SS | ナノ


▼ 1日1ロール

ケンカをした。原因は忘れた。
ここはタング号。現在絶賛潜水中。
行く場所なんて限られているのに「トラ男のバカ」と盛大に叫んで部屋を出て行ってしまった麦わら屋を、俺は追わずにいる。

部屋を見渡す。思わず頭を掻いてしまう有様だ。
とんだ暴れん坊。こんな風に育てた奴らの顔が見てみたい。
ソファーから重い腰をあげて 散らばったクッションやらカップやらを元の位置に戻す。
認めたくはないが、麦わら屋がこれだけ怒ったということは、おそらくは俺に非があるのだろう。人知れずひっそりとため息を吐く。
片付けが終わったら捜しに行かなければ。
本当はすぐにでも追いかけるべきシチュエーションなのかもしれないが。
アイツがいきなり怒って そこら辺の物を手当たり次第投げ付けてきて 「もう知らねぇ!」と全速力で出て行ったから、呆然として……追うタイミングを失った。
一歩間違えば覇王色でも飛び出すんじゃないかって剣幕。そりゃあ誰だって怯む。
相手も男だから力一杯投げ付けられたカップなんか凶器もいいとこだ。
それに、もし今すぐに捜し出して連れ戻せたとしても、こんなに散らかった部屋じゃ俺は集中できないし、麦わら屋は自分の暴れっぷりにケラケラ笑ってばかりで俺を構う気分にはならないだろう。

一通り片付いて さてと息をつく。時間がかかるであろうあの暴れん坊の捜索に気合いを入れて部屋のドアを開けた。
「―うわっ!!」
「!?」
麦わら屋の声にこっちが驚く。俺の気合はどこへやら。どうやら彼はドアの前でずっと立っていたらしい。
「・・・何してるんだお前」
声をかけても俺と向き合ったまま、ずっと俯いている。
…大方 飛び出していったはいいが 怒りが収まって帰ってきたら 気まずくてドアの前で立往生だったんだろう。
ドアノブに手をかけたまま ガラにもなく悶々と悩む姿が目に浮かんで、思わずくすりと笑いそうになった。
「麦わら屋」
頑なに俯いている顔を覗く。
「まだ怒ってるのか?」
もちろん彼の怒気が完全に冷めている事ぐらい分かっている。麦わら屋はちらっと俺を見た。いくらこの身長差でも…その上目遣いは反則だろ。
「…怒ってない」
さて、どうしたものか。何と言ってやろうかと考えていると、麦わら屋がグイっと何かを押しつけてきた。
「?なんだ」 とりあえず受け取る。
「何だこれ?」
「〜・・・ごめんなさいの証」
「……は?」
俺はまじまじと手の中を見つめてしまう。
「……これが?」
どこで入手したのか、新品のステンレス材のナットが一つ。麦わら屋はこくりと頷くと必死になって話しだした。

「だってよく考えたら俺が勝手に怒って、トラ男の部屋は大事なもんがいっぱいあるのに思いっきり散らかしちまったし。謝るのはイヤだけど悪いことしたなって思うし・・・」
「イヤなのかよ」
「で、こうゆう事って子供の時もあってさ、俺ぜんぜん変わってないなって思って。そしたらあの頃はゴミ山で見つけた宝物を交換して仲直りしたなって思い出して。だからこの船の中でキラキラしたもの探してきた・・・」
こんな時でも救世主は彼の兄弟なのか。本当に勝てない。勝てないけど、今ばかりは感謝だ。
麦わら屋はまた上目に俺を伺う。それを反則だと教える兄弟はいなかったのか。何もかも許してしまいそうになるだろう。

「でも、これはごめんなさいの証だけじゃねぇーんだ」
「・・・へぇ?」
麦わら屋は話が見えずに眉を寄せた俺の左手を取る。そうして俺の手の平からナットを取り上げて、そっと俺の薬指に嵌めた。
「どれだけ離れても、ずっと一緒にいるっていう証にもなるんだ」
「・・・〜〜お前なぁ」
なんと破壊力のある一言か。すぐにでもその唇を塞いで掻き抱いてやりたくなる。
麦わら屋はナットを嵌めた俺の指の背に、可愛らしいキスをした。
「トラ男、ごめんな?」
もう限界だ。アウト。上目遣い禁止条令をひかなくてはならない。空いている片手で額を抑えて必死に堪えている俺を見上げて、麦わら屋は首を傾げてくる。
「もう怒ってねぇ?」
「怒ってたのはお前の方だろうが」
「そうだったっけ?」
麦わら屋がにぱと華やいで笑った。その笑顔の鼻先へキスを一つプレゼント。
「あれ?俺なんで怒ってたか忘れちまった」
「思い出さなくていい」
こんなにも愛しい空気をまたも壊されたら大変だ。
ドアを広く開けて麦わら屋を中に通す。後ろから抱き寄せてもう一度、今度は前髪を掻き上げて現れる丸い額にキスして。麦わら屋はくすぐったいと小さく肩を揺らして笑った。逆さに俺を見上げて、子供のようにわがままを言う。
「トラ男。その指、他のもの嵌めちゃダメだからな」
「そんなつもりねぇーよ・・・」
珍しい彼の独占欲の吐露。それがどれほど俺を舞い上がらせるかなんて、きっとこの暴れん坊には分かりはないだろう。出逢った時からずっと、彼の全部を許してしまう自分が口惜しい。
「・・・俺も大概甘いな」
やれやれと自身に苦笑った俺に、麦わら屋は首を傾げる。
「トラ男って舐めたら甘いのか?」
「・・・バカ野郎」
それが誘い文句じゃなくてなんだと言うのか。指と指を絡ませて手を繋げば、薬指のナットが存在を主張する。上手く繋げないけれど、俺も麦わら屋も視線はその指に落ちる。アクセサリーは苦手なのに、この時ばかりは外したくなかった。
「にしし。これ、大事にしろよ」
「当然だ」
そうして今夜、甘い夜を過ごすベッドの中まで手を引いて、俺は彼を世界一気持ち良い世界へと連れていく。




[ back to top ]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -