパイ要員だ、縄抜けなんてお手のもんに決まってる」
吐き捨てるよう言ったあろまに、えおえおは首を横に振る。
「ちゃんと抜けられないように縛ったから、大丈夫だ」
それでもあろまの得心は得られなかった。
FBにすべてを負わせるこの展開を、あろまはまだ納得しているわけじゃない。
えおえおに厳しい表情が向けられる。

「……これでアイツがあの男逃がしたら、俺が追っかけてってぶち殺すからな…」
「…分かった、それでいいよ」

荒ぶりそうな感情を懸命に押さえつけるあろまに、えおえおはゆっくりと覚悟を持って頷いた。
その真摯な態度に、あろまは苦い顔をする。
「…〜クソ」
えおえおから顔を背け、誰にともなくそう呟き、一人で小屋の裏手に回っていく。

「どこ行くん?」
「裏見張るだけだよ」
きっくんの問いにも投げやりに背中で答え、あろまの姿は角を曲がって見えなくなった。

「……きっくん」
「ん?」
あろまの足音が遠ざかって聞こえなくなると、えおえおは小さな声できっくんを呼んだ。
あろまが行ってしまった方向を「どうしようもねぇーなぁ」と呆れて見ていたきっくんは、隊長を振り返る。

えおえおはドアと向かい合って、立ち尽くしている。
「お前はそのドアに告白でもするんかい?」なんて言ってやろうかと思ったが、その表情の深刻さに気がついて、ふざけるのは止めた。

「ごめん、あろまの方、見てきてやって」
「……、」
そんな辛そうな顔をして言うのなら、最初から無理にでもFBを外せば良かったのに。
そんな事をしてもFB相手じゃ無駄だとは分かっているが、こんなに打ちのめされた隊長を見せられては、そう思わずにいられない。

きっくんは思った事をなんとか飲み込んで、うんと頷いた。
「分かった。…なぁ、えおえお凹んでる?」
でもやはり、飲み込んだ事を言わずにはいられなかった。
「え?」
えおえおは軽く驚いて、ドアからきっくんに顔を向けた。

「なんつーか、せっかく俺ら以外の人と仲良くなったのに、FBがこんな辛い選択することになったり、あろまも古傷煽られて怒っちゃったりして、えおえお責任感じてんのかなーって」
「……まぁ、最終的にOK出したのは俺だしな」
えおえおはそう言って 小さく苦笑う。
その笑顔を、きっくんは茶化さずに見つめ返した。

「うん、でもさ、FBはどっちにしろあちゅさんと仲良くなってたと思うんだよね俺。あろまは、多分アレはFBのことが心配なだけなんだし。だからさ、えおえおは気にしすぎんなよ」

きっくんの言葉は、いつもよりずっと大人びていて、すぅと心に入ってくるものだった。
えおえおは、「な?」と子供に言い聞かせるように覗き込んでくるきっくんに、ふと笑んだ。
少しだけ、胸の奥に積もる重みが軽くなったのを感じる。

「…きっくん、」
「ん?」
「…さんきゅー」
隊長の表情が少しだけ和らいだのを見て、きっくんも安心して ニカッと笑う。
「もー、えおえおは本当にどうしようもない奴だなぁ〜」
「とことんムカつく言い方しやがって」
スイッチが入ったきっくんに、えおえおは笑いながらシッシと手を振るう。
「どうしようもない奴があと一人向こうにいるから、任せたぞ」
「はいはーい」
了解!と敬礼したきっくんは、とてとてと小屋の裏手へ歩いていく。

その背中に、えおえおはもう一度心の中で礼を言った。




きっくんが裏手に回ると、あろまは小屋の裏口に背を預けて立っていた。
目線は夜空を仰いではいるが、両手でハンドガンを持ったままだ。
いつでも屋内に突入できる覚悟をしているような表情だった。

「あろまちゃーん?」
「何もしねえーよ」
声を掛けてもそう短く答えるだけで、こちらを見たりはしない。
あろまの突慳貪な態度にも気にせず、きっくんはその隣まで進み、同じように小屋の壁に背を預けた。

「でもセーフティ外したままっしょ?」
「何かあってからじゃ遅ぇーから」
「そりゃそうだ」
きっくんは全面的に賛同し、うんうんと頷いた。
あろまはそこでようやく チラリときっくんを見た。
こうして隣に厳戒態勢の人間がいるにも関わらず、きっくんは暢気に手ぶらである。

「俺、知らなかったわー。あろまが特攻にいたこと」
「言ってねえーもん。当たり前だろ」
「そのチーム、強かったん?」
「…知らね」
それ以上は話したくない。
そんな気持ちを含んだ返しに、きっくんは苦笑う。

「……あろまー」
「はい?」
緊張感のない間延びした呼びかけに、あろまは渋々ときっくんを見た。
でも、きっくんは少し考え込んだ顔で目前に広がる森を見つめていて、問いかけの続きを言わなかった。
「…何よ」
珍しく神妙なきっくんの沈黙に 居心地が悪くなり、あろまがそう続きを促す。

「俺ね、この部隊が初めてなのさ。ちゃんとメンバーとして所属してんの」
「……へぇ」
いつもよりずっと落ち着いた声色で、きっくんは自分の話を始めた。
「それまではね、俺寅さんみたいな感じでさ、色んな部隊の作戦行動にちょこっとずつ参加してた感じだったのね」
それはあろまの知らない、きっくんの背景だった。

「俺こんなんだからさ、誰かしらに迷惑かけちゃう事多くて。悪い評価もあったと思うわけさ」
「分かってんなら改めろや」
咄嗟に口から出ていったあろまのツッコミに、きっくんは満足げに笑う。
「ふふふ、そうなんだけどね」
こうやって欲しいところに欲しい反応をくれるあろまには、安心して話ができる。

「だから最初に異動の話聞いた時、ビックリしたんだよね」

これは、えおえおにもFBにも言ったことがない、その時の自分の気持ちだ。

「会ってみたら えおえおもFBも1,2回だけ一緒に出撃した奴でさ、俺の事なんて全然知らないような奴らだったわけ」
きっくんは当時を思い出して ふふと笑う。

「そんでさ、えおえおが言うわけよ。「俺が隊長です。どうぞこれからよろしく」って。「俺は何すればいいの?」って聞いたらさ、「ん?別にきっくんの好きにやればいいんじゃん?俺はそれでいいと思うよ」とか言うのよ。俺、コイツ頭おかしいんじゃね?っておかしくてさ」
自分の兵士としてのスタイルを、評価してくれる人は少なかった。
どの部隊に行ってもセオリー通りの動きばかり任されて、自分らしさを必要としてくれる部隊は無かったように思う。
でも、えおえおは違った。

「「は?そんなんでいいの?」って思った。「お前ら俺の事分かってる?死んでも知らねぇーぞ?」ってさ…」
きっくんの横顔は、心の痛みを誤魔化すように微笑んでいた。
「…、」
あろまは、チラと横目に見えたその表情に やれやれと心の中で小さく息をつく。
「何それ。「俺は深紅の稲妻だぜ?」ってこと?自慢かよ」
あえてそう茶化した相槌を入れた。
するときっくんはすぐピンと反応して、いつも通り明るく笑う。

「ははは!そうそう!この漆黒の世界から舞い降りし死神戦士キックンマークツーを従えようというのか!?ってか!」

『死神』
冗談で言ってはいるが、きっとその言葉で傷ついた過去もあったはずだ。
でも、その傷を掘り返すつもりはない。そんな言葉を言う奴は、もういないのだから。
あろまは ふふと笑った。

「いやぁ俺だったらお断りするわ。その死神戦士には漆黒の世界にお帰り願います」
「帰りませーん!」
「何だその顔ムカつくわ」
変顔をしてみせるきっくんに、笑いながらもバッサリと吐き捨てる。
きっくんはその受け答えに、やはり満足げに笑った。
いつも通りの空気だ。自分達らしい空気。
一通りおふざけを終えて、きっくんは「まぁそれはさておきね、」と本題をあろまに告げる。

