小説(MSSP) | ナノ






▼ lonely Wolf STROLL

■軍パロで、あろまさんぽ。落書きログ。



いくら優秀な軍人であっても、休暇というのは欠かせないものである。
しかしその休暇を有意義なものに出来るかどうかは、その軍人個人の采配だ。

「潜入班からの伝達によると、作戦は少し様子を見たほうが良いとのことだ」
上司からの報告に、えおえおは目をぱちくりと瞬く。今日は次の出撃に備えたミーティングになると聞いていた。
「…それってつまり、俺らの出番はまだ先ってことスか」
「そうゆう事になるな。どれくらいの期間が必要なのかは未定だ。次の報告が上がってくるまで、羽でも鼻の下でも伸ばして待機しているといい」
それはこの隊の中でも一際出撃の多いMSSPにとって突然舞い降りた休暇だった。


「というわけで、お休みをいただきました」
上司からのお許しを持って帰ってきたえおえおに、部下達は嬉々とした表情で子供のように両腕を空に突き上げた。
それぞれが明日からの休暇に備え、意気揚々と自室へと戻っていく。
えおえおはそんな面々を見送り、一人やれやれと息を吐いた。
ぽすん、と一人掛けのソファーに腰を落とす。
脱力した身体を深く沈ませ、頭を背もたれに乗せて天井を仰いだ。

(……休みか)

FBときっくんはこの休暇で一曲作ろうという話で決着し、二人で楽器やらパソコンやらを持ち寄って部屋に篭るらしい。
音楽に関してはあのコンビに右に出るものはいない。彼らはただの声がうるさい狙撃手と顔がうるさい特攻隊員ではないのだ。
きっと出来上がった曲はまた勝手に寮中のスピーカーで流して、大佐に怒られるのだろう。
それを少し楽しみに思いながら、えおえおはゆっくりと目を閉じた。

(……俺どうしようかな)

自分が戦場以外に何も取柄もない人間だと、こうゆう時に思い知る。
こうして休暇を貰っても、一人では何をしていいのか全く思いつかないのだ。
ふと、いつか来るかもしれないこの戦争時代の終焉を思い描いてゾッとした。
たった一人で抜け殻のように闇に立ち尽くす自分が、瞼の裏にはっきりと見えた。
悪い夢を見るのはまだ早いと目を開けると、顔面こちらを上から覗き込むあろまのドアップだった。

「お前何してんの」
あろまの声を聞く間もなく、思わず「わぁっ!」と悲鳴のような声と同時に勢いよく起き上がった。
あろまは飛び上がったえおえおに ふははと悪魔のように笑う。
「そーんな驚くことなくね?」
「いや今完全に俺一人だと思って油断してたわ」
「なんで油断すんのよー」
ケラケラと笑いながら、あろまはテーブルにあった紙カップを取りあげる。
「これっだっけ?俺がさっき飲んでたの」
先程の自分の飲みかけを、捨て置かずにわざわざ取りに来る辺りは、彼のケチな性分を現している。
「あーやっぱ冷めてたか、くそまずいわ」
ぐいと飲み干したカップを潰し、ゴミ箱へ投げる。残念、シュートはハズレ。
くそと吐き捨てながらも、きちんとゴミ箱へと入れに歩む。その首に、一眼レフカメラがぶらさがっていた。

衛生兵という名の特攻兵であるあろまの趣味は、意外にも写真撮影である。
しかも撮るのは鬼のあろまと云われる彼が撮ったとは思えないような、美しい風景や愛らしい小動物が多い。
いよいよ、我が隊のメンバー達は『人は見掛けによらない』という言葉を絵にかいたような者ばかりだ。

(……俺には当て嵌まらないけど)
えおえおは心の中で自嘲しながら、あろまに問いかけた。

「あろまは明日何しに行くの?」
「あ?」
振り返ったあろまは、カメラを軽く見せるように手に持つ。
「見れば分かんだろ、散歩ついでに町見てくんの」
こいつを使うのは久々だから今日は少し寮の中で撮り歩くのだと続けるあろまに、えおえおはふーんと相槌を打つ。
「じゃあ俺もついて行こうかな」
気まぐれな思いつきだった。あろまは基本的に単独行動を好むロンリーウルフだ。同行を渋るようならやめておこうと思った。
けれど、あろまは予想外にも嫌がりはせず、にやんと笑んでくる。
「お!じゃあお前、昼飯おごれ!」
ロンリーウルフ撤回。この眼鏡はただのケチなおっさんだ。
「…なんでそうゆう話になるかなぁ」

