小説(MSSP) | ナノ






▼ MSSP 2


(あーあ、文句言いそうだなぁ、あいつら)
後ろ首を掻きながら、えおえおは上司の部屋から出てきた。
受け取った書面にチラリと目を落とし、やれやれと小さな息を吐く。
少々面倒な、というか、とあるメンバーに因縁めいた作戦を発注されてしまった。
(……どうしたもんかね)
バインダーで肩をぽんぽんと叩きながら、えおえおは部下達を探し歩き始めた。


FBときっくん、そしてあろまの三人は、食堂で支給品を囲んで座っていた。
えおえおは三人を見つけ、手を振りながら近寄った。
「あ、えおえおお疲れー」
「遅ぇーよ、もう食っちまってるぞ」
「隊長もピザ食べるー?」
「またピザかよ、お前らどんだけそれ食うの」
テーブルに敷き詰められているカロリーに えおえおは目を据わらせた。
「だってこれしか無いんだもん」と反論してくるFBに、きっくんが「お前がバカみたいに頼むからだろ!」と批難する。
FB777のピザ好きは部隊の中でも有名な話で、一人で平気で2ホール平らげたりするのだ。
いくら食事事情が良くない時代とは言え、その偏った嗜好にはさすがにメンバー達も呆れ顔だ。

もくもくとひと切れを口に運んでいたあろまは、えおえおが持っている書類に目をつけ、それを顎で差す。
「あ?何それ」
あろまの指摘に、あぁと頷いたえおえおは三人を見渡す。
「次のミッション来たぞ、一週間後」
「はぁ!?」
「うへ!?もう!?」
「ちょっとぉー!なんか最近上の奴ら人使い荒すぎじゃなーい?」
非難轟々の部下達に、えおえおは肩をすくめる。
「しょうがないだろ、俺ら多分めっちゃ嫌われてんだよ」
「そうなの?」
FBの笑い顔に、えおえおはさらりと頷いて返す。
「そう、「こいつ等死なねぇーなぁ」みたいな」
「えー!「早く死なねぇーかなぁ」みたいな?」
「そうそう」
FBとえおえおの言葉を聞いたあろまは笑う。
「うーわマジかよ。俺もうこの部隊抜けようかなぁ」
そして「てゆーか、」と、FBとあろまは揃ってきっくんの方を見た。

「ん?何?」
「絶対きっくんのせいだろ」
「そうだな、こうゆうのは全部きっくんのせいにしておこう」
「なんでやねん!お前ら俺のスーパーテクニカルファインプレーを知らないのか!」
心外だと真顔で反論してくるきっくんに、FBとあろまはふふと笑う。
「何それ?知らないよ!」
「知らない知らない、俺きっくんが急に前に飛び出してくることしか知らない」
「それは許せよ!お前ら仲間だろ!」
「いや、それは許しちゃ駄目だな」
ははっと四人で一通り笑った後、「とにかく」とえおえおは仕切り直して部下達を順に見た。

「各自のPCに詳細添付しておいたから、一休みしたら見てくれよ」
「おーけい!」
FBの元気の良い返事の横で、あろまときっくんは適当な相槌をしてピザを口に運ぶ。
「だってよ、きっくん」
「え?何?なんだって?」
「人の話聞いとけや!」
きょとんと目を丸くするきっくんに、FBがもう一度指示を言い聞かせようとした。

でもきっくんはきゃっきゃと子供みたいに笑って手を振るう。
「大丈夫大丈夫!分かってるから!心配すんなって!」
「本当かよ!?もー、きっくんはあとで一緒に見るからな!」
「えー!何だよ!お前は俺の母ちゃんかよ!」
「うるせぇ!」
「てか、FBだってたいしてちゃんと読まねぇーじゃん」
「俺ぇ!?俺はそんな事ないって!ちゃんとしてるっつーの!」
「お前なぁ、そう言ってるけど実は俺のほうがちゃんとしてるんだぞ?」
「いや、どっちもどっちだべ」
小学生並みの言い合いを、あろまは冷たい声で叩き切った。

「これ、いいの?全員で確認とかしないで」
そうあろまに問われ、えおえおは「んー」と曖昧に頷く。
「まだ決行日まで時間あるから、演習する時にでも確認し合えばいいんじゃね?」
相変わらず動きがてんでバラバラな三人に呆れ笑いながらも、えおえおも席についた。
「は?何、今回そんな簡単な話なの?」
「…んー、そうでもないけど…」
その言葉を濁すような返答に、あろまは眉を顰める。
目ざとい衛生兵の疑念の視線には気がつかないふりをして、えおえおもピザに手を伸ばした。

上司から受け取った書類は、文面が見えないように天板に伏せていた。



その夜、あろまほっとは久々に昔の夢を見た。
「―…!!」
飛び起きたベッドの上、あろまはしばし茫然と放心していた。
そして徐々に落ち着いてくると忌々しげに舌を打ち、頭を抱える。
何か寝言を叫んだような気がする。
何と言ったのか、思い出したくもない。
苛立つままに髪をガシガシと掻き、恨み節を零す。
「…くっそ!寝言で言わせんなや…!」
窓の外は月明かりで明るく、もう眠れそうになかった。