「…だからさ、このMSSPが唯一初なわけよ。俺の居場所、ってやつ。だから、なんつーか、まぁそれなりに大事なんだよね。俺も!」
「……俺もって何よ、「も」って…」

絶対に失いたくないもの。
それはきっくんにとっては初めて出来たもので、きっとあろまにとっては今度こそと思うものだ。
この中の誰かが何かに心傷つく姿は、見たくない。
外に出ている態度はそれぞれ違うけれど、根本は同じだ。
きっくんだって、FBが今中で迫られている選択を思うと、苦くて苦しい嫌な気分になる。
きっくんはそれをあろまに言いたかった。
そしてそれを笑顔で言われた方は、対応に困って、きっくんから目を反らした。

「……なんでそんな話俺にすんの」
意図なんて分かっているくせに、あろまはツンとそう言った。

「ん?だって俺はあろまの昔話聞いたのに、あろまが俺の昔話知らないのはズルいじゃん」
「俺は別に何も話してないし、そっちの話も知りたくないんですけど」
「まあまあ、そう言わずに聞いておいてくださいよ」
「この天邪鬼め〜」と指で突ついて言いそうになったのを、きっくんはふふと笑いつつ心に留める。

「まぁーさ、あろまにも昔の事考えれば色々思うところあるとは思うんだけどさーぁ?」
今ここで鬼のご機嫌を損ねるのは避けたい。ちゃんと、真面目な話がしたいのだ。
「今一緒に組んでるのは、その死んじゃった人たちじゃなくて、俺らじゃん?」
「………。」
あろまは突きつけられた言葉に、何も応えずにきっくんを見る。
きっくんは その視線に臆することなく、あろまに強い意思をもって笑んだ。

「だからさ、信じようぜ」

あのバカは、きっと逃げないでやりきるから。

「あのクソ野郎の事、一応信じてやろうぜ。んで、バカにして迎えてやろうぜ」

自分たちはそんなアホを、ここで待っていよう。

「………ほんと、バカばっかりなのな、この隊はよ」
きっくんのブレない笑みに、あろまは観念して、ハンドガンを腰にしまった。
どいつもこいつもどうしようもない奴だと思うのに、さっきまでぶつけていた憤りが、きっくんの言葉で払拭されてしまっている。
そんな真っ直ぐに言われては、ピリピリしている自分がバカみたいに思えて仕方ない。
『信じる』だなんて、よくもまぁそんなくさいセリフが真面目に吐けるもんだ。自分だったら散々と毒を言うところなのに。
「…まともな奴が一人もいねぇーじゃねぇーか」
「あろまお前、いつから俺たちがまともな奴らだと思い込んでたんだ?」
「うるせぇーよ」
早速 してやった顔で覗き込んでくるきっくんに、あろまは溜め息を吐く。敵わない。
精神論で言えば、隊長のみならず、この隊にはきっくんというダークホースがいることを、思い知った。
そこにただ居るだけでも、周りに漂う不穏な空気を蹴散らしてしまうのだから、たいした大物だ。

「…きっくんってさ、」
「ん?」
「バカなのに真面目な話出来たんだな」
「何だそれ!俺これでもお前らの中でも最年長だぞー」
「あ、そうだった。いつも忘れかけるわ、その事実」
そんな茶化したやり取りをしつつも、背後の屋内で起こるであろう事をじっと重く想う。

「……まぁ、一番のバカはFBだけどな」
「………そうだな」
そして、どちらからともなく口を閉じた二人は並んで壁に背を預けたまま、その時を待つ覚悟を決めた。



椅子に縛られたまま、あちゅはじっとFBを見据えていた。
俯いたFBは、隊長から渡されたハンドガンを見つめ、動こうとしない。

「撃たないんですか?」
制限時間は10分だと、えおえおが言っていた。
あちゅはその時間を身体で計りながら、FBにそっと問いかける。

どうせFB777が判断を下さずとも、時間になれば他のメンバーが粛清に現れる。
何よりも、屋外であちゅのちょうど真後ろに回った人物が気がかりだ。
(背後は取った)と、わざとこちらにまで聞こえるように踏み鳴らされた足音だった。
おそらく特攻出身のあろまほっとだと思われる。
彼の経歴も把握済だ。あそこまで強く恨まれるのには、身に覚えがありすぎる。
あの様子では、彼はいつ後ろから壁抜きしてでも撃ってくるか分からない。
少しでも望みがあるうちに、FBと話をしなくてはと思っていた。

