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▼ 痛みの烙印

■狂気シギxトキ。自虐,加虐描写注意


夜半 風呂から上がった鴾が自室に戻ると 学習机に鷸が突っ伏していた。

「…何してんだ…鷸」
鴇はそう尋ねながらも、気がついている。
鷸はゆっくりと顔をこちらに向けた。
机の上に投げ出されている細い腕と組まれている手。
その両小指の先に血がついている。
時間が経ち固まった黒い血と新たに滲む赤い血。
あるはずの爪が、その両小指にはない。
シギは剥げた爪を摘んで、鴇に見せる。

「痛いよ」
「…なら止めろよ」
鴇は呆れながら 机の引き出しからプラスチック製の箱を取り出す。
蓋を開ければ 絆創膏やガーゼなどが入っている。
鷸の為の小さな救急箱。


鷸の『病気』に気付いたのは もうだいぶ昔だと思う。
鷸は自分の体を傷つける癖がある。鷸のこの病気を知っているのは自分だけだ。それぐらい些細な自虐行為を 鷸は毎夜続ける。
気付いた当初は 痛たましいその行為に恐怖して止めさせようとしていた。
でも今は その行為の意味を悟ってしまった。止めさせる事はできないだろう。
どちらかの存在が消えない限り。


鷸は大人しく 鴇が自分の小指に絆創膏を巻くのを見ていた。
「どうせまた剥ぐよ?」
「…見てるこっちが痛い」
心が痛い なんて言わない。どうせ鷸にはバレている。
「痛いのがいいからやるんじゃん」
鴇が なんて言わない。鴇の心が痛むのが良いんだから。
「…おかしいだろそれ」
「そうかなぁ?」
鷸は軽く笑って 救急箱を閉まう鴇の手を捕まえる。
「でもその度に鴇が治してくれるから もっと良いんだよ?」
柔いくちづけ。離れようとした鴇の体に縋りついてくる細い腕。
風呂上がりの体には冷たすぎて 恐いぐらいの鳥肌が立った。



長いくちづけ。甘い舌に探られて息が乱れる。
鷸は鴇の核心には決して触れない。冷たい手は鴇の背中 肩 腕 腹 を撫でる。
カサカサと絆創膏が肌に当たる。その異質感にさえ体が震える。
小さな吐息だけが行き交っていた。唇を逃がさないまま手を繋ぐ。立ち上がった鷸は 柔く手を引いて 鴇を導く。
二人の体がベッドに沈み込んだ。


鷸のキスは 舌先が触れるか触れないかの微かさで 首筋から鎖骨へと落ちていく。
しなやかな指が強い快感を焦らす。鴇は柔い愛撫に微かな吐息を漏らして身悶える。逃げることは もう叶わないと分かっている。


―……


鷸は鴇のなかに 確かめるようにゆっくりと奥まで潜る。
奥床しく開いていく熱い圧迫感に 瞳を閉じて眉を寄せる鴇に 鷸は笑う。

愛しいから 悲鳴をあげさせたい。
その声も体も指も髪も心も それこそ命さえも 全部自分のものにしたい。

鷸はそんな自分の欲望に溺れることを恐れない。
痛みが人を一番引きつけるという事を鷸は知っている。だから自分で自分の爪を剥いで見せつけて鴇の心を裂く。
すべては傍に繋ぎ止める為。


野良猫のような腰つき。淫らが部屋中に響いて 耳に届く。
互いに果てそうになるところで鷸は動きを止めた。
鴇が少し不満げに目を開ける。その目は気付いている。言わされる言葉を悟っている。
鷸はその言葉を鴇が口にするのを待って笑う。
快感欲しさと羞恥心で擦れる声が 告ぐ。

「……止めないで…くれ…」
こうして屈辱を浴びせては慰める。
戻ってくる圧迫感の波。潤む声が何度も互いの名を呼ぶ。絶頂へと道連れにしていく。
細い悲鳴をあげて仰け反る喉。窒息しそうな程の痺れに体を震わす。鴇の体液は鷸の身体に飛ぶ。
鷸から溢れだす淫らを身体の中に感じながら 鴇はシーツに沈んだ。


―…


二人分の荒い息づかいがする中。

「……ねぇ 鴇」

甘えるような声に目を向ける。

「…ねぇ鴇…愛してるよ」

胸が騒いだ。
言葉が不意に漏れてしまう。

「……愛してる 鷸…」

二人の身体の間に残っている白濁の体液も気にせず 鷸は鴇に縋りついた。体液が音を鳴らす。
鷸の重みを感じながら 鴇も腕を回す。
例えようのない心の乱れ。分かっている。
これは本来の『愛』の姿じゃない。
そんな甘いものじゃない。
だけどいつか…もしかしたら既に…自分は鷸の中に完全に堕ちていくのだろう。

これは『愛』じゃない。

鴇は自分にそう言い聞かせながら 目を閉じた……


06.1/27




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