かくして突如与えられた休暇は、あろまと写真撮影の散歩に出ることに決まった。



急な指令があるかもしれないと思い、あまり遠出はしなかった。
あろまが選んだのは、戦争から他国へ逃げることも出来ずに息を潜める民間人が暮らす集落地帯。
一時期は戦場の嵐だったこの地域も、ようやく落ち着きを見せ始めたところだ。
広場では市場が開かれていたり、路地では子供たちがゴム飛びや駒で遊んでいたりする。
貧しくも和やかな活気を感じる地域だ。
けれど、この世界に蔓延る闇は、いつだって幸せに対して反逆を狙っている。
よく見れば、あちらこちらに武装した男達が歩き、少年達は本物の銃を持って銃撃戦の真似をして遊んでいた。

なんとも危うい、生々しい戦渦を目の当たりにしている。

けれども、町を歩き見るあろまは悲観的な物思いを抱えているようには見えなかった。
フレンドリーに住民達や子供達に声をかけ、あまつ銃の正しい構え方まで伝授している。
あろまがカメラを構えていると、自然と周囲に小さな人だかりが出来た。
あろまの腰ほどしかない子供達が、わらわらと集まってくるのだ。
子供は皆手足が木の枝のように細長く、目玉が瞼から落ちそうなほどぎょろりとしている。
栄養失調の症状が多く見られるが、病院へ通っている子供なんて一人もいないだろう。
それでもその子供達があろまのカメラに興味津々と群がり、何が撮れたのかと覗き込む姿は無垢で無邪気だ。
子供達の笑顔やはしゃぐ姿は子供特有の輝きを放っていて、見ていて飽きる事がない。
えおえおは少し遠巻きに、あろまの周囲で笑う子供達を端末で撮影した。
その子供のうちの一人が、うちは料理屋をやっているから食べに来てくれとあろまの裾を引いた。
子供は「そんなに美味しくはないのだけれど」と遠慮がちに言ったが、あろまはえおえおを振り返って子供を指差す。

「ちょうどいいからコイツんトコで飯にしようぜ」
「いいよ、じゃあ連れてってもらおう」
ちょうど昼飯時だ。馴染みのない地域でお誘いを受けるなんて有難い。
軍人がお邪魔したら蜂の巣にしてしまえと怒鳴る店だってあるのだ。お言葉に甘えておこうと、二人で子供の案内を受けた。

子供の家でもある店の構えは、貧相なものだった。
かろうじて大衆食堂のような造りをしているだけ。入り口の壁には、戦渦の爪あとである銃痕が幾重も残っていて、ネズミに齧られたチーズのようだった。
店主は子供の母親で、子供と同じように折れてしまいそうな手足をしている。
父親はいるのかいないのか、尋ねることはしなかった。なんとなく、聞かずとも「いない」と分かる空気だった。

メニューは無く、簡単な昼食でいいと告げると、母親はキッチンの中で丹精に食事を作ってくれた。
正直、出てきた飯は軍の支給品のほうが美味いと思ってしまう程度のものだ。
でも、温かい湯気を立てる食べ物は、二人の腹にじっくりと染み渡る。
いつもは味にうるさいあろまも、今日はご満悦だ。
「やっぱ火で温めた飯は美味いわ」
そう、支給品はほとんど冷めていたり、電子レンジや湯で簡易的に温めたものばかりなのだ。
こうして人の手が作った食事をするのは本当に久々で、和やかな母子と会話を交わしながら平らげた食卓は、心にも暖かかった。

「ごちそうさまでした」
えおえおは店主から提示された金額の倍以上の現金を、そっと子供に握らせた。
手の中をみた子供はハッと目を見開いて、えおえおを見上げる。
「美味かったよ、ありがとな」
えおえおがそう笑うと、子供は一目散で店主である母親の元へ駆け寄り、その金を渡す。
母親は受け取ったそれに息を飲んで、そして大切そうに胸に抱くと、えおえおに深く深く頭を下げた。

店をあとにする時も、母子は何度も何度もえおえおに頭を下げた。
もういいからと困ったように笑うえおえおは、「元気で」と手を振って店を出た。
外の路地で待っていたあろまは呆れ顔で、ふんと鼻を鳴らす。
「んなの、ちっぽけな偽善だろ」
そんな事を言うあろまが、けれど先程こっそり皿の下に紙幣を何枚も置いていたことを、えおえおは知っている。
こんな一時的な金では根本的な解決になるわけがないのだということは分かっている。
けれど、だからといって見過ごしていけるものではないのだ。
いつか、出来ればあの子供達が大人になる前には、この戦争という理不尽な貧困の押し付けが終結すればいいと願った。