「…あちゅさんは本当にスパイなんですか」
ずいぶん長く黙り込んでいたFBの最初の言葉は、それだった。
思わぬ問いかけに、あちゅはふと笑った。
おめでたい奴だと思う反面、……その疑問を嬉しいと思ってしまった。
「まだ、俺のこと信じてくれますか…?」
「…いいえ、あちゅさんを信じたことは一度もありません。俺はあんまりそうゆう事考えるタイプじゃないんで」
FBはあちゅを見やって、「すみません」と苦く笑った。

「対人に関しては、俺あんまり感情が動かないんですよ。冷めちゃってるとこがあって。やっぱり軍人やってるとダメですね、そうゆう所が人として鈍感になっちゃいます」

FBの自虐的な笑みに対し、あちゅはゆっくりと首を横に振った。

「俺、FBさんの目が好きでした。スナイパーでヘッドショットを決める瞬間の、あの目が。まるでそうゆう風に作られたマシーンみたいで、大好きでした」

本音だった。
自分もそんな風に人を撃てるマシーンになりたいと思った。この人は凄いと、心から思ったのだ。
自軍のメンバーと共に行動している時は、それでも多少人間らしい喜怒哀楽を見せているようだったが、あちゅにはそれに違和感があった。
(なんでそんな人達の前で、まるで人間ぶって笑っているんだ)と、失望した。
(そうやってMSSPの苦労人と言われるような立場で、何を燻っているんだ。本当の貴方は、そんな所に収まって満足する人間じゃないくせに)と。
4人が食堂や寮内で楽しそうに騒いでいるのを見掛ける度に、あちゅは黒い感情を抱いていた。
その感情を押し殺して、きっくんや他のメンバーに朗らかに接するのは、少々難しいものだった。
(FB777は、きっとこんな馬鹿な仲間がいないほうがずっとずっと輝けるはずなのに)と、本気でそう思っていた。

「マシーンみたい、ですか。俺、そんな上等なもんじゃないですよ」
FBはあちゅの中で渦巻く生臭い感情を知らずに、苦笑いながら謙遜した。

「だってあいつらからも、そんな事言われたこと一回もないですし」
「あの人達はきっとFBさんの凄さを分かってないんですよ。FBさんがどれだけ才能がある人なのか、これっぽっちも分かってない…」
あちゅの声が、徐々に不穏な色に染まっていく。
「FBさんはなんであんなチームに居るんですか…?FBさんならもっと認めてくれる場所があるのに…」
「いや、それは……」
あちゅの言葉に咄嗟に反応しかけたFBは、しかし一旦 言葉を飲み込んだ。
「…それは?」
あちゅが真意を言わせようと、じっと深く見据えてオウム返しをするのだが、FBはその先を言わなかった。
あちゅからじわじわと忍び寄ってくる黒い空気に対し、ポリポリと頬を指先で掻いて、うーんと困ったように笑う。

「そうですねー、確かにまぁ、敬われてる気はしないですかねぇー」

やっぱりそうだ。
ハンドガンは未だに床を向いていて、あちゅを狙う気配が全くない。
あちゅは確信をもって、FBに頷く。

「FBさん。…この先で俺の仲間が迎えに来ています。」
「命乞いですか?」
「違います。」
いつもは穏やかにほわほわと花を飛ばしていたあちゅの笑顔が、どろりと濁ったものに変わった。
「………」
FBは一変して歪んだその笑顔を、すうと静かな気持ちで見つめ返す。
心の隅で(鬼のあろま先生だって、こんな怖い笑い方はしないな)と思う。
きっくんはもっとニカッと幼い子供みたいに笑うし、隊長だって周りが和むような笑い方をする。

「俺一人じゃ確かにMSSPには敵わない。でも二人だったらきっと、殺れない事はない」

屋外に聞こえないように声を殺し、でもはっきりとFBに届くように、あちゅはそう告げた。
静かな殺意を込めるあちゅの視線は、もしかすると確かに自分がスナイパーを決める瞬間のものと同じなのかもしれない。
暖かい感情を持たず、粛々と敵を撃ち抜いていくだけのマシーン。

