小説(MSSP) | ナノ






▼ MSSP お掃除



「あー、しんどい…」
FB777は、手に持ったバインダーに向かって盛大な溜め息を吐く。
「日を跨ぐミッション連続とか、さすがに無いわ」
同意したあろまほっとも、持っていたバインダーをテーブルに投げる。
「もー、俺らだって休みたいよなー」
KIKKUN-MK-Uはテーブルに腕を投げ出して 項垂れた。

MSSPは、このところ長期戦になる出動を繰り返していた。
たった4人とはいえ、個々が高いスキルを持つこの部隊は軍にとっても使いやすい隊だ。
下手な隊を向かわせて人員を削られるよりはよっぽど良い。
その考えは間違ってはいないのかもしれないが、さすがにどのメンバーも疲れや不満が溜まり始めている。


つい先ほども、あるミッションを終えて帰還したMSSPはメディカルチェックを終えたばかりだ。
各々に渡された自分のメディカルデータを見ながら、食堂へと雪崩込んでいた。
あとは隊長であるえおえおの到着を待って、4人で久々に腰を据えて腹を満たす予定だ。

三人は数少ないソファー席を陣取っていた。

「きっくん、頭どう?」
「何?頭は元からおかしいけど?」
「そうじゃねぇーだろ、さっき壁に頭打ってたじゃん」
「あぁ、平気平気。あれはね、前見てなかったからぶつかっただけだよ」
「いや前見ろや」
「なんであの状態で前を見てないなんてことが起こるの」
それぞれにぐったりとしたままでも、いつもの笑いを含んだ掛け合いをしている。
すると、円卓の方からこれみよがしの会話が聞こえてきた。

「ウチの隊も武器の入れ替え頼んだら、どっかの部隊が毎回毎回取っ替え引っ変えしてるから在庫ないとか言われたんだぜ」
「マジかよ、どこの隊だよ。考えも無しにバカな作戦ばっかり突っ込んできてるのはよお」
「いくら上から優秀とか言われててもさ、やっぱり他のチームと連携取れないような奴らじゃごめんだよな」
「ただのうるさいだけの突っ込むしか脳のない連中だろ、どうせ」

分かりやすい嫌味だ。
FBはうんざりと溜め息を吐く。
MSSPに対する評判は、身内からはあまり良くないのは知っている。
横の繋がりを持たない部隊は、こうゆう僻みや妬みの格好の標的なのだ。

「何あの言い方、ちょおムカつくー」
「な。雑魚が盾突いてくんなやって話だよな」
きっくんとあろまも、自分達の事を言われているのは分かっている。
むっと面白くない顔をした二人に、FBは苦笑う。
「まぁまぁまぁまぁ。俺達ってどっちかって言えばヒールでしょ?」
ヒールヒーローでしょ?と、フォローしてみるのだが、二人はあまり軽く流せる気分ではないようだった。

「そうそう、所詮は他の隊で使えない奴集めただけだって言うしな」
「この前の軍事演習でも、あのバカな隊のせいで散々こっちの動き狂わされたしな」
立て続けに聞かされる嫌味に、きっくんがテーブルにうつ伏せにしていた身体をムクリと起こす。
「は?さすがにマジでムカつくんだけど。俺ら以外の隊の動きがとろいんだよな、使えねぇーのはそっちだっつーの」
こっちもわざと聞こえる音量で、そうボヤいてみせる。
嫌味を言っていた円卓の連中が、ギラリとこちらを見たのが背中で分かった。
食堂が徐々にピリリと険悪なムードに変わっていく。

しかしFBだけは、まだこの不穏な空気を宥めようとしていた。

「まぁまぁきっくん、負け惜しみってやつでしょ。いちいち気にすんなって!ねぇあろま?…って…あれ!?」
ついさっきまでドカッと足をテーブルに投げ出したあろまに座られていたはずのソファーが、空っぽだ。
FBは驚いて目を見開く。
ハッ!!と振り返って見ると、ちょうどよく特攻仕込みの回し蹴りが、嫌味を言っていた軍人の一人に決まっている瞬間だった。

「あろまほっとさーん!?」
FBの悲鳴も虚しく、相手は胸に食らった蹴りで食堂の壁まで吹っ飛ばされていった。
並んでいたテーブルや食器も、飛んでいく軍人の勢いに持って行かれて飛び散った。
「何すんだてめぇ!?」
同じ円卓に座っていた仲間達が、血相を変えて立ち上がる。
他の席でくつろいでいたはずの者達も、何事かと目を見張った。

騒然となる食堂の中央で、しかしあろまは蹴り上げた足を高く保ったまま、「イマイチ飛ばなかったなぁ。やっぱ疲れてんのかなぁ?」と首を捻っていた。

「〜〜何してんのお前ぇえ!?」
慌てて立ち上がったFBが あろまに駆け寄る。
あわあわと慌てふためいているFBを見ても、あろまには気にした様子は一切ない。
「あ?別にいいべや、組手の練習だよ」
足を下ろし、当然の如くそう返した。

「お!いいねそれ!俺もやーろっと!」
きっくんも座っていたソファーをピョンと飛び越えて、あろまの横に立つ。
「あろま、どっちが多く倒すか競争な!」
「いいよぉ?」
「おいコラきっくん何言ってるの!?」
にししと笑って提案しているきっくんを、FBが叱るのだが、両名に聞く耳持たず。
あろまは満更でもない笑みで きっくんの提案に頷いて、両腕の袖をまくり上げる。
「きっくんにだけは負けない自信があるわ」
「俺の必殺レッドブルーマウンテンブラストを見せてやるぜ!!」
こうなってしまった二人の暴走を止めるのは、至難の業だ。

「まぁ、こんな雑魚ども相手にしたって勝負になんかなりゃしねぇーけどなあ?」
「あー。確かにな!ここにいる奴ら全員、俺ら以外弱すぎて話になんねぇーわー」
大きな声でそう触れ回り、あろまときっくんは関係ない者たちさえも煽っていく。
仲間を吹っ飛ばされた隊だけでなく、他の面々までもが 恨み腰で二人を囲み始めた。
何故か自分もこの円の中心にいると気がついたFBは、「あちゃー」と頬を引きつらせる。
隊長も居ないのに、こんな風に他の隊を相手に喧嘩を売るなんて、あとでどれだけ怒られるか分かったもんじゃない。
どうにかこの状況を打破したいのだが、目の前のチームメイト二人の背中は、もう暴れたくてウズウズしている。
自分達を包囲する軍人たちを見て、あろまは鼻で笑った。

「雑魚のくせに俺に歯向かってくるつもりかよ。マジなんなのよ、ふざけんなや」
「いや一方的にアンタが殴りかかったんでしょ!?」
さすがと言わざるを得ない理不尽な言い分。
続いてきっくんも、殺気立つ相手に ビシ!と指を差して 宣戦布告する。
「お前らあんまりふざけてると、俺のサラウンドヘッドフォンが火を噴くぜ!?」
「どうゆう事!?」
「うるせぇ!火を噴くんだよ!」
どんな必殺技だと突っ込むFBに、きっくんは堂々と言い放つ。
「いや、きっくん、そのヘッドフォン壊れてるよ」
耳火傷するよ、とあろまも楽しそうに笑う。

これからここで大人数相手に乱闘しようという人間が、なんとも楽しそうである。
余裕綽々とやり取りする三人に、周囲を囲う軍人達の苛立ちは募っていた。
「いい気になってんじゃねぇーぞ」
「落ちこぼれが3人集まったぐらいで最強ぶりやがって。何がMSSPだよ」
その内のひとりが、三人の足元に向かって唾を吐く。

「こんな落ちこぼれしか集めらんねぇー隊長も、どうかと思うけどな!」

その声を、FBは聞き逃さなかった。

「……、」
FBはその男を振り返り、ニッコリ笑う。
次の瞬間、その男の鼻には見事な拳がヒットしていた。
一瞬で間合いを詰めてきたFBの反撃に、男は成すすべもなくその場に卒倒する。
「ぐあ」と崩れ落ちた男を見下ろすFBの目は、鋭利なものだった。

「なんだよ!FBだってやる気満々じゃん!」
きっくんに背中を突っつかれ、FBはフンと鼻を鳴らす。
相手の骨を折ってやった感触に 満足しつつも、怒りは収まらない。
「お前らさっさと終わらせるぞ!」
久々に本気で怒っているFBの掛け声に、あろまときっくんはにやりと笑う。
自分たちを囲う、敵意剥き出しの連中に向かって、二人は叫んだ。