夕飯も終わり、消灯後となると、軍の寮棟もさすがに人気がなく薄暗い。
どこかで酒盛りをしているような声を遠くに聞きながら、えおえおは廊下を歩いていた。
(うー、寒い…)
ランドリーから自室に帰る途中、コーヒーカップ片手にベンチの端に座っているあろまを見つけた。
薄い部屋着にカーディガンを羽織っているだけの軽装姿だ。
この冬にそれは寒くないのかと思ったが、あろまは暑がりだということを思い出す。
人の気配には敏感なはずのあろまは、えおえおに気がつかず、何か考えている表情で床を見ている。
「よう」
えおえおが片手を上げて声を掛けると、あろまは顔を上げた。
あろまも「よ」と軽くカップを上げて応えた。

そのまま「おやすみ」とすれ違うことも出来たのだが、えおえおはそうしなかった。
あろまが腰掛けているベンチの反対側に、「よっこらしょ」と腰を下ろす。
「見た?」
「…見たよ」
あろまは少し間を置いて、頷いた。
隊長に言われた通り、あろまは眠る前に今回の作戦詳細を自室で確認した。
そこに並んだ文面に、後ろから心臓をナイフで突き付けられたような感覚だった。
ようやく寝ついたのに、悪夢に眠気を吹き飛ばされて、こうして部屋の外に出たのだ。

「…あの場所、結構ムズイぞ」
どうしても、いつもより覇気のない声になってしまう。
「らしいね」
でもえおえおは平然と頷いて、「満月だなぁ」と向かいの窓から見える月を見上げていた。
その横顔を見てから、あろまは小さな声で問う。
「お前、知ってんだべ。俺が特攻だった最後のミッション」
おかしいと思ったのだ。
いつもならえおえおはミッションの詳細説明をあんな風に個人に任せたりしない。
説明を読まないきっくんや、流し読みで済ませるFBがいるから、えおえおは案外きちんとミーティングを組む。
どうして今回に限って、というあろまの些細な疑問は、詳細を見て得心がいった。

「んー。まぁ、それとなく」
あろまの問いに、えおえおは月を見たままのんびりとした声色で肯定した。
あろまほっとを自分の隊に引き込む時、えおえおは隊長として事前に必要最低限の経歴は閲覧した。

軍医と軍隊長という立場の時には知らなかった彼の過去が、そこにはあった。
数年前、大敗を期した特攻作戦。そこにあろまはいた。
あろまだけが生きて帰ってきた作戦だった。
きっと過酷で悲惨な戦況だっただろう。
場所は今回発注されたミッションと同じエリアで、内容も同じような破壊作戦だ。

この作戦を組んだ頭の良いお偉い様は、「弔い戦」「リベンジ」なんて言葉で片付けるつもりだ。
でも、当事者はそんな風に気持ちを切り替えて行けるものじゃない。
敗北とは、そんなに簡単に受け入れたり乗り越えたり出来るものではないのだ。
えおえおもそんな敗北の苦しみを、よく知っていた。

「…余計な気遣いすんなや」
「うん」
えおえおは知っているはずの内容を多くは言わない。
あろまはそんなこそばゆい気遣いをする彼を、反抗的な言葉で小さく批難する。
その批難も、えおえおは頷いて受け入れていた。

しばらく二人は黙ったままだった。
あろまはカップが空になって、ようやく口を開いた。

「……救急キット持ってる奴が誰もいなかった」
それは白状、もしくは懺悔に近い独白だった。

「居たんだけど、そいつが真っ先に死にやがった。キットの使い方なんて腐る程練習したのに、咄嗟に思い出せないしな。他の倒れてる奴も助ける事出来なくて、もうどうしようもなかった」
自分もまだ若かったのだ。
あろまはその頃の混戦に慌てて 泣き言を言う自分を思いだし、苦笑う。
「気がついたらほぼ全滅。俺は爆風で吹っ飛ばされて場外。笑えんだろ、特攻部隊がとんだ間抜けな敗北だよ。してやられたわ」
でも、とあろまは冷たい床を見下ろして、呟く。

「でももしかしたら、もっと上手くやれたんじゃねぇーの?とか、思うんだよなぁ…」
そんな事今更言っても、何も返ってこないことは分かっている。
「あそこでもっと早めに「右来てるぞ」って、言えればなぁ…」
どれだけ悔やんでも、どれだけ夢に見ても、取り戻せない。

「応急処置とか、蘇生措置とか…知らないことが多すぎた」
別にそれだけが原因で軍医になったわけではない。
ただ単純に、どこにも居場所がなくなっただけだ。
ちょうど空いているのが、医療班だっただけのこと。
でもそれを自分で言うのは言い訳がましい気がする。
「…組んでた奴ら、今もバカみてぇーに笑ってたりしたかもな」
柄にもない事を言っているのは分かっている。

「ぶっちゃけ、またあんな事になんなら今回のミッション、俺はお断りだな」
脳裏を離れない、あの時の仲間の残骸。
あんなのは、もう見たくない。金輪際ごめんだ。
今の隊にチームワークなんてありゃしないし、口を開けば悪態ばかりの最悪のチームだ。
でも、思いっきり笑い合ったり、思いっきり罵倒し合える、心意気の良い奴らなのだ。
「死ぬって分かってて突っ込むのはただのバカだからな」
あろまは 胸に積もる重い感情を無理に弾くように、ハッと鼻で笑った。
「もしそうなったら、俺、お前らのぶちまけられた脳漿の上で屈伸してやるわ」
えおえおは黙って聞いているだけだった。
慰めも相槌も笑いもせず、ただ、窓の外を眺めたままじっと聞いている。

「……どうせまた、俺だけ生き残るんだからな…」
どこか自嘲的な、開き直ったような言い方。
あろまはそれ以上何も言わなくなった。
横目に見たその表情は、心許無い影が落ちていて暗い。
重くなる気持ちをなんとかしたいのだろう、あろまは少し大げさに深呼吸をする。
そしてえおえおと同じ月を眺めて、「…弱い奴ばっかだ、マジ使えねぇー」と小さく呟いて自白を終えた。


「俺さ、」
しばらくして、今度はえおえおが口を開いた。
「もうこのミッション、上にOK出しちゃったんだよね」
思わぬ報告に、あろまはえおえおの横顔をまじまじと見やる。
「…は?何?」
「いや、まだFBからもきっくんからも反応聞いてないんだけど、さっきOK出しちゃった」
語尾に星マークでもつきそうな調子に、あろまは声を荒げた。
「はぁ!?何お前バカなの!?もっと慎重になるとかねぇーのかよ!?」
信じられない。
いくら他部隊とはいえ、仮にも一度敗北しているミッションなのだ。
もっとミーティングや演習を重ねて、万全を期して望むべきだ。
「うん、でも多分あいつらも「イケるイケるー」って、普通に言うと思うんだよね」
「いや、それただのバカだからだろ」
あろまの断言に、えおえおは同意して笑った。
「確かにな。まぁ、でもバカはバカなりに考えてんじゃないの?」
「は?何をよ…?」
バカには付き合いきれん、とあろまはうんざりと首を傾げる。
えおえおは眺めていた月から 横のあろまへと顔を向けた。
それは妙に強気で、自信のある静かな笑みだった。

「俺らならやれるから大丈夫だよってこと」
「……、」
あまりにも自然と言われた言葉に、あろまは反論出来なかった。
どこからやってくるのか分からないその自信に呆れ果てたのか。
それとも隊長というに相応しいその強さに、ずっと燻っていた後悔を払拭されたのか。
とにかく、あろまはその言葉に「無理だろ」と批判的な言葉を吐くことはなかった。

茫然と見やってくるあろまに、えおえおは勝ち誇ったような笑みをする。
「まぁ、別に、あろま怖いなら俺らの後ろに隠れててもいいけどさ」
「ふざけんな死ね」
反射的に返ってきた暴言に、えおえおは笑う。
「なんか…後ろから撃たれそうで怖いな」
「俺の前に立つからだろ」
いつもの調子を取り戻したあろまも、にやんと笑った。
「誰も俺の前に出すなよ」
「んー…それは難しいな」

何せこのチームは、チームワークがないことで有名なのだから。




ミッション当日。
決戦の地の手前まで進んだ4人は、個々に銃器の最終確認をする。
「えー、7、8……うーわ、やっぱちょっとしんどそうだなぁ今回」
FBが覗いたスコープで敵の数を数えながら、苦笑う。
ここに来るまでにかなり敵を減らしたが、向こうもこれで引き下がるような奴らではない。
最後の砦にこの4人が踏み込んでくるのを、返り討ちにしようと待ち構えているだろう。
ここからが本番だ。

えおえおは前に並ぶ三人の背を見て、ふと思い出したように言った。

「まぁ、俺お前らのこと信用してっから」

『信用してる』
思わぬ言葉に、FBもきっくんもあろまも少し驚いた様子で振り返る。

この4人ならきっと、やれない事なんて一つもないのだ。

「はははっ!おーけーい!!」
FBは豪快に笑って、えおえおに親指を立ててみせた。
「うわ!何それ!?」
きっくんが大げさなリアクションをして、肘で脇腹を小突いてくる。
「臭いぞえおえお!臭い臭い!」
「ちょ、きっくん!その肘地味に痛い…!」
肘鉄の猛攻から逃げるえおえおに、あろまが追い討ちを掛けて茶化してくる。
「本当よ、臭すぎるからファブリーズしろや!」
その悪役めいた笑みに、もう過去への曇りはない。


どんなに辛いことだって、乗り越えられない事なんて、一つもない。


「〜っせーな、もういいから行くぞ!」
えおえおは行く手を阻むバリケードに、C4を勢いよく貼り付けた。
4人はバッとバリケードの両側に身を潜め、数秒後の突入に備える。
それぞれのアイコンタクトが、確信をもった笑みで交わされる。

『俺たちならやれるから、大丈夫』

バリケードが豪快に爆破されるその一瞬前、隊長は部下達に力強い笑みとともに叫んだ。


「派手に行こうぜ!!」




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