小説(原作・パロ) | ナノ


▼ 痣と嘘

■切なさと甘さ半分の中鴇。旧ビズ設定(美柴自傷)
 

右の手首に 自分で斬りつけた痕がある。
この痕について 詳しく話すつもりはない。

ただ一つ言えるのは、この傷は何年経っても消えないという事だ。


【痕と嘘】


この痕は、長袖やリストバンドで隠すことが出来る。
人前でそれらを取る事はないし、ましてや他人に手首を返して見せるなんて事はない。だから 知っている人は誰もいない。
自分でもたまに目に付いて あぁ…と思い出すぐらいだ。忘れている。

「つーか、何気にそれ気になるんだけどよ」

安い灰皿に山盛りになった灰を片付けないおかげで、中条の部屋は灰臭い。
部屋に上がる度に いい加減片付けろとうんざりしつつ、灰をコンビニの袋に捨てる。
絶対にこの悪臭を袋から逃がさないようにと きつく口を縛っている時、中条の手がすいと伸びてきた。
持っていた袋が取り上げられる。掃除されるのが気になるのだろうか。
それはあんたが片さないから仕方なくやっているんだ。居心地改善のためだ。

「……片付けないからだろ」
「いやそうじゃなくて」
ぽい、とゴミが入った袋を適当に投げ捨てる。
…信じられない。中身が散乱したらどうしてくれる。
思わず眉を寄せてキツい一瞥を放つが、中条は気にせず身体を寄せてきた。

「………何…」
「コレ。ちらちら見えて気になんだよ」
掴まれた手首に ギクリとした時には遅かった。
ひっくり返されたそこに 歪な皮膚の溝。変色し 黒ずんでいる。

「…なんつー顔してんだ」
「………………」
誰も気がつかないはずの傷を、こうもあっさりと露呈された。
言葉が見つからず 身体の中から自分が凍っていくのが分かった。
中条は 掴んだ手を引き寄せて、角度を変えて見ている。
ふーん、と気のない頷きをしてから こちらを見た。

「こうして見るとえらく深い痕だな。自殺でもしようとしたのか」
「そんなんじゃない」
返答が早すぎたかもしれない。中条の語尾に声を被せて否定をした。
言い切ったあと、少し呼吸が震えた。
それでも 淡々とした表情で顔を上げれば、目の前の中条は薄く笑っていた。

「いい事教えてやるよ。お前は、」
そう言いながら煙草を缶の中に押し込んで、こちらを覗き込む。
わざとらしく間を開けて、言葉を区切った。
その思わせぶりな沈黙に 思わずじっと視線を合わせてしまう。

「お前は嘘が下手だ。バカ。」

心臓が締め付けられる。ぎゅうと押し潰されそうなほどに痛い。
今まで誰にも気づかれなかったんだ。自分でも忘れるぐらいだったんだ。

「……なんで嘘だと思う」
「んじゃ聞くが、その傷、痛かっただろう?」
「いや」
「それも嘘だ。お前は分かりやすい」
そう断言して、案外単純な奴だ と笑う。
馬鹿にする様に笑いながら、けれどそっと指先が痕を撫でる。
くすぐったくて逃れようとした。でも本気で逃げようとはしていなかった。結局 寄り添いあうような体勢で 続ける。

「……分かりやすくなんか、ない…」
「ならもう一個聞くぞ。……怖かったか?」
「…………………」

答えが 見つからなかった。
言葉に詰まり、唇を噛む。苦しい。

「……ほんとに下手だな、まったく」
呆れたような声とともに、くしゃりと髪を乱される。
振り払おうとすると 腕の中に閉じ込められる。今は顔を見られたくない。
けれど逃げ場がなくて、仕方なくその胸に 俯いて額を寄せた。


…忘れた。
それは多分、この痕をつけた自分から目をそらしていただけだ。


「………………」
本当は こんなにも痛い。

「……おい美柴」
灰の匂いの染み付いた指が、確かめるように皮膚の溝を擦る。
たまらなく苦しくて 目を閉じる。それでも なぞられる感触は消えない。
「おい顔上げろ」
胸に額をぶつけたまま、嫌だ と首を微かに振った。
すると頭上で 溜息が聞こえて、握られていた手が持ち上げられた。

何をするのかとさすがに顔を上げる。
握られた手首は中条の口元へ運ばれ、傷痕に唇が触れた。
くちづけたまま中条はちらりとこちらを見て ふと笑う。

そんな所にキスをして何が良いのか。
きょとんと見守っていれば、中条の手は今度は瞼に触れる。

「…目ェ閉じてろ」
片手で隠すように視界を遮られ、大人しく目を閉じれば 唇にもキスを受ける。
深くなるくちづけの感触に応えながら、合間にやっとの思いで呼吸をする。
上がった息を飲み込んで見上げると 中条は自信ある笑みで笑っていた。

「俺には嘘ついても、ムダだからな」
そう言われて、どこかほっとしている自分がいた。

「………なら、もっと嘘つく」
「ははッ 言ってろ。全部暴いてやるよ」

挑み合うような視線を交わして どちらからともなくキスをした。
きっと今日からこの痕を見る度に この男を思い出す。


もう、忘れない。





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