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▼ 愛

■狂気.血液.加虐行為注意。


……このドアの向こうの闇に 鷸が放つ深く暗い海が 広がっている……


鷸の部屋に辞書を借りに行った。ベッドの上に鷸が座っていた。
その姿を見つけたのが自分で良かった…

「……鷸…ッ!?」
鷸は自分の左手首に剃刀の刃を滑らしていた。
慌てて駆け寄りその右手から剃刀を奪い取る。
「何してんだ…ッ!!」
見れば鷸の左手首には無数の切り傷が 走っている。
肌にある黒い溝。何日も前から重ねて刻まれた刃の跡。何度も何度も裂かれた皮膚は歪な固まりになっている。
「……ッ!!」
新たに滲んでくる鷸の血。
すぐに傍にあったシャツで手首を止血する。
「ちょっとぉ キツイよ鴇」
鷸は鴇を見上げて不機嫌な声を上げる。
「何してんだ…ッ!!」
鴇は声を抑えて怒鳴った。
シャツを巻いた手首を掴む。胸が痛んで仕方なかった。
「いい加減にしろ…ッ」
それでも鷸は態度を変えなかった。むしろ何故叱られなければならないのかと悪怯れる事無く笑った。
「なんで怒るの?俺 別に死にたくてやってる訳じゃないよ」
鴇が理解できないと首を振った。

鷸の『病気』が自分には治せなくて 苦しくて 喉の奥が痛む。

鷸は笑みを消した。
「ねぇ鴇」
鷸は鴇のシャツを掴んで 見上げる。
縋ってくる哀しげな目。自分によく似た目。
「分かってよ…俺 たぶんちょっとおかしいんだ……痛いのが気持ちいいなんておかしい。でもお願い。お願いだから分かってよ…ねぇ鴇」

鷸の自虐行為は死を求めたくてやってるんじゃない。
鷸は快感を求めて肌を裂く。
何か言ってやらなければと 鴇は必死で考えていた。鷸をこんな孤独にしてはいけない。
それでも鴇には理解できなかった。肉体的苦痛がいいなんて…。

「……ねぇ…分かってよ」

鴇は鷸に巻いたシャツを痛まないように取る。滲んでいた血がシャツに染みていた。
刻まれた跡はまだ開いていて ぷつぷつと血を吐く。その手首をゆっくりと両手で包んだ。
ベッドに座る鷸は変わらず鴇を見上げている。

「……分かったから…もう…もうこんな事しないでくれ…」
「じゃぁ 鴇が傷 つけて」
目を見れば分かる。鷸は本気でそう願っていた。
微かに微笑んでいる口元。
恐くなった。
鷸の手を振り払おうとした。鷸は咄嗟に鴇が奪い取った剃刀の刃を素手で握り締める。
その手を滑らせれば 刃は鷸の手の平を裂く。
息を飲んだ鴇に 鷸は笑った。

「ほら…見て…? 痛いのがいいんだ。だからお願い。鴇が 傷 つけて」

血が流れる手の平を見せつけて 懇願する。

「…お願いだから……鴇…」

鴇に選択の余地はなかった。鷸が自分の手で刃を突き立てる姿なんて もう見たくなかった。それでも その痛みが鷸の快感なのだ。

「……ねぇ鴇…お願い…」

それに知っている。こうして苦しむ自分を見て 鷸が快感を得ている事も。

「…傷…つけて……」

もういっそ自分も道連れになればいいんだろうか…
どうしても鷸を孤独にはできなかった。
悲鳴を上げる自分の心を抑えつけて 鴇は頷いた。
そっとくちづけて 鷸の上にまたがるように座った。


―……


腿の上に座る鴇は鷸に剃刀を握りなおされた。
鷸は微笑んで 鴇のシャツを脱がせ自分の脱いだシャツと共に床に放る。
「大丈夫…恐くないよ」
鴇を優しく抱き締めて そう囁く。身を竦める鴇の手を鷸が導く。
剃刀の刃が鷸の胸に当たった。刃が浅く食い込み 皮膚を切る。鷸の手に促されて ゆっくりと刃を下に下ろしていけば 赤い血が 膨らむように溢れて 白い肌の上に薄く広がっていく。
鴇はその光景に耐え切れず 目を閉じてしまう。鷸の切なげな声が聞こえる。見れば鷸はひどく魅惑的に吐息を上げていた。

「……もっと…鴇」

気がおかしくなりそうだ。
鷸が自分に求めるものが 恐ろしかった。
鷸は導く手を離さない。剃刀は次々と傷を刻む。その度に 鷸の声に熱が増していった。

鴇は自分の息が荒くなっていくのを自覚していた。
性的な興奮は微塵もない。
ただ鷸の声が潤むほどに 自分の心が壊れていくのを感じている。
恐いと言えれば楽になれるんだろうか。
でも例えそれを口にしたとしても 鷸はきっと微笑むのだろう。



八本目の傷を刻まれた後 鷸は鴇の頬を指で撫でた。
鴇は潤んだ瞳を見せる。傷ついている目。
たまらない。
キスをする。舌だけ絡ませて 剃刀を鴇の手から離してやった。
ずっと剃刀を握り締めて強張っていた手を ほぐす。

唇を解放すると 鴇は自分の手で傷つけた細い血筋に舌を這わせた。
鷸の胸に並ぶ八本の切り傷を 一つ一ついたわるように 優しく鴇の舌はなぞっていく。微かな柔い痛み。
その感触に鷸は吐息を漏らす。


自然に鴇の手は鷸の核心に触れていった。
そっと手を添えて 下から上へ撫で上げる。
口に含めば 腫れている熱を舌に感じる。
吸い込むような刺激を繰り返す。舌や指の這わせ方。快感の与え方。気がつけば 自分も鷸と同じような絡みつく愛撫をしていた。

「……もっと…早く…」

鷸は内腿にかかる鴇の髪を払う。鴇はまるで苦いバニラでも頬張って泣いているようだ。
柔く吸い上げていた動きは少しずつ強い波に変わっていく。
鷸は背中を駆けるしびれに震え 鴇の頭を抑えつけた。
溢れた体液に 鴇は苦しげに表情を歪ます。
それでもすべて飲み干した。


―……


すべて吐き出した鷸は 鴇の胸に縋った。
鴇もその背に腕を回す。鷸が肩で息をしているのがよく分かった。
枕元に放置される剃刀。
鴇は体も気持ちも 少しも高揚しない。
疎外感。決して通じることはない。分かっているのに 鷸次第で迷いもがき 刃を突き立てる。
こうして 心の中が真っ黒になっていく。

「もっと傷つけてあげる」

不意に 鷸が擦れた声で言った。

「次は鴇の番」

その手が 剃刀を持つ。
心が凍りついた。

「大丈夫……跡には残さないから」

今度は鴇の上に鷸がまたがっていた。

鷸の微笑みと剃刀の刃は 光りもせず 鴇の目に映っている……

そう 恐らくこれは 鷸が思う『愛と欲望』の形
そう 愛せるのなら 完璧に…



06.2/3




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