温かい食事で腹を満たされたあと、えおえおとあろまはまた当ても無くふらふらと町を見て回った。
あろまが足を止めてカメラを構え始めると、それに習ってえおえおも足を止めて辺りを見渡す。
景色は次第に町の中心部から裏通りの住宅街、スラム街のような場所に進んでいた。
けれど周囲に嫌な敵意や気配もなく、遠くで子供達が遊んでいる声も聞こえてくる。
廃墟の隅に咲く花々やひらひらと舞う蝶々。日差しが差し込む瓦礫でのんびり寝転がる野良猫。
カシャカシャとシャッターを切る音が、よく耳に届いた。

「こうゆう場所、よく見つけるなぁお前は」
「お前の目が節穴なだけだろ」
その通り。きっとえおえお一人では、一発で迷子確定だ。
それに、こうゆうものは見つけようとしなくては見つけられないものだ。
あろまが見つける景色は、切なくも美しい色をしていた。

あろまのカメラのシャッター音に耳を傾けながら、えおえおも端末で気に入ったものを撮影してた。
「おっ、これ結構良い感じで撮れてない?」
「どれ?」
えおえおが我ながらに上手く撮れた一枚を、あろまに自慢しようとしたその時だった。
鬼気迫る女の悲鳴が、路地の向こうから響いてきた。
「逃げてー!!」
何事かと悲鳴のほうを振り返り、えおえおもあろまも咄嗟に腰の銃のホルダーに触れて身構える。
そのすぐ後に、真横の路地から幼い子供達が一斉に駆け出してきた。
「!?」
脇目も振らずに飛び出した子供達は、えおえおとあろまに勢いよくぶつかった。
予期せぬ衝撃に、子供の何人かが弾かれて道に転がる。
「どうした」
「大丈夫か」
二人がそう声を掛けても、子供達は顔を青くして しどろもどろになって逃げていく。殺人鬼にでも見つかったかのような表情だ。
「おい!?」
蜘蛛の子を散らしたように駆けていく集団に、えおえおは咄嗟に声と手を伸ばすが、子供達はそれぞれに路地裏へと走り消えていく。
「なんなんだ」
唖然とするえおえおの肩を、あろまが「おい」と小突く。
見やると、壁際で必死に身体を小さくして蹲っている女の子がいた。
おそらくぶつかって転んだ子供のうちの一人だろう。10歳前後の少女だった。
直前の悲鳴と逃げる子供達の様子から察するに、何かトラブルであることは間違いなかった。
えおえおとあろまは周囲を警戒し 感覚を研ぎ澄ますが、追っ手や敵意は感じない。
互いに目線を交わし、問題なしと頷いた。

「どうした、何があった」
あろまが少女の脇に屈みこんで尋ねると、彼女は悲壮感でいっぱいの目を見開いた。
「お願い、連れていかないで…!!」
「あ?」
「うちには弟がいて、私が世話をしなきゃいけないの!だから、お願い…!」
どうやら何か勘違いをされているようだ。
「いや俺らはただの通りすがりのおっさんだよ、誘拐犯でもなけりゃ変質者でもねぇーって」
あろまは、ほらと手にカメラを持ってみせ、ついでに今日撮った写真の何枚かを彼女に見せてやる。
少女はその写真に写る子供達の中に顔見知りを見つけたのか、口の中で「ほんとだ」と呟いた。

「だろ?で、この後ろのおっさんも俺と同じ、ただの通りすがり。まぁもしかしたら君がそのスカート脱いだら金積んでくれるかもしんねぇーけど」
「おい!?おいちょっと、人の印象を勝手に最低にするのやめてください!?」
とんでもない法螺話に、えおえおはぎょっとして声をあげた。あろまはふふと意地悪く笑う。

「何よお前、さっきは金しこたまガキに握らせてたじゃねぇーか?」
「〜あれはそうゆう金じゃないだろ!?やめろよ変なこと言うの!ほら、なんかめっちゃ疑われてるじゃん俺…!」
少女からの疑惑の眼差しに、えおえおが取り成すように苦く笑う。
「このおっさんの話は全部嘘だから、信じちゃダメだよ」
「……じゃあ、通りすがりの人っていうのも…嘘なの?」
少女のか細い声に、今度は必死で首を横に振るう。
「いやいや!それはホント!それは事実だ…!」
「ほらぁー、お前が余計なこと言うからややこしくなんだべやー」
「俺かよ!?お前だろ余計なこと言ったのは…!?」
「ちょっとやだー。このおじさんすぐ大きい声出すー」
「…お前なぁ」
このままではあろまのペースである。埒が明かない。
えおえおはもう相手にしないぞと目で言いつけて、少女に話を戻した。