「……一緒に来い、と?」
FBの要約に、あちゅは強く頷いた。
「俺とFBさんなら、きっとこの状況を変えられます」
FBは あちゅの希望に甘すぎると驚いて笑った。
「いやいやいやいや、言っておきますけど、あの人達マジでやり合ったらとんでもない事になりますよ。この小屋ぐらい簡単に吹っ飛ばしてきますから」
「でも、FBさんだって、信頼も尊敬もないあんなチームにいるより、ずっと良いと思いませんか…!」
「……」
あちゅが語尾を強めて言い放ったその言葉に、また、FBは言葉を静かに飲んだ。

『あんなチーム』?

「FBさんのような人が必要です。FBさんのような、精密な仕事が出来る人こそ、この国を変えられる…!」

続けられるテロリストの勧誘を、FBは心の底から鼻で笑った。
この人は、全然分かっていない。

「FBさん?」
俯いて クスクスと可笑しそうに笑い出すFBに、あちゅは眉を顰める。
外見は笑っているのに、FBが心の底から怒っていることが、ここまでひしひしと伝わってきた。
「いや、すみません。今ので未練さっぱりなくなりましたよ、あちゅさん」

握り締めたえおえおのハンドガンをゆっくりと持ち上げ、FBはあちゅの額に狙いを定めた。

「あちゅさんはやっぱり私のことを勘違いしてますよ。私は別に愛国心とか自己愛で軍人続けてるわけじゃないです」

銃口が向けられたあちゅは、一瞬驚いて目を見張った。
でも、すぐに冷静な表情に切り替わり、FBの答えを黙って聞く。

「私は私の極めたいことに一緒に突き進んでくれる奴らがいれば、そこがどこだろうと関係ない」

一人称が「私」へと変わっている。
FB777はもう、自分とは気持ちが離れていってしまった。
すべての希望が無くなったことを確信したあちゅは、それでも、悪あがきはしなかった。

「『誰かの為に』とか『仲間の為に』だなんて、そんな事ほいほい言う奴らじゃないんですよ、あの人達は。」
FBの言葉は、あちゅだけでなく、屋外にいるメンバー達にも聞こえていた。
その誰もが、何も言わず、じっとFBの判断と想いを耳にする。

「尊敬も信頼もないチームだなんて、人様から言われる筋合いはありませんよ」

FBはハンドガンのセイフティーを外し、火種を上げる。

MSSPとは、誰の為でもなく、ただひたすらに自分たちの好きなことを、4人で楽しめることを、好きなようにやるだけだ。
分かっている。
ドアの向こうで、えおえおがぐっと堪えて立ち尽くしていること。
その壁の向こうで、あろまときっくんが静かに並んでいること。
自分の判断を信じて、気遣って、自分の傍に居てくれていること。


それだけで、俺は充分なんだ。


「さよなら、あちゅさん」


夜の森に轟いた一発の銃声は、寝静まっていた鳥達を夜空に羽ばたかせた。
ザワザワと揺れる木々の向こうを見上げ、きっくんとあろまは飛んでいった鳥達を見送る。
えおえおはそっと目を閉じて、耳の奥に染み入るその音の重みを噛み締める。

あちゅは最期、FBの鋭い視線を見て、ほんわりと柔らかく笑った。

「やっぱり、貴方達には敵わないですね」

その笑顔が、FBには少しだけ泣いているように見えた。




銃声が轟いてから3分間。FBは小屋から出てこなかった。
しかし他のメンバー達は急かしはせず、静かにその場で待機していた。
中から聞こえる押し殺したような小さな小さな啜り泣きは、聞こえていないことにした。

制限時間の10分が経って、ようやくFBは小屋から出る。
引き金を引いた指が、久々に震えていた。
ドアを開けると、やはりえおえおはそこに立ってFBを待っていた。

「隊長…」
顔を合わせ、えおえおを呼ぶFBの声はまだ茫然としている。
まだその鼻頭が少し赤いことに えおえおは気がついていたが、話題に触れなかった。
「ん。ご苦労さん」
えおえおの労う言葉は短い。でも、深く受け止めていると分かる声色だ。
「すみませんでした…」
FBがそう謝ると、えおえおは小さく頷いた。