「よっしゃ!ブッ殺すぞてめぇーら!」
「ひぃやっはー!」





一時間後。
食堂はガランと人気がなくなっていた。
引っ繰り返った円卓や、人が座れない有り様のソファー。
ボッカリと壁に開いた穴の数々。割れた窓ガラスや足の折れたチェアー達。
床に広がっているのは食器や壊れた家具の欠片。
食べかけの料理は飛び散って カーテンに染み込んでいる。
竜巻にでも直撃されたかのような、悲惨な光景だった。

その真ん中に、FB、きっくん、あろまは、ちまっと小さく正座して並ばされている。

「……お前ら、俺が居ない間に何やったの?」
三人の前には腕を組んで立つ、隊長様が君臨していた。

三人よりもメディカルチェックに時間の掛かった彼は、先に部下達を食堂に行かせていた。
チェックを終え、食堂に向かおうとしたところで血相を変えた事務員が駆けつけてきて、そのまま上司の呼び出しを食らった。

「チェック終わった途端に「お前の隊、今から二週間謹慎な」とか言われたんだけど…?」
じとーっと据わった目の隊長に見据えられて、三人はそれぞれに悪あがきを見せる。

「いやいや隊長!俺は止めたんですよ!?なのにこの人達ときたら、急にはっちゃけだしちゃって…!!」
「はあ!?FBだって俺らと一緒に超盛り上がってじゃん!何自分だけ言い逃れようとすんの!?」
「そうだぞ卑怯だぞお前!」

上司から事情を聞いたえおえおが慌てて食堂に向かうと、既にそこは後の祭り状態だった。
ボコボコにされてしまった隊員達は救護班に回収されていて、騒動の中心であった部下達はその場で猫の首を持たれるような形で上司達に確保されていた。
事態を治めてくれた上司達に礼を言い、えおえおは三人を受け取った。
三人には言い分があるようだったが、「そこになおれ、落としてやる」と叱りつけ、こうして正座させたのである。

「…つまり三人で格下の連中相手にマジで暴れたってことだな?FB」
えおえおの確認に、FBは言い訳の言葉を選びつつ 不服げな顔を見せる。
「いや、その、…〜だってぇー」
子供みたいに駄々を捏ねるFBに、えおえおは溜息を吐く。
「だってじゃねぇーよ。きっくんは?何したの?」
「いんやー?僕ちゃん何のことか分かりませんねー?」
わざとらしくすっとぼけるきっくんの横で、あろまは口を尖らせる。
「てゆーか、俺ら別に悪くなくね?向こうが勝手に吹っ掛けてきたんだよ、俺らのが被害者だから」
「へぇー?じゃああろま、最初に手を出したのは誰だったのか教えてくれよ」
ギクリ。
えおえおの問いに一瞬表情を引き攣らせたあろまは、苦し紛れに小首を傾げてみせると、言い分を方向転換した。
「…いやぁ〜?僕もよく分かんないですねー、こうゆう乱闘は初見だったんでぇー」
その良い子ぶる姿に、きっくんとFBが噛み付いた。
「おい何が初見だ!思いっきりお前じゃねぇーか!」
「颯爽と殴りに行ってたでしょあんた!」
「なんだよ俺のせいかよ!?」

罪の擦り付け合いを始める三人に、えおえおは「あーはいはい」と諦めて首を掻く。

「とにかくな、俺達今日から二週間謹慎だって事でな…」
「マジで!二週間もオフなの!?やっべー!ラッキー!」
えおえおの発言を遮って、きっくんがガッツポーズを上げる。
「きっくんどうする?バーベキューする?」
あろまは以前から4人で立てていた計画の実行を提案する。
「だな!行くか!バーベキュー!」
「お!いいね!俺肉食べたい肉!」
FBも 隊長に叱られて凹んでいた表情が、一変して輝いた。
長引くミッションの連続に、「休ませて欲しい」とちょうどボヤいていたのだ。
思いがけず転がってきた休日に、三人は盛り上がる。

しかし、えおえおはバッサリと告げた。

「残念だったなお前ら。その二週間で俺達のやる事はもう決まってんだ」

「え?」と きょとんとした顔で見上げてくる三人。
正座のままで、小さな子供みたいに並ぶ部下達に、隊長は両手で床を指差して応えた。

「この食堂の、完全修復です」

一拍、部下たちはその言葉に絶句した。
えおえおにはその瞬間、三人の頭の上に(なん…だと?)という文字が見えたような気がした。
そして、三人は一斉に非難を叫ぶ。

「はああ!?マジかよ!」
「えー!!なんで俺らがやるのー!?」
「業者とか頼めばいいのに!?よりによって俺らが直すとか無理でしょ絶対!?」

まるで巣の中の小鳥三羽が、ピーチクパーチクと鳴き喚いているようだ。
実際は小鳥というのはあまりにも可愛げのない、いい年をした大人なのだけれど…。
えおえおは 文句を言う三人に更なる追い討ちをする。

「二週間以内に全部直せなかったら鬼ミッション発注されるぞ。4人で100人殲滅してこいとか言われるぞ」

隊長の言葉に、いよいよ三人は息を飲む。
鬼にもほどがある。思った以上に処罰が重い。

「おいそれもう命と引き換えじゃねぇーか!?」
「ちょっと乱闘しただけなのに!?」
「もうヤダこの職場!転職したい!合コンしたい!」
「自業自得だ、つーかこの場合俺の方がとんだ被害者だよ!…まぁ2週間もあれば終わらないことはないんじゃない?ほら、立てお前ら」
正座をしてめそめそと嘆く面々に溜め息をして、えおえおは「始めるぞー」とひとまず掃除の準備に取り掛かろうとした。

「……?どうした」
しかし、急に静かになった三人は 各々にプルプルと体を震わせて俯いている。

「ちょっと待って、えおえお…」
きっくんが非常に深刻な声で 隊長を呼ぶ。
「はい?何?」
早く立てよ、と言おうとしたが、カッ!ときっくんの目が見開いた。
いつにも増して鬼気迫る表情をしている。
「今俺達は…掃除よりも転職よりもヤバイ事態に陥ってるんだよえおえお…」
「……は?」

えおえおが眉を顰めて首を傾げた瞬間、三人は再び一斉に叫び出す。

「〜〜〜うあー!足痺れたあー!!!」
「ちょっと!やめてやめて!きっくんこっちに寄っかかってこないで…!!あろま助けて!」
「ちょーっと!人の足触んなやお前!殺すぞ!!」

油の切れたロボットのように、グギギギ!と ぎこちなく身体を震わせて喘ぐ三人に、えおえおの目は据わる。

(全然反省してないのな、コイツらは。まぁいつもの事だけど)

「……元気だなぁ、お前ら」
えおえおは、崩れ落ちている三人の前に立ちはだかる。
ゆらり…と自分達の上に被さった人影に、三人は「いたた」と苦痛に耐えつつも顔を上げた。
そして、そこに立つ隊長の姿に恐れ慄く。

「……ちょっと、あれ?隊長…?」
「…おい…何持ってんだお前?」
「それどうすんの…!?」
隊長の手には掃除用のモップが握られ、持ち手の先端が自分たちの方を向いている。

「さーて、誰から行こっかなー?」
えおえおは、ここぞとばかりに良い表情を見せた。
「!!?」
その笑みが何を企んでいるのかは、一目瞭然だ。
言う事を聞かない足を引きずって、我先に逃げ出そうとする三人へ、モップの刑は無情にも執行された。

「やめてやめて!突つかないで!ごめんなさいっ隊長ごめんなさい!もう暴れないからあ…!!」
「ごめんごめん!マジごめんって!やめて!いーや!〜オイやめろやお前ぶっ殺すぞ…!」
「やばい!あれ!?おい俺ちょっと気持ちよくなってきたぞ!?」
「気持ちいいじゃねぇーよ!」
「きっくん頭おかしいんじゃないの!?」
順番にモップの餌食になる三人は、痺れた足を抱えたまま悲鳴を上げ、床に転げまわる。

「お前ら、俺を怒らせたら大変なことになるんだからな?」
隊長は三人の足の裏をツンツンと突いて回りながら、楽しそうにそう笑った。


2週間という長期に渡る、もしかしたらどのミッションよりも難易度の高い戦いが、始まろうとしていた。


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