「さっき女の人が「逃げて」って叫んでた気がするんだけど、それは何か関係ある?」
少女は小さく頷くと、何があったのかを教えてくれた。

少女の話を要約するとこうだ。
「つまり、この辺は人攫いが横行してて、ガキやら女やらを連れ去りまくってるアホな連中がいると」
「そのアホな連中に、今しがた君らの世話をしてくれてたお姉さんやらお友達が連れて行かれたと」
最初に聞いた女性の声は、どうやらその保育士のものだったようだ。
うら若き女性が人攫いから子供達を庇い、連れ去られた。こんなところで暢気に子供の相手をしている場合ではなかったのだ。
「そいつらのアジトは分かるの?」
えおえおの質問に、あろまは目を丸くした。けれど、非難はしない。
少女は頷いて、石ころで地面に簡単な地図を描いて見せた。
「その辺は危ないから、皆近づかないようにしてるの」
「奴らが何人くらいいるのかは分かるか?」
次はあろまがそう尋ねる。えおえおも目を丸くする。けれど、横槍は入れない。
首を横に振った少女は、でもと続けた。
「10人もいないと思う。あいつら、元は私達と同じ親無し連中なんだ。金がなくて、仕事もないから、子供や女を売って稼いでるの」
年端もいかない女の子が口にする言葉ではないし、知るべき事情でもなかった。
でもそんな汚い闇を、この子達は常日頃見聞きして生きている。それが現実だ。

それからいくつかの質問をして、少女とは別れた。
少女は最後にえおえおとあろまをじっと見上げて、言った。
「お兄ちゃん達は、本当は軍人なんでしょう?」
真っ直ぐな眼差しに、えおえおは正直に頷いた。
「なんで分かったの?」
「なんとなく分かるよ」
こうゆう状況下で育つと、匂いに敏感になるのだろうか。少女はどこか諦めた目で路地の向こうを見た。
「もうお姉ちゃんや友達はここには帰ってこないかもしれないけど、せめて小さい子達に、弟達に死体は見せたくないから、どこかにあったら隠しておいてね」
返す言葉がなかった。少女はもう連れ去られた者達の行く末を悟っている。そしてそれを仕方の無いことだと受け入れている。
「じゃあ、私行くね。お兄ちゃん達も早くここを離れたほうがいいよ、アイツらが戻ってくる前に」
少女は野良猫のように足早に、路地へと消えていった。


取り残された休暇中の軍人二人は、ぽつんと立ち尽くす。


「さてさて。どうする隊長?」
このあろまの問いは無意味だ。答えは決まっている。
路地の向こうを見やる互いの目が、やけにギラギラと光っていることは了承済みだ。
「わざわざ聞く?それを」
「そりゃ聞くだろ。隊長はお前なんだから、お前のオーケーがなきゃ俺は動かねぇーの」
「なにそれ?」
いつもならこちらが指示を出そうが出すまいがお構いなしで突っ込むくせに。
「うるせぇーな、いいから「行くぞ」って言えや。そしたら動いてやるからよ」
金にも成績にもならないボランティア。しかも相手は敵国ではなく、女子供を脅かす人攫い集団。
国に殉ずる軍人が、しかも休暇中に首を突っ込む事例ではないだろう。でも、あろまの言いたいことはそうゆうことじゃあない。

「何?あろまもしかして無給で悪者退治して、皆に『良い人』って思われるのが嫌なの?」
あろまは遠くを見て、むっすりと何も答えなかった。
なんとも面倒くさい性格の部下に、隊長はしょうがないなと笑って『彼が動く理由』を与えた。

「はいはい分かったよ。俺はその攫われた女の人と子供達を助けたい。それにはあろまの力が必要だ。手を貸してくれ」
「いいだろう」
満足げに頷くあろまに、えおえおは呆れつつも笑った。困った人を助けるヒーローに憧れる鬼。桃太郎もビックリだ。
でもこんな棒読みの台詞で満足してくれるなら、お安い御用だ。何度だって言ってやろう。

「んじゃ、行きますか」




少女から教えてもらったアジトは、廃墟エリアの一角だった。
崩れた壁に身を潜めながら、えおえおとあろまはアジトのすぐ近くまで侵攻していた。
本拠地は目前のトタン屋根の小屋の中だが、さすがに見張り陣営が入り口に屯している。
頭数は五人。えおえお達と大差のない若者だ。
口と鼻をバンダナで覆った男達は、テロリストと何ら変わらないように見えた。
銃器を小脇に抱えた彼らは、くつろいだ表情で談笑している。どうやら自分達が襲われるなんて、微塵も思っていないようだ。

彼らの持つ武器をチェックしたあろまが、忌々しげにケッと顔を歪める。
「んだよ、アイツら結構良い武器持ってんじゃねぇーか。俺らなんて申請しても断られてボロい銃カスタムして握らされてるってーのによ」
「すぐ壊すような使い方してるから断られるんだろ?」
「あ?すぐ壊れるようなもん寄越してくる奴らが悪ぃーんだよ」
「お前はすぐそうやって、」
文句言うんだから、とは続かなかった。えおえおもあろまも、キュッと口を閉ざし耳を澄ます。
アジトの中から、男の怒号に重なって、小さな悲鳴が聞こえたのだ。声は子供や女性のもの。
外にいる男達はその悲鳴には全くの無関心で、談笑を続けている。
力の弱い者達を暴力と恐怖でねじ伏せることに、何の疑いも罪悪感もないのだ。

「急ごう」
短く言ったえおえおは、より注意深くアジトを見やる。
入り口に停まっているトラックは、おそらく拉致に使う彼らの足だろう。
ここからではその車が壁になり、アジトの中を確認できない。
場所を移動すれば侵入可能な隙間くらいはあるだろう。しかし今は裏手に回る時間が惜しい。
中に踏み込む為にはまず、入り口を掃除しなくてはならなかった。

「同意だけど、お前装備は?」
あろまから尋ねられ、えおえおは自分の腰と両腿に固定しているホルダーを軽く叩いて見せる。
「これぐらい」
愛用のナイフ1本と、パースエイダーが一丁。そしてリロード用のクリップが1つ。
ミッションを遂行する時に比べれば随分とおざなりだ。
しかしそもそもはただの休日だったのだから、必要最低限の構えでも仕方がない。

「まぁ素人相手なら充分だろ」
ケロリと言うえおえおに、あろまは苦く笑って小首を傾げる。
「素人なら、な」
そう揶揄するあろまも、えおえおと同程度の軽い装備。
もし相手が傭兵やテロリストなら、これでは丸腰も同然だ。

ふむと考えたえおえおは、足元の手ごろな小石を拾いあげる。
「いっちょ試してみますかね」
そう言い、何度か小石を手の中で転がしてから、アジト目掛けて小石を緩く放り投げた。
ふわりと大きな弧を描いて飛んでいった小石は、トラックの荷台に当たって音を立てる。
瞬間、男達は一斉に顔色を変え、音のほうに銃口を向けて身構えた。
その動きで、えおえおもあろまも相手がずぶの素人集団であると確信した。あろまはふんと鼻で笑う。
「なってねぇーな、クズかよ」

一方向から不可解な物音が聞こえた場合、全員でそちらに意識を向けるのは一番やってはいけない行動だ。
どれだけの数の敵が潜み、どこから現れるのか分からない状況であれば、全員で全方位を警戒するのがプロというもの。
それなのに、男達は今もトラックの周辺を恐る恐る警戒し、裏や荷台を覗き込んでいる。全員がえおえおとあろまに完全に背を向けた状態だ。
えおえおは拍子抜けだとため息混じりであろまに言う。

「あれじゃ弾がもったいねぇーな」
「俺左からな」
「了解」
短いやり取りで合意し、共にナイフを抜く。低く身構えて男達を睨む二人の姿は、まるで獲物を定めた豹のようだ。
えおえおがもう一度小石を拾い、手首のスナップだけで大きく放った。
今度の小石はトラックのフロントガラスを目掛けて、空から落ちる。
コツンと音がした時にはもう、二匹の豹は男達の後ろにいた。
えおえおは右から、あろまは左から、男達の首に一発で致命傷を与えていき、絶命した身体を地面に転がす。
その一瞬の襲撃に、銃声や悲鳴が響くことは一度もなかった。


「サイレンサーついてやがる。贅沢な奴らだ」
えおえおがトラックの影に隠れながらアジトの中を確認している横で、あろまは落ちている銃を手当たり次第荒らしていく。
ぶつぶつとボヤくあろまに構わず、えおえおはゆっくりと影から頭を覗かせた。
中はテントが張られており、視界が悪い。しかし、布越しに人影がいくつか確認できた。
「おいあろま?」
指示をと思い振り返ると、あろまは妙に嬉々とした目でパースエイダーを両手で持ち比べている。
「どっちにしよっかなぁー」
それじゃただの強盗だ。えおえおの目はじとと据わる。
「それあとで没収だかんな」
「は?なんでよ」
「今使ってもいいけど、一応押収品だから」
「お前が黙ってれば俺のもんだ」
「ガキ大将かお前は」
やれやれと首を振る。あろまは選別を終え、えおえおの横にさっと低く滑り込んできた。

「んで、どんな感じよ?」
その手には敵の銃。結局、サイレンサー付きのスナイパーを選んだようだ。
「テントが邪魔でよく見えないけど、多分あの立ってうろうろしてる人影は奴らだろうな。攫われた奴らはおそらくあの座ってる集まりだと思う」
銃で軽く人影を示しながら、えおえおはこれからの行動パターンを組み立てていく。
「人数はそこまで多くない。ここから確認できるのが2人だけだ」
「少ねぇーな」
「影で見えてる範囲だからな。でも足音からするに、あれで全員だ」
えおえおはそっと目を閉じ、全神経を鼓膜に集中させる。テントの向こうの気配に、耳を尖らせた。
「どうよ」
あろまが人影に目を凝らしている横で、閉じていたえおえおの瞼がすぅと開く。
「間違いない。今歩いてる足音は二人分だ。敵は二匹」
珍しくピンと糸を張ったえおえおの声色に、あろまは微かに口元を笑わせる。
えおえおの耳はとかく優秀だ。MSSPの中でも群を抜いている。
自分も耳を澄ませてみるが、さすがに頭数までは割り出せない。
あろまはスキルの違いに観念し、負け惜しんでえおえおにふと笑った。

「お前ほんと犬みたいな耳してんな。人間じゃないんじゃねぇーの?」
「酷いな。犬はどっちかっつーと俺よりFBだろ。よく吼えるし」
「いや、あいつはどっちかっつーとピザだろ」
「それただの悪口じゃねぇーか」
「お前もだろ」
笑い雑じりの冗談を交わし、二人はさてと気持ちを入れ替える。

「せっかくスナイパー手に入れたんだから、ここから撃ちたい気分だけどな」
「もしくはこのまま突っ込んでって、テントごと奴らに掴みかかるとかな」
この状況でその方法が適うのは自分達ではない。FB777とKIKKUN-MK-Uだ。だがしかし二人はここには居ない。
ここに居るのは、えおえおとあろまの二人だけ。悪名名高いMSSPの隊長と、特攻出身の毒性衛生兵。
そう思えば、この二枚だけでも強烈なカードだ。
「まぁ、あろまと俺で突っ込めばなんとか良い感じになるだろ」
えおえおのざっくりとした希望的観測を、あろまが呆れ笑う。
「結局お前は突っ込む作戦しか立てないのな」
「じゃあお前はどうなんだよ、なんかもっと良い作戦があんのか?」
むむむと唇を尖らせて言い返してきた隊長に、あろまは自信満々と胸を張って応えた。

「何言ってんだお前、突っ込むしかないに決まってんだろ!」
「ほらやっぱり!」
ふははと笑うあろまに、えおえおも笑って許す。
この理不尽な言動こそが、我らが毒性衛生兵なのである。

結局、『二人で突っ込む』が次の行動パターンに決まった。満場一致の最善策。
えおえおもあろまも、そっと息を潜め、じりじりとタイミングを計った。
出来れば子供達と男の距離が離れた瞬間を狙いたい。子供達のすすり泣く声を耳にしながら、その時を待つのは息が苦しくなるほど長く感じた。
そしてその時はようやく訪れる。布越しに動く二つの人影が、集団の左右に割れた。
1対1を臨めると踏んだ瞬間、えおえおとあろまは影から飛び出し、テントの中に踏み込んだ。

テントの向こうには、攫われた子供達と女性が一箇所にまとまって小さく蹲っていた。
「!」
突然の乱入者に、男達が血相を変える。
えおえおの言うとおり、相手は二名だった。
誰だと叫ぶ男の声を無視して、えおえおとあろまは左右に分かれる。身を低くして弾丸のように駆けた。

左を見定めたあろまが男に向かって飛ぶように走る。
相手との間合いを計り、軽々と踏み切ったジャンプをしてスナイパーを宙に振りかぶる。男は慌ててあろまに銃を構えようとした。
「させるかぁ!」
あろまは長いスナイパーを剣道の竹刀のように勢いよく振り降ろし、男の腕にジャンプ斬りを決める。
相手の武器が地面に落ちると同時に着地を決めたあろまは、瞬時にスナイパーを捨てて、ナイフへと持ち替える。
ぐっと強く踏み込んで、男の懐にぶつかるように身体を入れた。
鋭利な銀の先端は、男の肩を下からドンと突き上げた。関節を壊された激痛に、男の身体が凍りつく。
いつもはリンゴや梨を剥いているナイフも、使い方によっては相手の動きを封じるに充分な威力を持つのだ。
肩にナイフを深く突き刺された男は、口と目を限界まで開き、汚いブリキの玩具のような悲鳴をあげた。
そうして、ガクリと膝を折り、刺された腕を押さえて地面に転がった。

「死ねやクズ」
痛みにもがき倒れている男を見るあろまの目は、研いだ氷のように静かで、冷静だった。


左側の敵がそうして片付くまでの間に、右側でも同じように勝負は行われていた。

別の男はえおえお達の乱入にパニックになり、子供達にむけて銃口を向けようとした。
すかさず駆けたえおえおがその銃身に掴みかかり、狙いを天井へと外させる。
「離せー!」
男が叫び、処構わずに引き金を引く。発射の摩擦で熱くなる銃身を、それでもえおえおは決して離さなかった。
響き渡る銃声の嵐に、子供達が悲鳴をあげ、女性が子供達を守ろうと上から覆いかぶさった。
乱射された銃弾によって、天井は穴だらけになっていく。欠けた天井から子供達の上に日差しが入り込み、煙が立った。
男から銃をもぎ取ったえおえおは、男の鼻に銃底を思い切り叩き込んだ。鼻の軟骨が砕ける音と感触が身体に響く。
ダメージを受けた男が顔を押さえ、えおえおを振り切って逃げようとした。
「逃がすか!」
ガードも反撃も出来なくなった男に、えおえおは容赦なく飛び蹴りを入れた。
地面に転がった男はえおえおに背中から押さえつけられ、情けなく悲鳴を上げる。
男の背中に乗ってマウントを取ったえおえおは、男の後頭部を片手で押さえ込み、低い声で警告をする。
「動くな。両手を地面について、頭を下げていろ」
男はえおえおに言われた通りに、降伏した。鼻血が垂れて、地面のアスファルトに落ちる。
反撃心のない男を見やり、えおえおは一息を吐く。
背後を確認すると、子供達と女性は恐怖に竦みあがって震えている。それでも、体には致命傷はない様子だった。

「はぁ…疲れた」
無事に終わった。捉えた男を後ろ手に拘束し、えおえおは息をつく。
あとは地元の警邏隊に引き継ごう。そう思った矢先、男の命乞いする悲鳴が耳に届き、えおえおは目を見張る。
あろまが腰のホルダーから自分の銃を抜き、倒れている男に向けているところだった。
男の肩にはナイフの柄が突き立たっている。激痛に喘ぐ男を見下ろすあろまの指は、淡々と引き金にかかる。

「あろまよせ!!」
咄嗟に響いたえおえおの叫び声は、命令に近い声色だった。隊長と呼ばれる彼の、唯一の怒号。
ピクリと動きを止めたあろまは、えおえおを舐めるように見やる。
「…、」
あろまの目の鋭さは、特攻のそれだった。どうやら何かスイッチが入ってしまっていたようだ。
「…撃つな。もういい」
えおえおはあろまにそう言い聞かせて、銃を降ろせと片手で合図した。あろまはムと顔を歪める。
「は?なんで、……」
思わず反論しそうになった。
けれどよく見れば、えおえおの後ろで子供達が震え上がり、目を見開いてこちらを見ていることに、あろまは気がつく。

『小さい子達に、死体は見せたくないから』
少女の言葉が、あろまの頭を過ぎった。
「…………」
あの時、少女に何も言えなかった苦い気持ちを思い出す。
子供を売る男達と対峙したことで、思いのほか頭に血が昇っていたようだ。でもその殺意に近い興奮が、ゆっくりと落ち着いていくのを感じる。
あろまは、銃を降ろした。
「…ったく、しょうがねぇーな」
けれどこれは不本意なのだと、口を尖らせてみせる。
「隊長がそう言うんじゃ仕方ねぇーわ、生かしておいてやるよ」
どこまでいっても本心とは逆を言う天邪鬼に、えおえおは笑った。

あろまは銃を完全にホルダーに戻した。
あろまの氷のような殺意に死を覚悟した男も、苦痛の中にふと安堵の表情を見せる。
けれどすぐにその目がギラと悪意に光り、隠し持っていたナイフを手に握った。
せっかく命拾いしたというのに、愚かな奴はどこまでいっても愚かだ。バカな悪足掻き。

男がナイフを振るうのと、あろまのつま先が男の顎目掛けて蹴り上がるのはほぼ同時だった。
ずぶの素人の動きが、特攻仕込みのスピードに敵うわけもない。紙飛行機とジェット機のようなものだ。
あろまの蹴りは見事に男を吹き飛ばし、隠しナイフはくるくると宙を舞った。
「ほら見ろ、お前みたいな暢気な隊長がいるから、こうやってバカなクズが調子に乗って俺に歯向かってくるんだよ」
円を描いて降ってきたナイフの柄をパシリとキャッチしたあろまは、ケッと舌打ちをしてえおえおを睨んだ。
子供達があんぐりと口を開け 羨望に近い眼差しをあろまに向け、女性はなぜか「ブラボー」とあろまに拍手を送る。
賛辞を送る彼女たちをチラと見て、えおえおはふふと笑いながらあろまに言う。

「いいじゃん、良かったじゃん。これで晴れて、あろまもヒーローだ」
「うるせぇー死ね」

アスファルトの上、吹き飛ばされた紙飛行機の男は泡を吹き、身体を痙攣させていた。


その後は地元を警吏している部隊へと引き継いだ。
生かしておいた犯人達や、親のいない子供たちが今後どうなるのかまでは、えおえお達には知る由が無い。
所詮はもぐら叩き。トカゲの尻尾きり。この戦地に蔓延る闇は、一つ叩いたところで解決したりはしないのだ。

担当兵に一通りの事の成行きを説明し、えおえおとあろまは撤収することにした。
武器を回収していた兵士に、はてと声を掛けられる。
「他に押収品はありますか?」
「ありません」
兵の質問にそう即答したのはあろまだ。えおえおはあろまの清々しい横顔に目を据わらせる。
「あろまほっとさーん」
隣からじとりと刺さる視線に、あろまはチッと舌打ちをした。
渋々と腰の裏に隠し入れていたサイレンサー付きのパースエイダーを、兵に渡す。
受け取った兵士はクスと一笑いして、えおえおとあろまに敬礼をした。
「有名なあのMSSPの方々がこの地域の治安維持に動いて下さったこと、心より感謝致します。この件は、しっかりと報告にも記載させて頂きますので、何か表彰を」
「いや別にどこも治安良くはなってないでしょ、それはおたくらの仕事ですよ」
「俺らの名前なんて書いたって、評価下がるだけですよ。忘れてください」
そんなたいそうな評価は、自分達には似合わない。
ヒーローはヒーローでも、ヒールヒーローで充分なのだ。
味方から嫌われ、敵からも恐れられ、それでも突き進む最前線の精鋭部隊。それがMSSPだ。
表彰を辞退するえおえおとあろまは、ふふと笑った。

「むしろコイツ、あろま今、押収品パクろうとしてましたからね?」
「そんな事言うならお前だってガキに金握らせてニヤニヤしてたじゃねぇーか」
「だーから!そうゆう言い方をするなって言ってんだろ…!」
きっとヒーローはこんな悪名の押し付け合いなんてしないだろう。でもこれが、自分達の”らしさ”なのだ。


帰り道、はぁあと息をついたえおえおが、大きく腕を伸ばして伸びをした。
一日中歩き回って動き回って、まるで訓練みたいな休日を過ごしてしまった。
あとは帰るだけだと思うと、ぐったりと身体が重くなっていく。気が抜けたのか、まぬけな欠伸が一つ出た。
「とんだ休日だったなぁー」
「ほんとにさ」
あろまはケラケラと笑い、手に持っていたカメラを首に下げなおす。
そうして、前を歩くえおえおの背中を構図に入れ、シャッターを切った。

「あぁ、やっぱそのシャッターの音いいわ。銃声はもう聞き飽きた」
「お前、さっきめっちゃ耳元で乱射されてたもんな」
「まぁ誰も怪我がなくて良かったけどな」
「死んだガキもいなかったしな」

思いつきで首をつっこんだ事例にしては、まずまずの出来だろう。
二人は自分達の行動の結果に、納得していた。自分達の手で救えた命があったのだ。
まだまだ、自分達も悪くない。


えおえおは空を見上げて、未来を想像する。
いつか戦争が終わって、隊長なんて呼ばれなくなる未来。
その時には自分の周りにも、子供達の笑顔が溢れているだろうか。
出来ればその笑顔は、栄養失調や生死の境目でギリギリで生き抜いている姿ではなく、ふっくらと柔らかそうな頬をした、愛に恵まれたものならいい。
その和やかな愛情の中で、自分はファインダーを覗き、被写体と同じように心から笑うのだ。
人の命を奪う銃やナイフではなく、人の幸せを残すカメラを持って、町を歩く。
想像してみると、それはとても幸せで、素晴らしいことなんじゃないかと思えた。
空の向こうに見えた未来の風景に、えおえおは静かに笑う。

「いつか戦場から引退したら、俺もカメラを買おうかな」
いつか来る時代の終わりに思いを馳せると、やはり少しだけ足が竦む。自分の存在の何もかもを失ってしまうような気がして、怖くなる。
けれど、それでもえおえおは小さく笑っていた。

「いつかまた今日みたいな気分が良い日の空が、撮れたらいいな」

あろまは、何も言わずにただ黙って空に向けてシャッターを切った。
カシャリという同意の音は、風に乗って心地よく消えていった。
その時撮った写真は、今もあろまの部屋に飾られている。




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