ガサガサと足音が二重に聞こえ、えおえおとFBが振り返る。
裏手から戻ってきたきっくんとあろまだった。
FBはきっくんにも 目を合わせる。

「きっくんも、気ぃ遣わせて悪かった」
「はぁ?気なんか遣った覚えないぞ?」
神妙なFBに対し、きっくんはあっけらかんと笑ってみせる。
その笑顔に少し救われて、FBも笑った。
そして、隣のあろまに視線を向ける。
あろまに笑みはなかった。部屋を出て行った時と同じ苦い表情で、FBのほうを見ずに遠くを見ている。
FBは、それに真撃に向かい合う。

「……あろま」
呼びかけると、あろまはチラとFBを見た。
ようやく目が合って、FBはその辛辣な表情に唇を噛む。
知らなかったとは言え、今回の件はあろまの傷も抉ってしまっていたのだ。
なんと言えばいいのか…。
「…ごめん。本当に……ごめん」
そう言って、頭を下げる。
他にも何か言う事があるように思えたが、言えるのはその言葉だけだった。

数秒、重たい沈黙があった。

「…言っとくけどな、」
深い謝罪と共に下げられたFBの頭頂部をじっと見ていたあろまは、ケッ!と大げさに舌を打った。

「俺はお前をマシーンのように精密だと思った事は一度もねぇーからな!」
「!?」
それは、あちゅとは正反対の言葉だった。
どんな罵詈雑言が飛んでくるかと覚悟していただけに、思わずFBはガバ!と勢いよく顔を上げてあろまを見る。

「…〜あろま、」
「てめぇがそんな使える奴なわけねぇーべや!よく知りもしねぇー新人に褒められたぐらいで勝手に自惚れんなよクソが!」

感情のないマシーンだなんて、思っている奴は一人もいない。
少なくとも、今ここにいるメンバーは全員、あちゅよりも、FB777という『人間』をよく知っているのだから。

だから、謝るな。

「…〜っ!」
あろまの暴言は、FBを完全に打ちのめしていた。
でもそれは決して悪い意味じゃない。
むしろ、誰よりもFBに寄り添ったものだった。
FBは泣きそうになるのを必死に堪えて、なんだかぐしゃぐしゃな顔になっていた。
あろまの方も、ツンとした顔でFBを睨んでいる。
喧嘩なんだか和解なんだが分からないヘンテコな対峙だ。

えおえおときっくんは むむむと素直じゃない表情を続ける二人を見やって、吹き出して笑う。
言い合っていたはずの重い空気が、一変した。

「はいはい、FBの負けだな」
「あろまちゃんの勝ちでーす」
きっくんがあろまの片腕を上げると、あろまが「いえーい」と勝利宣言をした。

「あとは他の隊に引き継がせるから。帰ろう」
えおえおは撤退を決め、ぽんと柔くFBの背中を叩いて 帰路へと歩き出した。
その手の悔しいまでの心強さと暖かさに、FBはきゅっと唇を噛む。
「はいはーい、帰りまーす」と隊長に続くきっくんが、突然懐かしい子供の歌を歌い出し、そのあとをスムーズにあろまが引き継いで歌った。

「おウチへ帰〜ろ、おウチへ帰ろ!」
「でんでんでんぐり返って?」

そうして、二人は続きをFBに歌わせようとくるりと振り返る。
「お前ら打ち合わせでもしてたの」
えおえおがその歌を聞いて おかしそうに笑っている。
三人ともがいつも通りの調子でいるが、それがFBを気遣ってこその態度だというのが、FBにも分かっていた。

なんだか妙に安心できて、どんな時でも救ってくれそうな三人の態度に、FBは 参ったなと降参して笑う。
きっくんとあろまのバトンを受け継いで、さよならと、一言ずつを噛み締めて歌った。

「バイ、バイ、バイ」

(ホントにさ、あちゅさん。俺も、この人達には敵わないわ)

あちゅの最期の涙ぐんだ微笑みの意味が、分かったような気がした。



[ BACK ]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -