小説(MSSP) | ナノ






▼ MSSP 1

「あ、…FB、は?」
メディカルルームから出てきた軍医に、えおえおはおずおずと部下の様子を訪ねた。
どうやら声を掛けられると思っていなかったらしい軍医は、コーヒーカップ片手に 不思議そうにえおえおを見返した。

「あ?…あぁ、さっきのバカみたいに悲鳴上げてた奴?今准看が消毒してる。すぐ出てくると思うけど」
「はぁ…」
大事に至らず良かった。FBはスナイパー役も担う隊員だ。腕は大事だ。
えおえおは 待合用に置かれたベンチの隅に腰を下ろし、一息つく。
それを見た軍医は、なぜか同じベンチの反対側の隅に腰を下ろした。
ずずずとコーヒーを啜る。
「何、知り合い?」
「俺の隊のやつで、ナイフ躱せなかったらしくて」
ふーん、と興味なさげな相槌をした軍医は、首を傾げる。
「でもそんなのアンタのせいじゃないんじゃね?付き添うほどの事かぁ?」
「いや、でも一応、俺隊長だし」
「隊長ってこんなオカンみたいな事もすんの。大変だな」

ずいぶんとズケズケと毒を吐く奴だった。
あろまほっとと最初に喋ったのは、多分それが最初だ。
えおえおが隊長を務める部隊に属するFBが、刺し傷を負った時だった。
それからちょくちょく負傷する部下に付き添ったり、自分自身も負傷することがあって、その度に彼が担当医になっていた。



「お世話になりました」
今回は自分の傷を診てもらっていた。
簡易ベッドの上で、綺麗に抜糸された部分を見たえおえおは「おぉ、繋がってる…」と呟く。
えおえおがペコリと頭を下げると、あろまはこれみよがしに器具を片付ける。
「お前の部隊、マジなんなのよ。来る回数ハンパないんだけど」
「なんでだろーなぁ」
「隊長ならちゃんと監督しとけや」
この頃にはもう、えおえおだけでなく 隊員全員が、あろまの毒舌に慣れてきていた。
むしろあろまから毒が無かったら、どこか具合が悪いんじゃないかと心配に思うほどだ。
それぐらいに、あろまほっとの罵声は流れるように自然と繰り出される。
でも、それに悪意や妬みは一切ないので、聞いていて不快になることはない。
なんとも歯切れの良い、爽快な毒を吐く男だった。

「仕事増やしやがって、ふざけんな死ね」
「ごめんごめん」
えおえおは軽い調子で謝る。全く悪いと思っていない。
あろまは溜め息を吐いて椅子に座ると、背もたれに背伸びをした。
「あーくっそー。なんで特攻にいた時より仕事多いし拘束時間長ぇーんだよクソが」
「お疲れ様でーす」
「何勝手に茶ぁ飲んでんのよ」
「ここのほうじ茶、美味いよな」
「ここはおめぇーの喫茶店じゃねぇーんだよ」

確かに、あろまの話し方や眼光は、人を助ける軍医というよりは 特攻部隊のそれだ。
特攻部隊にいた人間が、なんで軍医に鞍替えなんてしたのだろう。
戦場において、特攻と衛生じゃあジャンルが違いすぎて交わりもしないのに。
その疑問を、えおえおはまだ一度もあろま本人に投げかけたことはない。
戦場に生きる人間には、人に話したくないことの一つや二つはあるものだ。
自分や、FBやきっくん然り。皆それぞれに抱えているものがある。

でも、特攻で戦場を切っていたのなら、衛生兵としてでも出たいと思うものなんじゃないだろうか。

「なぁ、今度一緒に出てみる?」
えおえおは親指で窓の外を示す。
その仕草で「作戦行動に」という意図を汲んだあろまは、顔をしかめる。
「は?なんでよ」
「ん?なんとなく」
えおえおの手は あろまの机の上にちょこんと残っているいちご大福に伸びる。
あろまはそれを えおえおの手から遠ざけ、与えなかった。
「なんとなくで人を戦場に連れてくな」
「大福くれ。食わないでしょお前」
「食うよ。何自然と手ぇ出してんの」
えおえおは少ししょぼんとした顔をするが、あろまは一切気にせずに 頬杖をつく。

「つーか、多分無理だわそれ」
あろまが言っているのは 作戦行動に出ることについてだ。
えおえおは眉を上げて 首を傾げる。
「そうなの?」
「軍医は頭数少ないからなぁ。優秀な人材はそう簡単に失うわけにはいかないんだよ」
「…あれ。いま何かさらっと自分のこと自慢してなかった?」
「さすが、隊長ともなると耳が良いんだな」
そこで「頭がいい」とは言わないのが、あろまがあろまたる所以である。
「でも実戦経験あるなら、出来ないことないんじゃない?」
確かに医者として有能であれば、そう易々と戦場に出すわけにはいかない。
でも、あろまの経歴は充分戦いに通用する。
「俺についてこられる部隊なんかあるわけねぇーだろ」
「それは何?あろまの毒に耐えられるかって話?」
「この程度の毒で乙るような部隊じゃ終わってんだろ」
「そうだな、メンタル強くないと無理だな」
上から見下ろすような笑みを見せるあろまに、えおえおは降参の笑みを返した。


数日後、あろまほっとに軍医としては異例の辞令が出た。
えおえおの部隊に衛生兵として着任し、作戦に参加してくること。

「…はぁ?マジ?」
上司から呼び出され、辞令書を差し出されたあろまは素っ頓狂な声を上げた。
「マジだよ。てゆーか、一応真面目な話なんだから上司にその口の利きか」
「え、なんで?」
上司の言葉を最後まで聞かず、あろまは理由を尋ねる。
上司は少しイラっと頬を引きつらせたが、彼もあろまの性格は熟知していた。
相手が相手だけに、やれやれと溜め息で苛立ちは流してしまう。
「隊員が負傷するケースが多くなってきたから、有能な衛生兵を入れて欲しいんだとさ。隊長様が直々にお前をご指名だったぞ。あそこの隊はウチの中でも結構優秀だからなぁ、そうゆうワガママもちったぁ聞いてやんなきゃなんないんだよ」
「……ふーん」
「どうする?お前最近実戦出てないだろ?ご指名とはいえ結構キツイ作戦だ、無理しなくてもいいぞ」
上司の気遣いは、火に油だった。
自分より無能な奴に気遣われるなんて、気に食わない。
「やりますよ。余裕です」
そう応えるあろまの笑顔は、鬼のように不穏で、不敵だった。


上司の部屋から出ると、えおえおが廊下で壁に背を預けて待ち構えていた。
「辞令、出たっしょ」
「出た。クソ部隊についてけって言われたわ」
「そのクソ部隊の隊長です、どうもよろしく」
やる気のない声で、えおえおはあろまに頭を下げて、握手を出す。
あろまはその手を、まるでバトンタッチするような勢いで パシリと叩く。
「はい、どうも」
なんとも適当なご挨拶である。
しかしそんな事を気にするほど、あろまもえおえおも律儀ではない。

「他の隊員とはまた後で顔合わせしてもらう…っていうか、今更顔なんか見なくても分かると思うけどさ」
「知ってる。調子こきストと真面目クズだべ」
「そうそう、その二人」
頷きながら、えおえおは同意して笑った。
そして 次のミーティングの日時だけ告げると 「よろしくー」と帰っていこうとした。
あろまは上司から受け取っていた辞令書を見て、咄嗟にえおえおの背を呼び止めた。
「おい」
「はい?」
振り返ったえおえおは、隊長とは思えないほど間延びした返事をする。
「なんすか?」
「演習、付き合え」
「は?」
「だーから、俺はお前らみてぇーに暇じゃねぇーから実戦久々なんだよ。腕鈍ってたらヤダから今から演習付き合えって言ってんの」
「いや、でも俺今さっき作戦から帰ってきたんだよね」
「んなもん知るか」
「…今からじゃなくてもいいんじゃね?明日ならFBときっくんも揃うし、そん時に四人で」
「30分後にエリア1の演習場な。遅刻したらマジ殺すすぐ殺す」
「……はーい」
渋々といった顔でえおえおが手を上げて了解すると、あろまは当然の如く 準備へと取り掛かった。


さすが特攻部隊にいただけはある。
あろまは数回の演習で充分勘を取り戻し、時にはえおえおを圧倒するほどの立ち回りを見せた。
演習とは言え、これだけ動ければ申し分ない。

「やるなぁ」
「なめんな」
軽く息を整えようと、二人は演習場の入口で座り込んだ。
今の演習実績のデータに目を通しながら、えおえおはうんうんと納得して頷く。
「武器の使い分けも的確だし、判断も早いし」
「当たり前だろ」
「俺を置いてっちゃうからビックリするけど」
「お前が遅いんだよ、しっかりしろや隊長」
「クリアリングもちゃんとしてくれてるし、FBより信頼出来るわ」
「は?あいつ自分のこと「スナイパー哲!」とか言ってるくせにそんななの?何なのよマジで」
「な?ほんとだよ」
そう笑うえおえおに、あろまも釣られて呆れ笑った。

「あ、でも。あろまは一応今は衛生兵だからさ、あんま特攻しすぎないようにしてくれ」
休憩終了、とえおえおは腰を上げる。
んーと背伸びをしながら、あろまの方を見た。
「俺達の後ろで、周りよく見てて」
隊長からの最もな指示だが、あろまはちぇっと小さく舌を打った。
「なんだそれ、つまんねぇーな」
「でもあろまが死んだら、助けてくれる奴がいなくなっちまう」
「……。」
えおえおの声は、いつも通り気が抜けているはずなのに、どこか神妙なものに聞こえた。
「だからあろまは、自分のことちゃんと守りながら、俺たちのこと助けてくれ」
「…分かった」
少し考えてから、あろまはその指示に頷いた。
おそらくこの隊長は、特攻が本分だった自分に釘を刺しているのだ。

「しょうがねぇーな。ほんとクソばっかりだもんな、お前の隊」
「そのクソの仲間入りしてんだけどな、お前も」
「うるせぇーよ」



ミッション当日。
事態は思いもよらない方向へと進んでいた。

ドア一枚隔てた向こうでは、爆撃音が響き続けている。
戦況は、非常にマズイことになってきている。

「あ?お前今なんつった?」
目の前に立ちはだかる隊長を、あろまは厳しい視線で睨みつけていた。
「あろまはここで離脱してくれ。戻ってこの状況を本部に伝えてきてほしい」
「ざけんな!」
えおえおは淡々と指示を出し、無理にでも出ていこうとするあろまを防いでいた。
苛立ったあろまは手にした銃器の底で、床を強く叩く。
「ここまで来て帰れとか、お前マジ何言ってんの?ふざけた事言ってんじゃねぇーよ」
「本部と連絡がつかないし、俺達の状況も良くない。ここで俺らが全滅したら、後からくる部隊もヤバくなる」
「知るか!いいからさっさとそこ退け!俺が全部捌いてやる!」
怒鳴るあろまに対し、えおえおは黙ったまま強く見据える。
その視線の威圧感に負けず劣らず、あろまはえおえおに詰め寄り、えおえおの隊服の襟元を強く掴んだ。
睨み合いに決着はつかず、あろまは怒鳴り声を押さえ込んで低く言う。

「…今ここで引いたら、それこそ全滅するに決まってんじゃねぇーか」
「優秀な人材はそう簡単に失えないって言ったのは、あろまだろ」
「〜いいから退けや!扉ごとぶっ飛ばすぞこの野郎!」
「やるかこの…!」
えおえおが応戦しようと腰を低くした、その時。
扉の向こうから部下二人の声が飛んできた。

「隊長マズイよ!これマジマズイ!」
「ちょっとー!早くこっち来てー!!えおえおー!あろまー!」

この向こうで、FBときっくんは二人だけで 踏ん張っている。
こんなところで言い合いをしている場合ではないのだ。
えおえおは我に返って、あろまに頼み込む。

「〜あろま、頼む戻ってくれ!」
「お断りします!」
見事な即答だった。
「おいあろま!?」
えおえおを振り払ったあろまは、扉の向こうに銃口を振りかざしながら駆けて行った。

「くっそ!」
押し切られたえおえおはその姿を追い、即座にチームの援護に入る。
「ー…!」
えおえおの前を駆けるあろまは、鬼神のようだった。
見事なエイム力でヘッドショットを連発し、的確な立ち回りで敵の勢いを壊す。
圧されていたFBときっくんも態勢を立て直し、遠距離支援と近距離特攻の、本来の攻めに集中出来るようになった。
あろまの高らかな声が響く。
「俺の前に出る奴全員ぶっ殺す!!」
それじゃまるで立派な悪役だ。
えおえおは好転した戦況を見極めながら、くすと笑った。
銃を乱射して目の前を駆ける衛生兵は、自分なんかよりもずっと「特攻隊長」というに相応しい姿だった。

なんとか4人で凌いだ今回の作戦は、ギリギリで勝利をものにした。

報告書を見た上司からは「援軍を頼むタイミングが遅かった」「衛生兵を前線に使うのは常識外れだ」などとグチグチと言われた。
しかしえおえおは「あそこであろまが離脱していたら、確実に残ったメンバーは殲滅されていた」と返した。
今になって思えば、あそこであろまが強行してくれなければ、きっと自滅していた。
自分の判断力もまだまだだな、とえおえおは溜め息を吐きながら、メディカルルームの扉を開けた。
中では メディカルチェックを終えたFBときっくんが いつものように騒いでいる。
命からがら帰ってきたとは思えないテンションの高さだ。

「あれれ〜?きっくん見て見て。あろまちゃんが何か書いてますよ〜?」
「あれれ〜?あろまちゃんそれ何ですか〜?始末書ですか〜?」
「〜うるせぇーな!さっさと帰れ雑魚どもが!」
机に向かっていたあろまは、後ろから揶揄してくるゲス声二人を振り返る。
「おめぇーらが頼りねぇーから俺が援護してやったんだろ!それなのになんで俺が怒られんのよ!?」
「え〜?俺知らな〜い」
「俺も知らな〜い。あろまがヘマしたからじゃないの〜?」
「もう死ね!お前ら一回死ね!」
プププと小馬鹿にした表情で言い返してくるFBときっくんに、あろまは絶好調の罵声を浴びせていた。

「あ、えおえおだ。お疲れサマンサ!!」
「ねぇねぇ、えおえおも怒られた?始末書書く?」
FBの糞ギャクは総員スルーして、きっくんはニヤニヤとえおえおを見た。
「いや、俺は特に書かない」
「え!?」
さらりと答えたえおえおに、あろまの方が声を荒げた。
「なんでお前書かないの!?」
「だって俺は別に悪いことしてねぇーもん」
「はぁ!?悪いことって何よ」
「え?だってあろま 俺の命令無視したじゃん」
「あ、そうなの?俺らその辺全然知らねぇーや」
「なぁきっくん?」とFBが同意を求めた相手は、小学生みたいにあろまに指を差す。
「いーけないんだ!あろま、隊長の命令は絶対なんだぞぉー」
「いやアナタも大概無視して進むでしょ!?」
FBの言う通り。
今あろまが書いている書類を、誰よりも書いたことがあるのは、おそらくきっくんだ。
でも彼はそんな失態をいつまでも引きずるタイプじゃない。
「えぇ!?俺がいつえおえおを無視した!?お前のほうが話聞いてないだろー」
「いや、俺が言ってるのは、話聞いてる聞いてないの話じゃなくて!」
「はぁ?じゃあ何の話なら聞いてるんだよぉ!」
「は!?何の話って何の話よ!?」
FBときっくんは終わりの見えないやり取りを始める。
二人をあえて放っておく事にしたあろまは、むすと不服げにえおえおを見上げた。

「つーかふざけんなよ。お前あそこで俺が引いてたら全滅だったべや」
「うん。俺も今となってはそう思う」
あっさりと肯定されてしまった。
「…何なのよマジ。理不尽にも程があるわ」
ここで駄々を捏ねても 作業は進まない。
あろまは諦めて ペンを回し、初文の続きを考えることにした。
「サンキューな」
「あ?」
唐突に降ってきたえおえおからの言葉に、視線だけ上げて意味を問う。
えおえおはしれっとした顔で あろまの前に立っている。
「いや、あん時俺も自分じゃ気づかなかったけど、結構テンパってた。だから、あろまがいて助かったわ」
「…。」
改まってそう言われると、どうにも落ち着かない。
あろまはふんと鼻を鳴らして 頬杖を付く。
「…本当によ。もっと感謝しろや」
「うん、そうしとく」
頷いたえおえおは机の上のいちご大福に手を伸ばす。
「だーから俺のだって言ってんだろ!」
「だってこれこの前からあるじゃん」
「違うやつに決まってんだろ、お前あん時の大福が今もここにあったら腹壊すべや」
「あぁ、そっか」
なんともとんちんかんな隊長だ。
FBがピザ食いたいと騒ぎ出し、あろま以外の面々はメディカルルームから出て行く。
やっと落ち着いて書類に取り掛かれる。そう思ったあろまに、きっくんの声が飛んできた。

「あろまー!また一緒に出撃しようなー!」
振り返ると、ニコニコと子供みたいな笑顔で手を振っている姿があった。
「ってお前何遊びに誘うみたいなテンションで言ってんだ」
FBが笑いながらきっくんの肩を叩く。
「おう、気が向いたらなー」
ひらひらとあろまが手を振り返すと、きっくんもFBも手を振った。
騒がしい二人の脇にいたえおえおも、「またよろしくー」とあろまに手を上げていた。

ひゅん、という俊敏な電子音でドアが厳重に締まる。
静かになった部屋の中、あろまはやれやれと始末書と向き合う。

『MSSP』

実行部隊のコードネイムを、しっかりとそこに署名した。

「……つーか何の略称だ、これ?」

あろまほっとがその名前の意味を知るのは、まだ少し先の話だ。



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